第3章第3節「絡まる縁が手繰り寄せる運命」

 未咲希の話によると、彼女の珍道中のスタートは桜井たちが出発した直後にまで遡る。

 どうやらどうしても澪が心配だったという未咲希は、なんとかして後を追おうと試みた。そこで頼ったのがオペレーターの蓮美だ。しかし、蓮美もDSRの職員として一般人を容易に作戦に関与させるわけにはいかない────と思いきや、蓮美を説き伏せたという。桜井が思うに蓮美の弱みといえば意中の浅垣に関係することだが、未咲希への同情心が勝った可能性もある。ともかく、蓮美は現場へ案内するのにある条件を出したという。

「『射的部屋』をやったのか?」

 DSRの内部施設である訓練室において、三分以内に二十体の敵を倒すこと。桜井が言うようにエージェント達からは『射的部屋』と呼ばれている訓練室では、ホログラム技術によって質量を持ったダミーの敵を配置し戦闘データを採ることができる。現場に出るエージェントは必ずこの『射的部屋』で規定のメニューをクリアしなければならない。未咲希はこの条件を、多少緩くなっていたとはいえクリアしたと言うのだ。

 そうして、未咲希は見事に優秀なオペレーターである蓮美からのサポートを受け、現場へやってきた。

「君の勇気には恐れ入ったよ……本格的にうちのエージェントに採用しても良いくらいにはな」

 蓮美の判断は褒められたものではないにしろ、未咲希は彼女の掲示した条件をクリアしている。その事実を受けて、桜井は素直に感心していた。もはや文句も言えないだろう。

「私は別に構いませんよ? 博物館はクビになっちゃったし、絶賛求職中ですから」

 彼女の口ぶりはどこか冗談とは思えない本気が感じ取れた。もちろんただの冗談だとは思うが。

 ちょうど暇をしていた彼からすれば、話し相手がいるのは願ってもないこと。桜井は未咲希が遥々来たことには目を瞑り、仕方なく話を振った。

「暁烏とは付き合って長いのか?」

 何を聞くか考えようとはしたが、無難な質問になった。桜井の未咲希を認識する情報は、暁烏澪の友達であるということ。単純に、未咲希には澪がどんなふうに見えているのか興味もあった。

 見方によればプライベートな問いかけに聞こえるかもしれないが、未咲希は嫌な顔一つせずに答えてくれた。

「ルームシェアを始めたのは最近だけど、私が学生の頃から友達なんです。澪は私の母校の特別優待生だったし、一方的に憧れてはいたんですけど、まさか一緒に暮らすことになるなんて……正直夢みたい」

 どうやら未咲希と澪は同窓生の関係にあるらしい。未咲希の方が年下なことも踏まえると同じ学年だったわけではなさそうだが、一見では分からない意外な共通点があったようだ。

「ちなみに母校っていうのは」

 ラストリゾートには魔法教育を導入した二つの学校が存在する。桜井は『木漏れ月魔法学校』に通っていたが、超能力者のような優秀な人材を輩出する学校ではなかった。となると彼女たちの母校として想像できるのはもう一つの学校だ。

「木漏れ陽魔法学校です。あ、変に勘違いしないでくださいね。世間的には非凡な才能ある若者が集う学校かもしれないですけど、私が入学できたのは運が良かったからで。恥ずかしい話、成績もそんなに良くはないんですよ?」

『木漏れ陽魔法学校』と言えば、優秀な人材を数多く輩出する学校として有名で、現在も超能力者が一名在籍しているという。そんなところに通っていたとなれば未咲希を見る目も自ずと変わってくる。が、彼女は謙遜した様子だ。

 もちろん、名門校出身だからと言って超能力者と同列に並べるつもりはない。また、木漏れ陽は木漏れ月とは違って完全スカウト制を採用しているため、未咲希の言う幸運だったからという理由も本当のことかもしれないのだ。

 いずれにしても、澪の友達なだけはある。それが桜井の率直な感想だった。

「暁烏が木漏れ陽の特別優待生ってことは、暁烏も木漏れ陽出身ってことだよな」

「はい。なんといっても、澪は超能力者なんですから。非凡な才能集まる学院に相応しいと思いませんか?」

 未咲希は誇らしげに語っているが、それを聞く桜井は少し芳しくない表情を浮かべた。

「そうだな」

 澪は超能力者として強い拘りと誇りを持っていた。彼女の身を滅ぼしかねないほどで、それに伴う苦悩を桜井は間近で見ている。

 そして、未咲希の言葉の節々からは澪への憧れがひしひしと伝わってきた。

 超能力者だから。

 あまりにも重すぎる枕詞に、一人の人生が押し潰されていた。彼女が抱える負担は、やはり周囲からの憧れや期待が一因となっていることは想像に難しくない。まさに、未咲希が澪を自慢するように。

「澪は世界に九人しかいない超能力者の一人。それに比べたら、私は落ちこぼれだったのかもしれません。……別に澪を妬むとかそういうんじゃなくて、私は本当に澪に憧れてるんです。私もいつか澪みたいになれたらな、なんて。澪に聞かれたら『何言ってるの』って怒られちゃいますけど」

 澪が超能力者であることを誇りに思う未咲希を責めるつもりはない。未咲希が澪に抱いている感情は、確かに澪が超能力者であるという前提から生まれたものかもしれない。それでも、二人の親しみは純粋な友情である。桜井はそう信じていた。

「その、暁烏は悩んだりしてないか? 自分が超能力者なことに」

 下手に彼女たちの関係に踏み入るべきでないことは、桜井も心得ている。彼は慎重な口ぶりで未咲希に澪のことを訊いてみた。

「澪は澪なりに考えてはいるみたい。どうしても、私に相談はしてくれませんけど」

 澪は超能力者であることに責任を感じている。責任を負うのは正しい行為かもしれないが、彼女は少しばかり気負いすぎてもいた。その懸念は桜井だけでなく、未咲希にもあったようだ。

「やっぱりか……」

 聞こえるか聞こえないか程度の大きさで呟く。

 昨今を考えてみても、澪は桜井を頼ってはくれていない。むしろ自分の力を頼ってくれとまで言う始末だ。桜井個人としては、彼女のことが心配で仕方がなかった。研究所でのことがあったからこそ、桜井は澪には誰かがついているべきだと考えている。そんな中で、未咲希のような友達がいたのは安心できることだった。

 しかし、澪は未咲希にまだ多くの秘密を隠しているようだ。

「そういえば、澪はどこ……?」

 彼女の話をしていたせいか、未咲希は思い出したように周囲を見回す。二班に分かれての作戦行動であることを、彼女は当然知らない。

 桜井がどこから話すべきか頭を抱えていると、車のモニターに動きがあった。少しのノイズが走った後に、モニターに鮮明な映像と音声が流れたのだ。

「なんですか? これ」

 首を傾げる未咲希に対し、桜井はやや後ろに倒していた座席の角度を調整して体勢を整える。

 そうこうしていると、車内のスピーカーにDSR本部からの通信が入った。

『配送センターのセキュリティシステムにハッキング成功しました。待機中のエージェント各位は車両モニターにて確認をお願いします』

 蓮美の声が流れることに不思議そうな顔をする未咲希へ、桜井は一言だけ告げる。作戦開始の合図を。

「まぁ見てな」

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