#034 兄と不穏な気配

 開拓村がフルール町になり、町の拡張工事がはじまった。直径2キロメートルだった大きさを倍の4キロメートルに拡張する計画らしい。いままでは外周を木の柵で囲んだだけだったが、新しい外周は石造りの壁になる。町長は大忙しだと笑っていた。


 一方ミドリはストーブ特需で燃え尽きていた。ストーブ本体の独占状態が終わったとはいえ燃料用アルコールは貴族や上級冒険者にいい値で売れるので儲けは十分に確保できる。暫くのんびりしよう。


 「暇ね」

 「しばらく忙しかったし丁度いいよ~」

 「そろそろ魔の森に行く?」

 『主、ココミッツをとりにいくぽ』


 そんな会話をしていると、店に誰かが飛び込んできた。せっかちな客かなと思ったが違った。ロイド商会の三男ハウル、ミドリの一つ上の兄だった。ハウルは1年前より更に太って小型のオークと言われても信じそうな外見になっていた。


 「よお、ミドリ。大きくなったな」

 「ハウル兄。久しぶり」

 「聞いたぜ。景気がいいらしいじゃないか?」

 「まあね。町はすごい勢いで大きくなってるよ」


 遠い街の実家にも町の評判は伝わっていた。


 「ちげーよ。お前のことだよ。ストーブで儲けたらしいな」


 ストーブの評判も伝わっていたみたいで、ハウルはニヤケ顔をミドリに近づけ威圧的に言った。


 「さっそくだけど店をよこせ、商品と稼いだ金もな。あとそこの従業員、めちゃくちゃ可愛いじゃねーか、二人ともよこせ」


 こういう奴だったな。少しも変わらない兄にミドリは遠い目をしながら、実家で小遣いを奪われていたことを思い出した。


 「表で店の名前を確認してきてよ。この店はミドリ商会。ロイド商会の支店は店長が夜逃げして潰れたよ」


 ハウルは店の外に出て看板を確認する。ラプタがランタンを加えたデザインの看板にミドリ商会の文字。


 「ミドリ。お前、店を乗っ取ったな?」


 ハウルが話を聞かないのは相変わらずだった。言っても仕方ないので自分で確認してもらおう。


 「町の役場で調べてきてよ。支店長が夜逃げしたのも、家賃を滞納して債務超過で店が潰れたのも、新しい店の登記も全部記録に残ってるから」

 「お前。ふざけやがって」


 ハウルは激高してミドリに殴りかかるもミドリはサクッと避ける。ハウルはもんどりうって壁に激突した。


 「痛てぇ。お前暴力を振るったな。訴えてやる」


 面倒になったミドリは、ハウルの胸倉を掴むと表にポィッと放り捨てる。


 「ハウルさん。アンタと俺はもう関係ない赤の他人だ。今度来たらそれなりの対応をする」


 ハウルはポカーンとしたのち、現実に頭が追い付いたのか顔を真っ赤にして。


 「親父に報告してやる」


 捨て台詞を残して逃げ去った。ミドリが店先に塩を撒くのを見てコレットとマリーが不思議そうな顔をしている。



◆◆◆



 ハウルを追い出した後、ミドリたちはラプタの大好物ココミッツを取りに魔の森に来ていた。ゴブリンを相手に商売でなまった体を鍛えなおしていると、上空を旋回しているラプタからの念話。


 『主、たいへんぽ』

 『ラプタ、どうした?』

 『町の西側に兵が大勢いるぽ』


 急いで町に戻る。途中で開けた高台に出たのでラプタが示している方角を見るが遠すぎて何も確認できない。レベルが上がり【クラフト】出来た10倍双眼鏡を取り出す。かろうじて町の西側10㎞の地点に大勢の兵が集まっているのが見えた。


 冒険者ギルドに入ると大混乱だった。ミドリたちに気が付いた受付のシェリーさんが話しかけてきた。


 「ミドリ君!隣国のガウス帝国が国境沿いに兵を進めてきたの。いつもの軍事演習かもしれないけど、ここまで寄せてきたことはないわ。もしかしたら戦争になるかもしれない」


 兵を集めているのは国境ギリギリの地点で数は少なくとも5000人。町の人口が2000人くらいで駐屯兵は500人といったところなので数では完全に負けている。というか勝負にならない。帝国は周囲の国と長年戦争を続けており、こちらに兵を送る余裕がないとう話だったのに状況が変わったのか?


 ミドリが住んでた領都からここまで馬車で2週間かかった。仮に抗戦するとしても援軍が間に合うとは思えない。撤退しか道がないように思える。


 ギルドに職員が駆け込んできた。


 「町長の指示が出ました!町民は近隣の街へ避難!町兵と駐屯兵が抗戦して避難する時間を稼ぎます。魔物との戦いじゃありませんので冒険者の徴兵はありません!」


 職員は同じ内容を2度繰り返し、周りの冒険者から安堵の溜息が漏れる。受付のシェリーがミドリに駆け寄る。


 「Dランク以上の冒険者には任意の依頼があると思うけど、ミドリ君たちには何もないわ。早く避難しなさい!」


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