第120話 皇国軍が攻めてきた訳
「皇国軍だ! 皇国軍の奴等が攻めてきやがったぞーっ!」
始まりは、突如としてアジトが揺らされた事からだった。
それでさらにはアジト内に煙が立ち込め始めたのだ。
その末に、こんな叫び声が僕達の下にも響き始めたのである。
となるとおそらく、この煙は硝煙。
しかも爆発物を撃たれてアジトの一部が損壊した可能性がある。
幸い、ユニリースもティル達も僕のすぐ傍にいたから無事だ。
だけど突然の事で、四人ともただ戸惑うばかりで。
そんな中、アールデューさんが走ってやってくる。
「アールデューさん! 皇国が来たって本当ですか!?」
「まだ確認していないからわからねぇ! だが狙いは確実だ! そこで非戦闘員に隠し通路からの退去命令を出している! だからお前等も逃げるんだ!」
それは僕達に逃げる事を促すため。
アールデューさんはユニリース達だけでなく、僕をも一緒に逃がそうとしてくれているんだ。
それは僕がもうデュラレンツと関係の無い者として見ているからこそ。
「アールデューさん達はどうするんです!?」
「抗戦するに決まっているだろうが!」
「でも、ヴァルフェルはもう無いんでしょう!?」
「無くても戦う! 前からそうやって戦ってきたからなッ!」
しかしアールデューさん達はどうやらやる気らしい。
もう普通の武装さえほとんど残っていないというのに。
なお振動が断続的に続く中でも、戦意を僕にさえ示している。
邪魔だから早く逃げろ、と言わんばかりに。
「……わかりました。ユニリース、ティル、チェッタ、メオ、皆で一緒に逃げよう」
「「「うん!」」」
「それでいい。もう俺達の事は忘れろ。自分達の人生を大事にな」
皇国がどうして攻めてきたのかはわからない。
もう和解したはずなのに、ツィグさんがいるはずなのに。
今さら戦う理由がいまいち思い浮かばなくて、とてもモヤモヤして堪らない。
何かが引っ掛かる気がしてならなくて。
だからここはあえて大人しく従おうとしたんだ。
子ども達だけは絶対に守らないといけないからと。
けどその時、またしても状況が変わった。
「……攻撃が、止まった?」
振動がいきなり止まったのだ。
まるでもう満足してしまったかのように。
そこで不審に思ったアールデューさんが駆け去っていく。
それから僕達が逃げる準備をしていると、僕の下に通信が届いた。
『奴等間違いねぇ、皇国軍だ。ツィグの奴もいるらしい! あの野郎、どうしてこんな事を……和解したんじゃねぇのか!?』
「したはずです。だから僕にも理由はわかりません。それで現状は?」
『奴等は彼方に居すわったままだが、何もしてこない。目的もまったくわからねぇ』
「戦力はどういう状況なんです?」
『ヴァルフェルがおよそ三〇機ほど。新旧揃い踏みだが、今の俺達にとっちゃどちらにしろ脅威だな』
それで敵の状態はなんとなく把握。
ただそれでも敵の目的はまだわからない。
逃げる暇を与えてくれているのだろうか?
なら、僕達が逃げる暇も充分に確保できそうだ。
「ティルが先頭になって皆を導くんだ。僕は多分そう簡単には通れないだろうから、先に行っておくれ」
「わかったよレコ! よし、皆行こう!」
そこで人の方を先に逃がす事にした。
きっと隠し通路はきっと窮屈で、僕だと詰まっちゃうかもしれないからね。
それくらいの逃げる時間はあるだろうから、と。
それでティルがユニリースを抱え上げたのだけど。
「レコといっしょにいく! レコがいっしょじゃなきゃやだー!」
「ダメだって姉御! レコは大きいから後にしなきゃいけないんだ!」
「やーーーだーーー!!!」
相変わらず暴れて言う事を聞こうとしない。
ティルも頑張って抱き上げているけど大変そうだ。
チェッタやメオが足と手を掴んだけれど、それでも抑えるので手一杯で。
『だがなんだ、何かがおかしい。ヴァルフェルの動きもやたら機械的だし、一向に攻めて来ねぇ。まるで
「ッ!?」
そんな子ども達の様子に困り果てた時、不意にこんな通信が入って来る。
そしてその何気ない一言が、僕にとある気付きをもたらした。
その要因は、攻めてきている機体が無魂機かもしれないから。
というのも実はあの獣魔との戦いの後、僕はツィグさんと約束を交わしたのだ。
もう無魂機の開発を取りやめると、それもツィグさんからの提案で。
なのに今それがまた迫っている。
だけど攻撃してこない。
これを変だと思わない訳がないだろう。
そこで僕は気付いたのである。
彼等が待っているのは「まさか僕なのではないか」と。
確証はない。
だけど不思議と納得できてしまったのだ。
途端に心のモヤモヤが晴れて、やるべき事さえ見えてしまって。
それで気付けば僕は立ち上がり、歩み出していた。
逃げようとする子ども達の裏へ付くようにしながらも、視線を入口の方へと向けつつ。
「避難する人はこちらへついてきてください! ティル君達もはやくー!」
「ほら、メルミッテさんが呼んでいる。さぁ行くんだ。僕も後で行くから。ティル、チェッタ、メオ、ユニリースをお願いね」
「レコ……!?」
「よし皆、このまま行くぞ!」
「まって! やだ、まって! レコ! あたしをおいていかないでえっ!!」
「「「えっ……?」」」
だけど僕はやっぱり人を騙す事が苦手だったらしい。
おかげでもうユニリースにバレてしまったみたいだ。
これから僕が一人で戦おうとしている事に。
それというのも、僕は行かなければいけない気がしたんだ。
じゃないと、ツィグさんはきっと後に引けなくなるのだと。
また僕達を狙って軍隊を送り続ければいけなくなるのだと。
それは僕としても不本意だから。
「……ユニリース、わがままを言っちゃいけないよ。もう何度も教えたじゃないか」
「でもやだーっ! ユニは、ユニはレコとおわかれなんてやだあっ!」
「姉御、何言ってるんだよ……」
「レコさんとお別れなんて、そんな事ない、よね?」
「ごめん、僕は……」
その為にもと、僕はもうこれ以上答えられなかった。
子ども達にこれ以上悟られたくなかったから。
例え気付かれていても、真意だけは語りたくなくて。
だから僕は子ども達から離れるように歩み出す。
僕を待つ者達に応えるためにもと、子ども達に背を向けたのだ。
ごめんよユニリース、不甲斐ない僕を許しておくれ。
例え星の記憶を得ても、僕はまだ頼りない僕のままなのだから。
せめてできる限りの事をして、君達だけでも幸せにして見せるから。
そう心に誓い、子ども達から離れる。
金属の拳を想いのまま、関節が歪みそうなほどに握り締めて。
だけどその時だった。
なんとユニリースが隙を突いて拘束を抜け出し、駆け寄ってきたのだ。
ただ必死に、涙をも振り払いながらに。
「行っちゃやだあッ!! パパァーーーーーーッッッ!!!!!」
そんな叫びを聞いた途端、僕は堪らず振り返ってしまった。
ただ思うがままに、彼女の叫びに応えるようにして。
そしてやっと気付いてしまったのだ。
「ああ、そうか。僕はずっとこの言葉を待っていたのかもしれない」と。
そう気付いた時、僕は屈み込み、駆け寄ってきたユニリースの身体を両手でそっと包む。
さらには指でそっと頭を撫で、静かにささやいた。
「いいかいユニリース。僕は行かなければいけない。それはとても大事な事なんだ」
「大事な、事……」
「その理由は、もう君でもわかるよね?」
「うん、でも……」
「もしこれで僕が行かなければ、きっと君達だけじゃなく、世界の人が不幸になってしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなければならないんだよ」
魔法の力を得て、僕の感覚はとても人と近いものとなった。
おかげで今ならユニリースの髪がとてもモコモコだってわかる。
こんなにきれいで柔らかくて、触り心地のいいものだったんだって。
もし僕の子どもが生まれていたなら、きっと同じようだったのだろうね。
そう教えて貰えたから、僕はもう満足できたよ。
僕が欲しかったものはユニリースからすべて貰えたから。
だからこの別れは、決して不幸でも何でもないんだって。
「だけどねユニリース、どうか信じて欲しいんだ」
「えっ……?」
「僕は君と約束した事を忘れない。諦めない。そしてまたいつか必ず君を守る為に現れるって」
「パパ……」
「だって僕は、君を守る――廻骸のヴァルフェルなのだから」
そう、僕は廻骸のヴァルフェル。
幾多の戦いをも乗り越え、星の記憶を受け入れてもなお滅びなかった魂。
ならばいつの日か僕がまた必要となった時、再び彼女の下へと訪れるだろう。
かの廻骸の魔女エレイスとは違う。
僕はあんな不幸さえ乗り越え、必ず娘を自ら取り戻すと誓うよ。
この魂が完全に滅ぶその時まで、何度も抗い続けるのだと。
「その意味はわかるよね? だから行くんだ、ユニリース。君自身が不幸にならないために」
その想いを胸に、ユニリースを突き放す。
僕の意思を汲んで脱力してしまったその身体をそっと押して。
ティル達もそんな彼女をそっと抱き締め、僕を見上げていたよ。
「ティル、どうか君の元気で皆を支えてあげて」
「わかったよ、レコ……」
「チェッタ、しっかり者の君が引っ張ってあげておくれよ?」
「うん、うん……っ!」
「メオ、困ったら皆に相談していいからね?」
「はい! ぼく、がんばります!」
つくづく僕は子守りが下手な奴だと実感してしまった。
結局子ども達を悲しませて、苦労させてしまって。
せっかくティアナに背中を押してもらったのにもう台無しじゃないか。
これじゃあもしティアナの下に行ってもどやされてしまいそうだよ。
……けど、これでいいよね。
僕達の子ども達が元気に育ってくれるならさ。
それを妨げる足枷とならないためにも、背中を見せる事もまた大事だと思うんだ。
そんな子ども達の巣立ちを僕達大人が縛る訳にはいかないからね。
こうして僕は一人、アジトの入口へと向けて堂々と踏み出した。
僕という存在へのけじめを付けるために。
僕にはもう、その覚悟ができているのだから。
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