第3章第4節「絡まる縁が手繰り寄せる運命」

 配送センター内部は高度な機械化によって内部構造が複雑化している。センターのメインスペースは上層、中層、下層の三つに区分けされており、反重力装置を組み込んだ長大な浮遊テーブルが複数の足場となっていた。また、三つの層は浮遊しているテーブルの可動域確保のために完全な吹き抜けとなっている。上層にある管制室はその広大な作業スペースを見下ろすことができ、浅垣はその部屋にいた。

 管制室の正面には巨大なメインモニターが備え付けられ、センターの稼働状況を映し出す役割を持つ。が、現在は閉鎖中につき何も映ってはいない。横を向けば壁一面に嵌められた強化ガラスの窓から作業スペースを見下ろすことができた。

 浅垣がいるのは管制室中央に設置された大きな机のそばだ。卓上には交渉材料となる魔具が収納されたアタッシュケースが置かれている。

 そして、管制室の天井四隅に設置された監視カメラを、DSR本部がハッキングし桜井たちに彼の様子を中継していた。

 浅垣が管制室に辿り着く頃には、センターのセキュリティシステムのハッキングも完了し、交渉の指定時刻を回ろうとしている。

 黒縁のメガネをかけて、彼らが現れるのを待つ浅垣。しばらくすると、管制室の入り口となる電子ドアを開閉する音が聞こえてきた。

 管制室にやってきたのは、桃色の髪が特徴的なポーラ・ケルベロス。そして三人の男女を引き連れてきた。彼女は前方に二人の長身の男女を先導させ、背後を巨体の男に守らせて短い階段を降りる。没落しても流石は貴族と言うべきか、三人の護衛に守られながらポーラは机を挟んで浅垣と対面した。

「閉鎖されているせいか少しホコリっぽいわね。待たせちゃったかしら?」

 煌びやかな軍服の上からジャケットを羽織ったポーラは、肩を払いつつ言う。

「今来たばかりだ」

「そっ。ならよかった」

 交わされた挨拶は一見無駄に思えるが、手短な挨拶は本題へスムーズに入るための潤滑油。かたや名門貴族、かたやエリートエージェント。お互いがプロとしてその場に立っているのだ。

 ポーラは敵意こそないが緩んでもいない表情で、浅垣の前の卓上へ視線を下ろした。

「それが例の品物?」

 問いかけに、浅垣は考えていた作戦通りに答える。ただし、いつもの仏頂面に見慣れない愛想笑いを浮かべて。

「あぁ。苦労したんだ、この魔具をヤツらから奪い返すのは」

 彼が演技をして相手と接するのは手慣れたもの。彼の素性を隠す鉄仮面は、簡単に剥がれるものではない。並大抵の人間に仮面の下の思惑を疑う余地はないだろう。素の彼を知る者からすれば滑稽に映るとしても、だ。

「奪い返す?」

 表情と同じくらい表に出やすいのが言葉。彼はそれを巧みに駆使して、ポーラの注意を引いてみせた。

「DSRだよ。アンタも用心した方がいい」

 肩を竦めて苦労を演出する浅垣。車からモニターする桜井に言わせれば大した演技力だが、彼の言葉は嘘とも言えない。実際にDSRが回収した魔具を持ち出しているのだから、見方によっては正しいのだ。もちろん、囮のためではあるが。

「それはご苦労だったわね」

 彼の術中にハマっているのか定かではないが、ポーラは労りの言葉を漏らす。たとえ社交辞令として出された物だったとしても、それを引き出すのは駆け引きにおいて大切なテクニックだ。

 着々と下地を整えつつある新垣は、全て手のひらで踊らせるように言う。

「それと、これは聞いた話なんだが……」

 彼の口から掲示された情報は、ポーラだけでなく外で待機する桜井たちにとっても想定していなかったもの。それでいてかつ、桜井や澪にとって因縁深いものだった。

「実は、この魔具は世界魔法史博物館から持ち出されたものじゃないらしいんだ。それよりももっと良い。あのフィラメント博士が開発した代物なんだ」

 交渉が始まって以来、ポーラは初めて興味深い表情を浮かべた。

 一方で、最も混乱していたのは待機中の澪だ。

「どういうこと? まさか、博士の発明品を持ち出したの?」

 カルマ・フィラメント博士。魔具の基盤となるユレニアス・リアクターを開発した天才科学者であり、魔法産業革命後に生きる人なら知らない者はいない。そして、二週間前の一連の事件を引き起こした元凶である魔法生命体レリーフを利用した実験を行った張本人。その上、超能力者である暁烏澪の力を利用した人物でもあった。

 今、ポーラとの取引に持ち出された魔具は博士が開発したものだという。

 モニターに映った浅垣がケースを開けると、中には装置にかけられた黄金の角が納められていた。その角はポーラも見覚えのあるもので、アンドロメダプラザに現れたヴァイストロフィと呼ばれるあの龍の角だ。どうやら博士は澪たちが葬ったはずのヴァイストロフィの角を回収し、澪たちが研究所へ向かうまでの間に実験を行っていたようだった。

 ケースに納められた角は欠けてしまっているが、神々しさは消えていない。その輝きに目を奪われているポーラに、浅垣は仰々しく説明する。

「二週間前、ラストリゾートから天の川が消えた。その元凶はこの角にあって、ブラックホールを発生させる力を持っているらしいんだ」

 ポーラや未咲希は当時のプラザにいたわけではないが、天の川が消えた夜はよく覚えている。ニュースでは龍の姿が映し出され、魔具となった角も一目で分かるものだった。

 浅垣の説明は決して大袈裟なものではなく、あの龍の遺骸の一部ならばその危険性は言うまでもない。一瞬にして天の川を喰らい、ラストリゾートのライフラインを崩壊させるだけの力を秘めている。今取引にかけられている魔具は、そういうものなのだ。

「知ってたの?」

 予想外のものを目の当たりにした澪に対し、運転席に座っていたコレットは落ち着き払った様子。実際のところ、彼女も知っていたわけではない。

「まあ見てなさい」

 コレットは澪をなだめて見守ることに専念している。自らの後輩でもある浅垣への信頼だけが、彼女の瞳にはあった。

「これは忠告だが、博士は楽園政府ネクサスと繋がっている。博士の発明品ともなればシャンデリアの連中が目をつけるかもしれない」

 浅垣の作戦を一言で表せば、魔具の取引に誘き寄せたポーラを逮捕すること。桜井たちにもそう伝えてあった。だがなぜ博物館の魔具ではなくフィラメント博士の研究所から回収された魔具を使ったのか。

 なぜなら普通の魔具ではポーラを惹きつけるに足らない。ユレニアス・リアクターを開発したことで知られる博士の魔具ならば価値がある上に、楽園政府ネクサスの存在をチラつかせることもできるのだ。

「そこで確認なんだが、これをどこに持っていくつもりなんだ?」

「なぜそれを聞くの?」

 会話の主導権を握られてなお、ポーラは警戒する態度を崩さない。

 浅垣もまたメガネを指でくいっと押し上げ、彼女への心配と警告を口にする。

「もし連中の目の届く範囲に置くつもりなら、バレるかもしれないからさ。できることなら、こいつの存在をシャンデリアから遠ざけておいた方が、何かと都合がいいだろう」

 澪の懸念もあるように、危険な魔具ほど取り扱いには慎重になるべきだ。浅垣は魔具の危険性を逆手に取り、ポーラに突きつけている。そうまでして聞き出そうとしていること。

 それは、ポーラが集めた魔具が何処に集められるのかだ。

 もし今回の取引が決裂した場合、浅垣たちの作戦は事実として失敗となる。それを避けるために、彼は予め作戦の途中で尻尾を掴むことに決めたのだ。万が一、作戦が失敗しても引き出した情報をもとに彼女の拠点を引き摺り出せる。

 そして、ポーラは心配無用とばかりに鼻で笑った。ネクサスなど敵ではないとでも言いたげに。

「安心してちょうだい。これは外に持っていくのよ。連中の目が届かない場所にね」

 外。ラストリゾートの外となれば、自ずと場所は限られてくる。

 浅垣は大体の目星をつけ、大きく頷いて笑顔を作った。

「なるほど。なら安心だな」

 彼はケースを閉じて差し出すと、ポーラの護衛の一人が動き出す。細身の彼女は卓上のケースを拾いあげ、再びポーラの傍らに控える。

「ご苦労様。あなたの頑張りは認めてあげるけれど、この先も覚えておくつもりはないわ」

 ポーラの冷酷な口ぶりに対して、浅垣は眉を顰める。彼女の言動があまりにも脈絡にそぐわないからだ。

「スプーン、報酬をくれてやりなさい」

 交渉は成立し、浅垣には報酬を受け取る権利がある。にも関わらず、彼は断崖絶壁に追い詰められたような感覚を味わっていた。

 スプーンと呼ばれた大男を残し、ポーラはケースを持たせた二人の護衛と共にその場を立ち去る。出入り口までの階段を上がったところで、彼女は一度だけ振り返った。

「では、ごきげんよう。ミスター……DSRエージェント」

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