#008 コレットの危機と孤児院長の選択
「ここに来るのは最後にしてください」
ミドリは孤児院長の突然の話にびっくりする。コレットもびっくりしている。
「院長先生!」
「コレット、静かになさい」
抗議の声を上げるコレットを院長が遮る。
「コレットはとある商会に弟子入りすることが決まりました」
「院長先生!僕、そんな話は聞いてないよ!」
「さきほど決まったのです。弟子入り先はアーロン商会です」
コレットの顔が真っ青になった。
「僕、行きたくないよ」
「申し訳ありません」
院長に謝られたコレットは顔を歪める。部外者のミドリには知らない事情がありそうな雰囲気。それにしてもこの嫌がり様は変だ。ただの弟子入りなのだろうか?
「コレット・・・」
「ミドリ、ごめんね。ちょっと一人で考えたい」
コレットは肩を落として部屋から出て行った。客室にはミドリと院長の二人きりになった。
「本当に弟子入りなんですか?」
「部外者は余計な詮索をしないでください」
「それでコレットは幸せになれます?」
「よくある話です」
「答えになってませんが」
院長は溜息をつく。
「アーロン商会の会頭は最近のコレットの商売を見て興味をもたれていたのです。残念ながら息子さんはあまり商売の才能がないらしく、息子さんの嫁にしたいとおっしゃいました。アーロン商会は教会に多額を寄付をされてるので司教も断れなかったのです」
「なるほど、よくある話ですね。でも俺はコレットの友達なので、あえて聞きます。よい話なんですか?」
「アーロン商会の良い噂は聞きません。表向きは合法な人材業を営んでますが、裏では金貸業や人買いも行ってるとか。事実関係は国も教会も掴めていません」
俺がコレットを商売に巻き込んだせい?いいや、それは結果論で意味がない。
気になることがある。院長はどうしてこの話をわざわざミドリの前でしたのだろう。良心の呵責?おそらく違う。なにかが引っかかる。考える。
「それではミドリさん。よろしいですか?」
院長がミドリをジッと見つめる。少し怖いくらいに見つめてくる。なんだろう、この状況に覚えがある。いつだったか・・・思い出した。最初に院長にあった時だ。あの時もこんな風にミドリを見つめてきた。そしてそのあとにしたコレットとの会話。
「院長先生。ひとつ質問いいですか?」
「なんでしょう」
「俺のスキル見えてます?」
院長がハッとミドリを見つめる。そして、
「ええ。珍しいスキルをお持ちのようで」
「院長がコレットの弟子入りを決めた司教様なんですね」
あの日コレットは言った。
(高レベルの【鑑定】持ちの司教様ならステータスが分かる)
あれは院長のことだったんだ。そしてあの日院長は言った。
(困ってたら助けてあげてくださいね)
院長はミドリになにか期待している。ミドリに助ける方法があるんだ。
「院長、【クラン】ってスキル。知ってます?」
「初めて見ました。【クラン】も【クラフト】も教会の長い歴史の記録にもありません。古代の遺跡で発見される文献にも私の知る限り載っていません」
院長も可能性は考えていたのだろう。ただ怖くて言葉に出来ない。それはそうだろう。ならばちょっと背を押してやればいい。
「・・・神様に貰ったって言ったら信じてもらえます?」
院長は胸の前で指を組み目を閉じて祈る。組んだ指が震えている。
「コレットの弟子入りの件、なかったことにしてもらえますか?」
院長は目を閉じたまま答える。
「もちろんです、ミドリ様」
お願いだから様は止めて。
◆◆◆
コレットの弟子入りはなくなった。コレットを手に入れるのに失敗したアーロン商会は教会への寄付を止めた。以前からの大きな寄付はコレット手に入れるための布石だったのだろう。ミドリはコレットの取引で出た儲けを全て寄付した。
「ミドリさん。ありがとうございます」
「俺だけだと稼げなかったお金です。コレットが一生懸命に売って稼いだお金だからコレットのために使うのは当たり前です」
「そうだよぉ。これからもミドリと一緒にバンバン稼ぐから安心してね。院長先生!」
申し訳なさそうにお礼を言ってくる院長にドヤ顔で答えるコレット。この笑顔がなくならなくてよかった。この件は
(神様が見てるから悪いことしちゃ駄目)
普通は信じないよなぁ。前世で毎日仏壇に手を合わせつつ仏を恐れない所業を行う人を沢山見た。院長が本物の聖職者でよかった。少し疑ってたのは内緒にしておこう。いつか懺悔しよう。
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