第004話「お供え物はカップラーメン」

「……ただいま」


「ただいまなのじゃ」


 オレはドアのカギを開け家の中へと入る。

 一人暮らしの一軒家。元々は叔父の家だった。海外出張の多い叔父の家をオレは管理・維持を兼ねて間借りしているのだ。

 学生の身分のオレにとって家があるというのはそれなりにステータスだった。

 なので、友人がたまに遊びに来たりする。

 以前はよく彼女も……いや、この話はよそう。


「お茶でも出そう」


「おっ、気が利くのう」


 リビングに座る彼女を残してオレは台所に向かう。

 冷蔵庫を開け冷蔵庫内のひんやりとした空気を感じた瞬間にオレはふと我に返る。


 ――つ、連れてきてしまった……


 幼女を――いや、この場合は妖女……狐女?何でもいい。

 見る者が見れば少女にコスプレをさせ家に引き込んだ変態野郎に見えるだろう。

 

 ――どうか通報されませんように!

 

 早くも、オレは彼女に叶えてもらいたい願い事を一つ思いついてしまっていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


「どうぞ……粗茶ですが……」


 ふむ。とシェンは湯飲みに注がれたお茶を口にし「旨し」と一言。


「それで、願い事というのは……」


 早速危険ワードを口にした。

 

「お、お腹空いていませんか?」

 

 危ねぇ、とにかく話題を変えなければ。


「そうじゃのう。まあ、この身体であればあまり食べ物は必要ないのじゃが……」


「何をおっしゃいますか。オレの願いを叶えて下さるのですから、お供え物だと思って下さい」


 しまった。「願い」と思わず口にしてしまった。

 しかし、彼女はそんなことには気づいた風もなく。

 「そうか、お供え物か!」と喜んでいるようだった。

 こいつが単純で助かった。


「何か食べたいものとかありますか?」


 自炊ならできる。最近はサボり気味だがそれなりの物は作れると自負している。

 

「ずっとお主様の様子を見ていて気になっていたのもがあるのじゃ」


 ああ、ストーキングの事ですね。ホント、勘弁してください。

 それにしても、気になる物とは何だろう。

 オレの作れるものならいいのだが。

 難易度の高いものとか要求してくれるなよ。


「我様は【かっぷらーめん】を所望いたす」


 急に難易度が下がった。

 あまり高価なものだったら願い事で【もっと安いお供え物にしてください】としてもらうところだった。

 

 カップラーメンか。そういえば、買い置きがあったな。


「分かりました。待っていて下さい。すぐに作ります」


 オレはそう言うと立ち上がる。すると彼女もいっしょに立ち上がってついてくる。


「どうしたんですか?」


 まさか、オレが逃げないか監視しているのか。

 シェン、恐ろしい子!


「いや……」


 シェンは狐のお面を被った。


「せっかくお主様と話せるようになったのじゃ。できるだけ一緒にいたいと思ってな」


 そんなことを言いながらトコトコとオレの後をついてきた。

 なんだか犬みたいで可愛いぞ……この場合は狐か。

 

 台所に到着。

 

 オレは棚からカップラーメンを取り出した。


「シェン。とんこつ味と味噌味……どっちがいい?」


「味噌じゃ!味噌味がいい!」


 ハイハイと手を上げながら神狐様はおっしゃいました。


「はいはい。味噌味ですね」


 オレはお湯を沸かし、容器に注ぎながらふと思う。

 普通、狐だったらキツネうどんじゃないのか?と。


 

 □■□■□■□■用語解説□■□■□■□■


【シェン、恐ろしい子】


 漫画『ガラスの仮面』で登場人物の月影千草が、主人公の北島マヤに対して言った「マヤ、おそろしい子」というセリフ。

 北島マヤが、たった一度しか見ていない三時間半の舞台「椿姫」の内容を、セリフや演技のポーズまで丸暗記して、月影千草の前で演じてみせ、往年の大女優であった月影千草は、北島マヤの演劇の才能に対し「おそろしい子!」と表現した。

 すげえやつ、の意。

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