第1章第4節「うららかな木漏れ日の中で」
「わぁ~!」
澪がDSR本部へ訪れるのはこれで数回目だが、未咲希は今回が初めて。彼女は興奮した様子で体ごと回って周囲を見渡す。
二人が招かれたのは本部の中でも中枢部となる中央司令室。空中に直接映像を投射する技術ホログラフィックインターフェイスによって、周囲の機材からはいくつものデータベースが浮かび上がっている。この技術自体は街中でも散見できるものだ。そこへホログラムが映える暗室にも似た雰囲気と秘密組織という前提は、未咲希が持つ純粋な心をくすぐるには十分だった。
かねてより、DSRと彼らが対処する超常現象に憧れを持っていた未咲希。彼女の気持ちは分からなくもないが、自分の友達という触れ込みをした澪にとってこそばゆい状況でもあった。
「未咲希、恥ずかしいからあんまりはしゃがないで」
「だってDSRだよ? あの超常現象対策機関だよ? まさか本部に来れるなんて夢みたい!」
澪の心配など何のその。未咲希はすっかりはしゃいだ様子だ。
「大抵のやつはみんな同じ反応をするものさ。こう言ったら何だが、みんな慣れてる」
「むしろ、お客さんが来てくれることは滅多にないですから、暁烏さんのお友達なら大歓迎ですよ」
頭を抱える澪をフォローする浅垣と
実際のところ、DSRは楽園守護局が運営するラストリゾート市警察とは訳が違う。警察が公共秩序に反する民事的あるいは刑事的な事件事故を担当する行政機関であるのに対し、DSRは超自然的な事件や事故を処理する諜報機関だ。もちろん、実体は警察の手に負えないか行政機関としての介入が大事になってしまう暗黒街の事件が流されることがほとんど。しかしそもそも魔法が絡む事件や事故専門という位置付けから、何かと都市伝説的に語られやすい。未咲希はその筋に関心を持っていたため、DSRとの出会いは想定外の幸運だったはずだ。
そうこうしていると、中央司令室に二人のエージェントがやってくる。二人のこともまた、澪は以前の黒い太陽事件を通して知り合った仲だった。
桜井結都と一緒に来たコレット・エンドラーズは、浅垣たちへ向けて手を振る。そのまま桜井とは一旦別れ、横合のデスクに座っていたエージェントの
一人になった桜井が近寄ってくると、最初に反応したのは蓮美だった。
「お疲れ様です、桜井先輩。待ってましたよ」
愛想良く笑う蓮美の隣で、相変わらずの仏頂面でいる浅垣。桜井が見ていたのは、彼らとは別の二人組の方だ。
彼は一瞬だけ澪と視線を合わせたが、少しの気まずさからすぐに逸らしてしまう。その先で目が合ったのは未咲希だった。
「あの、はじめまして。私、鳳条未咲希っていいます。その……私、ずっとDSRに憧れてて皆さんと会えてとっても嬉しいです!」
興奮の隠せない様子の未咲希を見るに、おそらくDSRの噂をよく聞き齧っていたのだろう。桜井とて超自然的事件に携わるエージェントとしての自負があるゆえ、一般市民への対応は心得ている。
「DSRへようこそ。俺は桜井結都。お手柔らかに頼むよ」
「はい、こちらこそお願いします!」
とはいえ第一印象としては明るく真面目そうな印象だ。はにかんだ笑顔や、緊張した様子も含めて人の良さはこれ以上ないだろう。
初対面の挨拶が済んだところで、浅垣が本題への舟を差し出す。
「二人には捜査に協力してもらうことになった。とはいえ、現場にいたのは偶然だったそうだ。そこで、今わかっていることを一度整理しておこう」
浅垣の合図で蓮美はデバイスを操作し、司令室の中央へホログラムを投影する。そこに映し出されていたのは、この場にいる全員の記憶に新しい世界魔法史博物館跡地だった。
「二週間前、世界魔法史博物館は黒い太陽によって壊滅的な被害を受けた。博物館は巨大なクレーターとなってしまったが、積もった灰の中には博物館に収容されていた多数の魔具が眠っている。そして、跡地からそれらが流出することは避けられなかった」
さらにホログラムは変化し、次のデータを空中に映し出す。そこには澪たちがカフェで見たあの軍服を着こなした女性の顔写真もあった。
「今回指名手配されているのは、ポーラ・ケルベロス。出身は魔法郷アルカディア。世界魔法史博物館跡地から持ち出された魔具の取引を行なっている。先ほどカフェで確認されたのも、彼女で間違いないだろう」
浅垣による簡潔な説明に、蓮美が次の詳細を付け加える。
「彼女がこれまでに集めている魔具は、高濃度の魔力を含有した覚醒剤『アネーラの卵』のような極めて危険なものから、絶対に揃うことのない『アブソリュートキューブ』のように危険性の薄いものまで多岐に渡ります。ただ共通しているのは、全て世界魔法史博物館の収容物であったという点のみです」
彼女の説明に合わせてホログラムデータも変化し、該当する魔具の数々が浮かび上がる。流し見るだけでもかなりの数の魔具を回収しているらしく、リストを一度スクロールしただけでは半分も進んでいない。
「魔具を集めてる……ってことは魔具コレクターとか?」
桜井は適当な推察を口にする。それに答えたのは浅垣だ。
「目的は分からないが、魔具の流出は暗黒街の活性化に繋がる。
金盞花といえば、ラストリゾートの暗黒街を支配するテログループ『コヨーテ』のリーダーとして知られる。その悪行の数々はニュースによって報道され、未咲希のような一般人でも耳にしたことのある名前だ。
「そういえば、あの金盞花を逮捕したって本当なんですか?」
ふと未咲希はニュースのことを思い出した。DSRのエージェントによって、悪名高いテロリストである金盞花が逮捕されたことだ。
その当事者である桜井は、複雑そうな表情を浮かべため息を吐いた。
「世間体で言えば、テロリストの逮捕は良いことかもしれない。でもあいつらが住む暗黒街には暗黒街のルールがあるんだ。俺たちの社会にもルールがあるようにな」
暗に未咲希の問いを肯定しつつ、入り組んだ事情を窺わせる。桜井に続き、浅垣が未咲希の晴れ切らない疑念に答えた。
「暗黒街に潜んでいるのは金盞花だけじゃない。彼女がいたから大手を振ることができなかったやつもいるだろう。事実として、今の暗黒街に金盞花はいない。おそらく、ポーラ・ケルベロスも長い間息を潜めてきた内の一人だろう」
金盞花は暗黒街を支配していた。つまり、文字通りの意味で抑止力になっていた可能性もあるというわけだ。その彼女が不在となれば、今まで抑圧されていた他の悪人がこぞって動き出す。金盞花の逮捕の裏を返せば暗黒街の解放にもなり得る、桜井はそう言いたかった。
一方で、澪はポーラの経歴における別の箇所に気を留めていた。
「アルカディア出身っていうのは本当なの? だとしたら国際問題にならない?」
「……アルカディアって国のことだよね? どんなところなの?」
首を傾げて尋ねる未咲希だったが無理もない。歴史に魔法が登場して以来の世界情勢は、未だ明らかになっていないのだ。魔法という新たな世界秩序によって、わずか数年で数世紀分の進化を遂げたとまで揶揄されている。加えて、進化の裏には淘汰が付き物。アルカディアのような歴史ある大国でさえ、彼らが学んできた歴史のそれとは様変わりしていた。
「どこにあるかは知らないけど、世界最大の魔法国家って話だ」
桜井はふんわりとした知識で説明する。そう。未咲希だけでなく、桜井もアルカディアがどんなところかは知らないのだ。あくまでも、桜井は知識としてそれを知っているだけに過ぎず、実際に見たことはない。最初にアルカディアについて質問した澪でさえ、アルカディアの全容についてあまり詳しくなかった。
その場にいるほとんどがアルカディアを知らず黙りこくる中で、桜井はどこかわざとらしい口ぶりで続ける。
「そういえば、うちのエージェントは何人か行ったことがあるらしいぜ。誰か呼んで聞いてみるか」
言い終わると、桜井は浅垣に目線を配った。催促するように振られてなお、彼は腕を組んだままだった。
エージェントの中にはアルカディアに派遣されたことのある者もいる。だが少なくとも桜井はそんな大役を任されたことはない。それでもアルカディアのことを知れたのは、DSRという組織に所属していたおかげだろう。
「私から割愛して説明します。……もちろん、実際に行ったことはありませんけどデータならありますから」
何やらデバイスを操作していた蓮美は、ホログラムに三つの国に関する情報を映す。さすがはDSRというべきか、世界情勢に関する情報もある程度は網羅しているようだ。
「こほん。私たちの住むラストリゾート。魔法郷アルカディア。そして、獄楽都市クレイドル。この三つが今の世界に現存する主要な国々です。私たちの住むラストリゾートは魔法産業革命の象徴と言われているのはご存知ですよね。アルカディアは史上初の魔法帝国で、ラストリゾートが完成する前から魔法をエネルギー源として取り入れていました。また、人工的に開発されたラストリゾートとは違い、歴史ある大国でもあります。以前から音楽と神話を信仰する宗教国家だったんですが、魔法産業革命によって正真正銘の魔法帝国になりました。現在指名手配されているポーラ・ケルベロスは、このアルカディアの血脈に連なる名門貴族ケルベロス家の長女だそうです」
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