第1章第8節「うららかな木漏れ日の中で」

 桜井と浅垣がDSR本部へ帰ってくると太陽が沈む頃になっていた。

 ここ最近は暗黒街の活性化に伴って対応に追われていた。浅垣がそうであったように、昼食を食べる暇がないほど忙しい時もある。そんな中での捜査の停滞は、決して悪いことばかりでない。かえって息抜きの時間にもなるからだ。それは何も二人だけに限った話ではなかった。

 DSR本部中央司令室へ戻ると、いつも出迎えてくれる蓮美の姿が見当たらない。桜井と浅垣は留守番をしていた柊世風ひいらぎよかぜの席へ向かった。どうやら、蓮美の席を陣取るのはやめたらしい。

「柊、蓮美たちはまだ戻ってないのか?」

 桜井が声をかけると、柊は作業の手を止めて言った。

「もう戻ってきて、二人ともサロンで休んでるよ。多分、あの子たちもまだ家に帰ってないんじゃないかな」

 蓮美もコレットも、桜井たちと同じように休憩を取っているらしい。

 ひとまず安心した浅垣は、次の質問を投げかける。

「ブラックマーケットの調査は進んでるのか?」

「今手続きをする段階まできてる。後は、どこを狙えば釣れるのかを精査しないと」

 何やら浅垣と柊は滞りなく意思疎通ができているらしい。一方で会話についていけない桜井は、待ったをかけた。

「なんの話?」

 対して、浅垣はさも知っていて当たり前の如く説明する。

「ポーラが利用しているのは間違いなく暗黒街の情報網だ。だから、俺たちもヤツの同業者にカモフラージュして交渉に持ち込む」

 つまり、博物館跡地から持ち出した魔具を売り捌く商人に化けて、ポーラを誘き出そうという計画。それは既に水面下で進行しており、偽装した情報の登録手続きの段階まで進んでいるらしい。

「なるほど。なんでもっと早く教えてくれなかったの?」

 浅垣の計画について桜井は知らされていない。なぜか理由を聞き出そうとするが、彼は表情ひとつ変えずに答えた。

「何か問題か?」

 別に前もって知っていたところで何かできたわけでもない。悔しいが、何か言い返すことはできなかった。

「明日の未明には登録が完了する。交渉を取り付けた時には伝えるつもりだったさ」

 そう弁明し終えると、浅垣はその場を後にする。何かやることが残っているのだろうか。浅垣が桜井に秘密で行動するのは今に始まったことではない。仕事柄、秘密を抱えて行動するしない以前に、そうしなければスムーズに活動できないからだ。桜井もよく理解していたからこそ、仲間外れにされても文句は噤むようにしている。

「あっそ。まぁいいけど」

 司令室から出て行こうとする彼に聞こえるか聞こえないかの声で、桜井はポツリと呟いた。

「よかったらサロンの様子を見に行ってくれないか?」

 浅垣を見送った柊は、蓮美やコレットたちの心配をしていたようだ。

「帰ってきてからもう一時間は経つけど、まだ戻ってこないんだよ」

 彼女たちは桜井たちより一時間早く本部に戻り、それからサロンで何かをしているらしい。加えて言えば、そこには暁烏澪や鳳条未咲希もいるはずだ。柊の言う通り、様子を見に行くのもやぶさかではないだろう。

 桜井はすぐにサロンへと向かった。サロンはとても静かで、大人しいジャズが流されている。くつろぎの場所には最適だが、どうにも人がいるような気配はしなかった。彼は足音を響かせて廊下から中へ入ると、すぐに「シーーー!」という息遣いが聞こえてくる。

 桜井が足を止めると、隅に置かれたソファにはコレットの姿があった。人差し指を口元に当てて静かにするよう促す彼女の膝には、すやすやと眠る蓮美がいた。

「二人ならテラスにいると思うわ。少しは話、してきたらどう?」

 コレットは小さな囁き声で、サロンに隣接するテラスへ意識を向けさせる。テラスの奥には夜景を臨む二人の人影が見えた。

 どうやら、コレットは桜井がやってきた理由が澪たちにあることを勘づいているようだ。どこかイタズラっぽくウインクをして、眠っている蓮美の口に入りそうになっていた彼女の毛束をそっと整えた。

 ひとまず、桜井は眠っている蓮美を起こさないようにサロンの奥へ進む。テラスへのドアをゆっくりと開くと、頬を涼しい風が撫でる。澪たちはこちらに背中を向けていて、まだ気づいていない。彼は静かにドアを閉め、深呼吸をしてから二人のもとへ向かった。

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