第5話 次元の裂け目

 ゲッ最悪……。

 飛行艇が飛び立って既に数時間が経過した。

 流石に飛行艇内で用務員おじさんに仕事は殆どないので引きこもっていたが尿意を覚えてトイレへと向かったのだ。


 そこでこの前俺を足蹴にしていた貴族様のクソガキを遠目に見かけた。

 向こうもこちらに気付いたらしく目に見えて不機嫌そうな顔をしていた。


 そそくさと船員用の小さめのトイレに入る、ちなみに学生とその他のトイレは別々に用意されていて学生が使うトイレは広くて高級ホテル並みに内装も凝っているらしい。


「見たことはないけど……」


 ハァッ可能な限り気配を消してこの修学旅行をすごそう。何とか無事に過ごしてボーナスをゲットしたら早々にこんなブラック職場おさらばである。


 そしてトイレを終えて出ると。

「どうやら見間違いじゃなかったみたいだな?」

「…………」


 待ち構えてやがった、ウソだろう?



 ◇◇◇◇◇◇



「船長、周囲に魔物の影は見当たりません!」

「分かった。しかし常に周囲の警戒は怠るなよ? 飛行能力を持つ魔物は雲の上でも平気で襲って来るからな!」


「「「はいっ!」」」

 飛行艇船内にて、飛行艇を操縦したり様々な計器を確認する船員が働いていた。


 船長は見張り役の船員に指示を飛ばしている、この世界では空にも様々な魔物がいるのだ。


(万が一でも貴族共の馬鹿息子や娘に傷一つつけばクビどころかこの飛行艇の船員全員の生首が飛ぶ、全くこの時期の修学旅行は気が気じゃないな)


 船長の心配は過去にそう言った『実例』を知るからの物だった、ラベルの考える通りここはブラック職場である。それも相当にたちが悪い部類だ。


 副船長が船長と会話をする。

「危険な空域はもう少しで抜けます、そうすれば後はあの貴族様達を届けるだけですね」


「アホ、貴族って連中は何もない所でトラブルを起こす天才なんだよ。今もこの飛行艇の中で下らん揉め事を起こしてるかも知れん」


「ハッハッハッまさか、流石に年少組の子供じゃないんですよ?」

 笑う副船長を見る船長の目は冷たい、小さな子供よりもたちが悪いのがお偉いさんの子供なのだと船長は考えている。


 面倒な荷物を運んではいるものの船員達は自分達の仕事に集中している空間だった。

 しかし、その時間は突如として終わる。


 最初に異変に気づいたのは進行方向の見張りをしている船員だった。

「…………ん?」


 それは青い空に縦に入った黒い線だった。

 見間違いかと船員は思った、しかしその線は横に広がり瞬く間に巨大な裂け目となったのだ。


 軽く百人以上が乗っている大型の飛行艇、それの数十倍はある巨大な闇が船員、船長達の眼前に広がった。

 船長は目を見開いて驚愕した。

「なっなんだと!?」


 裂け目より溢れる魔力は目に見えない力場を形成、飛行艇を見えない鎖で捉える。

 飛行艇は徐々にその裂け目へと引き寄せられ始めた。


「ぜっ前方に突如『次元の裂け目』が現れました!」

「馬鹿な!? 計器には何の以上もなかった筈だ!」

「魔力力場に既に囚われています、飛行艇の飛行能力では脱出出来ません!」


 パニックになる船内、そしてこの日、一隻の飛行艇が消息を絶つ事になる…。



 ◇◇◇◇◇◇



 俺は貴族学生の坊っちゃんにいちゃもんをつけられていた。

 以前俺を足蹴にしたときと同様にお供を二人連れ来ていた。


 そして口々に『なんで下民がこの船にいる?』とか『二度と視界に入ると言った筈だよな?』とか他にも罵詈雑言レベルの発言をさっきから三人そろって言っている。


 貴族のおバカ三人組かな。


 あと『さっさとこの学園から去ればいいものを』とか言ってるけどそもそも君らの親がどれだけ偉いか知らんけど、別に学園の人事権とかあるとは思えないんですけど。


 取り敢えず頭を下げる、本当は悪くもないのに謝るとか面白い話じゃないけどここで逆らっても悪いのは百パーこっちになるので仕方ない。

 ファンタジー世界の貴族って本当にヤバいんだよな。


「全く、さっきから謝罪してばかりだな? 貴様にはプライドという物はないのか?」

「………すみません」


「はっ! 話にならんなっもういい……」

 そう言うと金髪のリーダー格は学生服の懐から短いワンドを取り出した。


 指揮棒サイズのミニマムな魔法の杖である。

「……………え?」

「もう二度と僕の目の前に現れない様に石像にでも変えてやる」


 マジでか、頭イカレてない?

 他の二人も笑顔ではやし立ててるし、ここにはまともな思考回路をしてる人間はいないの?


 リーダー格は何やら呪文を詠唱し始めた、しかもその呪文が本当に『石化』の魔法のものだから笑えないんですけど。


「この前の授業で覚えた魔法ですね?」

「バリー君、やっちゃって下さい!」


 あの腰巾着見たいな二人もめっちゃ腹立つな。

 ……やるしかないのか?

 最早ってなれば『魔法反射』でもかましてやればいいだけだがそれをすると国にいれなくなるだろうから迷う。


 主にボーナスが~って問題があるからだ。

 しかしそこに通りかかった人間がいた。

「お前達、何をしているんだ?」


 ディアナである。スタイル抜群の金髪美女が現れたぞ。

「ディアナ先生、いえっちょっとこの用務員に身の程を……」


「魔法でか? それもバリー、君が使おうとしている魔法は『石化』だな? それは人に向けて使うと言うのは銃器を向けるのと同じ事だと理解しているのか?」


「…………それは」

「私達貴族は国に仕える人間だ、子息である君もそうだ、そして私達は国を支え、民を守る人間を育てる為にベルフォード学園で教鞭を取っている。その私の目の前でそんな魔法を人に使うのか?」


「げっ下民など人間では…」

「………黙れ」


 ディアナから静かな怒気が放たれる、バリーとやらはそれだけでビビってしまった。そのお供達も同様である。


「!? しっ失礼する……!」

「「失礼しましたーーー!」」

 他人を一方的に攻撃してばかりの人間って自分の身がヤバくなるとあんなもんだよね。


 ディアナは俺の方に振り返ると軽く頭を下げた。

「すまない、教師として指導はちゃんとしていると思っていたのだけど。迷惑をかけてしまった…」


「あ…いや、先生のせいでは…」

「私にも責任の一端はある、彼らの先生だからな」 


 確かにな、いやっそれよりも普通に貴族でもある彼女が平民の俺に頭を下げた事にとても驚いた。

 ベルフォード学園で色々な貴族と親や子供を見てきたけどこう言う貴族は一人もいなかったからだ。


 なんかこの美人先生が厳しいのは平民の人間だけだと勝手に思っていた。しかし本当は貴族の坊っちゃんにも自分にも同じ様に厳しいタイプの人だったようだ。


 素直に見直した。

「……きっとあの貴族様達も、その厳しさの意味を理解してくれる日が来ますよ」

「そっそうだろうか?」


「はいっ長年学園で働いていますので、若い人々の成長する姿も数え切れない程見てきましたから」


 本当はそこまで注目してた訳じゃないけどね、まあベルフォード学園は色んな国から秀才とか天才が集まって来るから自然と印象の残るんキャラの濃いヤツとかもいたのだ。


「そうか、ふふっそうだと良いな…」

 うんうん、やはり美人は笑顔が一番である。


「しかし、貴方は噂に聞くよりも紳士的なんだな。聞いた話だと学生のペットをわざと殺したとか綺麗な女子生徒をストーカーしているなんて話を耳にしたのだが……」


 なんですかそれ?

 あまりにもあんまりなひっどい噂に文句を言おうとしたその時。


 飛行艇が揺れた。


 

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