#035 お別れは突然に

 ミドリ達は避難する前に急いで家に向かった。遠くからチェリーとキーウィが駆けてくるのが見えた。そしてチェリーはミドリとコレットに、キーウィはマリーに抱きついた。


 「最後に会えてよかった。今までありがとう」

 「姉さんと私は町に残る。貴族として町民より先に逃げることは許されない」


 二人の顔はこれから死地に向かうというのに穏やかだった。ミドリたちが必死に逃げようとしてるときに、この二人の少女は貴族として町民を守ることを選んだ。ミドリは一度死んで転生したので、心のどこかでこの世界をゲームのようなものと考えることがあった。しかし二人はNPCではなく、一緒に遊んで訓練してご飯を食べて笑い合った、体温のある友達なのだ。その友達を見捨てて逃げる、ミドリの顔が歪む。


 「そんなぁ、二人はまだ子供なのに、一緒に逃げようよぉ」


 コレットはチェリーに泣きついて、なんとか一緒に避難しようと提案する。コレットも本当に説得できるとは思ってないのだろう。ミドリと同じく気持ちが割り切れないのだ。しかし時間に余裕はない。ここではっきりと伝えないと後で後悔する。ミドリは涙を拭いながら最後の言葉を交わす。

 

 「チェリーにキーウィ、今まで沢山世話になった。恩を返せないで別れるのは寂しいけど、チェリーとキーウィのことは一生忘れない」

 「短い間だったけど、こんなに優しくしてもらったのは初めてよ。感謝してるわ」

 「うぇぇぇ。こんな突然、ひどいよぉぉ」


 チェリーとキーウィは優しい笑みを浮かべたまま、キーウィがミドリとマリーに、チェリーがコレットを抱きしめ最後の挨拶を終わらせた。


 東西南北それぞれの見張り台から鐘の音が絶えず聞こえる。ミドリたちは急いで店に戻ると財産を出来るだけコレットの【時空庫】に放り込んで東側の門へ向かう。チェリーやキーウィの顔が浮かんだけど、ミドリに出来ることはない。


 自宅に戻ったチェリーとキーウィを戦闘用装備に身を包んだジャムとアンが待っていた。二人はチェリーとキーウィの表情を見ると、


 「ミドリたちに挨拶は出来たみたいだな」

 「よかったわね。でも、ごめんね。せっかく出来た友達なのに」

 「最後のお別れは済ませました」

 「悔いはない」

 「ぴぴぴー」


 逃がしたはずのキーウィの従魔サクラが戻ってきてキーウィの肩にとまった。


 「一緒に戦ってくれるの?」

 「ぴぴー」

 「ありがと」


 キーウィがサクラを優しくなでる。四人と一羽は兵に合流すべく戦場へ向かった。



◆◆◆



 町の西側10キロメートル地点にガウス帝国の軍が集結していた。


 「姫様。第10旅団の5000名、集結完了しました!」

 「はい、ご苦労様です。さすがの練度ですね」


 皇帝直属の第1軍団は9つの旅団からなるが、それとは別に皇帝に特に信頼される者だけで編成される第10旅団が秘密裏に存在する。その旅団長を従える姫と呼ばれる15歳の誕生日を迎え成人したばかりの女性、皇女なのにその振る舞いはとても軽い。まだ少女っぽさが残る皇女は金色のロングヘアを揺らし軽快に兵達の前まで歩くと語り始める。


 「はい、楽にしてください。このたび旅団の指揮を任された第7皇女のサラです。今回は訓練ではありません。繰り返します、これは訓練ではありません。これから国境沿いにある町を攻めます。今回の戦の目的は人探しですので、町の人間は全員捕縛してください。そのために相手の10倍の兵を用意しました。い・い・で・す・ね?全て生け捕りにしてください。間違って殺しちゃだめですよ。今回の戦では略奪もなしです。違反した人はこれです」


 皇女は自分の首をチョンチョンと切る仕草をする。


 「それでは、気合いをいれていきましょう!」


 まるでピクニックにでも行くかのように進軍を告げた皇女に、兵たちは拳を上げ歓声を上げた。


 「うぉぉぉ、姫騎士様ーー」

 「サラ皇女、バンザーイ!」

 

 奇妙な作戦だが第10旅団が編成されること自体が異例中の異例なので、疑問に思うものは誰もいない。なにより今回の戦では強者ぞろいの皇子皇女の中でも武力最強と噂のサラが指揮を執るのだ。そしてサラは絶世の美女と歌われたサラの母親の子供時代にそっくりだ。サラもきっと美人に成長するだろう。自然と兵は沸き立つ。サラは苦笑いしながら声援にこたえ、行軍の先頭に躍り出る。


 「待っててね・・・私の転生者君♪」


 いつもは光り輝いている金色の瞳は光を失ったかのように昏かった。


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