第003話「死ぬまでに叶えたい事一〇〇選」

「なん……じゃと……」


 カラン。


 狐の面が乾いた音を立てて石畳の上に落ちる。


「なぜじゃ、どうしてじゃ!」


 シェンは抱きついたまま叫ぶ。ってか、力強っ!

 あばら骨がミシミシいってるんですけど。


「我様はお主様に恩返しがしたいのじゃ!」


 シェンは必死だ。


「お主様が願い事がないというのなら、我様は何のためにここにおるのじゃ」


 いや、オレ願い事言ったよね?「帰って下さい」って、言ったよね。

 こ、殺される……死因は銀髪幼女のハグによる圧死。


「そうか……ならば仕方ないのう」


 唐突にハグによる圧力から解放された。

 オレは胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。


 ――死ぬかと思った。

 

 ゆらりとシェンがオレから離れる。何をするのだろうと身構えていると彼女がさっと手を伸ばした。

 

 ポッ!ポッ!ポッ!ポッ!ポッ!


 青白い炎。まるで人魂のようなこぶし大の炎が彼女の周囲を漂い始める。


「こ、これは……」


「鬼火じゃ」


 シェンは鬼火をむんずとつかむ。

 鬼火って掴めるの!?


「なあ、お主様……我様と一緒に死ぬか?」


 鬼火に青白くメラメラと照らされた彼女の顔が怖い。


「いや待て、なんでそうなる!」


 どんな思考回路だ。理解不能で意味不明、支離滅裂で摩訶不思議。


「現世で恩返しが叶わぬのなら、来世に期待して……お主様を亡き者にしようとしているだけじゃ」


 こいつ、本当に恩返しをしたいのか!やってることは復讐じゃねえのか!


「鬼火による焼死と我様との腹上死……どちらがお好みじゃ?」


 二択だけど結果は同じじゃねえか。どっちも嫌だよ。


「ち、ちょっと待て!話せば分かる!」


「問答無用なのじゃ」


 じりじりとシェンが迫ってくる。


「ああああっ!思い出した!そういえば願い事があった!」


「本当か!お主様、我様を謀ろうとしておらぬだろうな?」


「ななな、そんなことはないぞ……ただ、オレの願い事は【死ぬまでに叶えたい事一〇〇選】に記しているんだ!」

 

 シェンはオレを睨みつける。


 ――ヤバイ。もしかしてバレたか。


 いくら何でも適当すぎたか……


「……本当に【死ぬまでに叶えたい事一〇〇選】にお主様の叶えたい願い事が書いてあるのじゃな」


「そ、そうだとも!」


 オレは額の汗をぬぐいながら彼女の肩を掴んだ。


「嗚呼、オレの強すぎる欲望を書き記したそのノートがなければ、君はオレの願いを叶えることができないでせう」


「そうかそうか!お主様もいけずじゃのう、願いがあるのならちゃんと言わなければいかんぞ」


 嬉しそうにそうのたまう彼女。

 願いを言ったら殺されかけたじゃねえか。


「では、さっそく帰ろう」


 おー!と拳を振り上げてシェンは歩きだした。


「えっ、どこに行くんだ?」


「お主様の家じゃよ」


 こいつ、家までついてくる気か……ノートなんて出鱈目だ。もし本当のことがバレたら【お願いノート】が一変【デスノート】になってしまう。

 それだけは阻止しなければ。


「オ、オレの家はあっちだ!」


 オレは反対側を指さした。


「何を言うておる。お主様の家はこっちじゃろ?」


 ――ぐぬぬぬ!


 確かにその方向はオレの家だが――なぜ彼女がそんなことを知っている。

 不思議に思っていると――


「お主様のことはずっと以前から知っておったわ」


 事も無げに彼女は言った


 ――えっ、ナンデスト。


「おはようからおやすみまで、否、眠っている間もずっと姿を消して見守っておったのじゃ」


 二十四時間体制の監視。世間ではそれをストーカーという。


「まさか、お主様にあんな性癖があるとはのう」


 口元に扇子を当ててにやりと笑うシェン。


 ――ななななな、何のことだか!

 

 おーい、ストーカー規制法適用者がここにいるぞ!

 これって、幼女にも適用できるんですよね?


「大丈夫。お主様の秘密は我様の胸の中にそっと仕舞っておるでな」


 こ、こいつ……!


 しかし、相手は中身はともかく見た目は子供――下手なことはできない。

 おのれ……今に見ていろよ。 


 □■□■□■□■用語解説□■□■□■□■


【デスノート】


『DEATH NOTE』は、大場つぐみ、小畑健による漫画作品。2003年12月から2006年5月まで『週刊少年ジャンプ』に連載された。名前を書いた人間を死なせることができるという死神のノート「デスノート」を使って犯罪者を抹殺し、理想の世界を作り上げようとする夜神月と、世界一の名探偵・Lたちによる頭脳戦を描いたもの。このノートに書きたい名前がある人は……いないよね?

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