第011話「夜明けのお神酒はブラックコーヒー」

「うげぇ、苦い……なんじゃこの味は……」


 盛大に顔をしかめるシェン。

 コーヒーを注いだ時には「良い香りじゃ」とか「高貴な風味がしそうじゃ」とか言っていたくせに。

 たった一口目でそのハリボテは崩壊した。


「まあ、初めてだからそんなものだろ」


 シェンの飲みかけのカップに角砂糖を入れかき混ぜる。少しだけミルクを入れてからシェンに再び出した。


「シェン。飲んでみろ」


「もういいのじゃ。苦いのは苦手なのじゃ」


 渋る彼女に「いいから、いいから」とあまあまコーヒーを勧める。

 シェンはスンスンと香りを嗅いでから一口。

 瞬間、彼女の顔が輝いた。

 

「美味なのじゃ!」


 健康的かどうかでいえば毎日飲むのはアウトだが、たまにならいいだろう。今後はオレンジジュースを出そうと心のメモ帳に記しておく。

 おおいに喜んでくれたのでオレとしても嬉しい。

 オレは卵サンドをのせた皿をシェンに出す。


「これは、朝餉か?」


「簡単だけど卵サンドだ」


「そうか……朝ごはんというから米を期待しておったのじゃが……そうじゃのう。税として納める分があるからのう」

 

 彼女は一人で勝手に納得してしまっている。

 米が税っていつの時代だ。


「分かった。明日からは朝食はご飯にするよ」


「良いのか!できれば味噌汁もつけてくれると嬉しいのじゃ」


 シェンが嬉しそうに叫んだ。尻尾がブンブン振られる。


 ――よかった。彼女が喜んでくれて……いや、ちょっと待て!


 その場の雰囲気に流されてしまっていたが、オレはパンをかじりながら「美味、美味」とのたまうシェンを睨みつけた。


「おい、ちょっと質問なんだが……」


「なんじゃ、改まって?」


「お前、いつまでここにいる気だ?」


「コン?」


 小首を傾げる。


「お主様は面白いことを言うのう」


 シェンはカカカ!と笑う。


「お主様に恩を返すまでじゃ」


 恩を返す――つまりはオレの願い事を叶えるまでということなのだろうか。


「願い事なら……帰って下さいってのは……」


「却下じゃ!」


 即答された。


「お主様……【願い事のーと】とかいうのは嘘じゃな?」


 ヤバイ。バレた。

 いつまでも誤魔化しきれるものじゃない。オレは素直に白状することにした。


「……すまない」


「まあ、そんなことじゃと思った……」


 シェンは小さくため息をつく。


「何でもいい、願い事はあるじゃろ?」


 シェンがオレを見つめる。


「お金が欲しい」


「あいにくと、現世の金子は持ち合わせておらぬ。仙境の宝玉ならあるが……」


「じゃあ、世界の半分をオレにくれ」


「土地の買収の事か?もし仮に世界の半分を手に入れたとして、その後どうするのじゃ?」


「彼女が欲しい」


「我様がおるじゃろ」


 シェンがない胸を張った。


「それは却下で」


「ガ――ン!」

 

 ………………。


 ………………。


 見つめ合う二人。

 オレは小さくため息をついた。


 ――こいつ、使えねぇ……



 □■□■□■□■用語解説□■□■□■□■


【世界の半分】

 ファミリーコンピューター用のゲームソフト「ドラゴンクエスト」でラスボスの【りゅうおう】が戦闘前に主人公に言うセリフ。ここで【はい】を選ぶとバッドエンド、ゲームオーバー確定となるらしい。

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