第十六章 アテリアル・エクステンド

第117話 星の記憶にさえ無い奇跡

「レ、レコーーーッ!!!」

「――だ、だイ丈夫だ、ぼくは! まだ僕は消える訳にはいかない!」

「ッ!? レコ、意識が戻って!?」


 ティアナが見送ってくれた。

 僕の魂達が一つになってくれた。

 おかげで今、僕は星の記憶の奔流にさえ逆らう事ができていたんだ。


 それどころか、記憶が僕の中に混ざって溶けていく。

 僕の中に広がる、透き通るほどのクリアな領域に自然と溶け込んでいく。

 だからか妙なくらいに清々しい気分さ。


「なんだこのログ、『この記憶は容量不足により消去されました』って。僕はまったく消されてなんていないぞ?」

「なんで、レコ……どうして戻れたの?」

「一度星の中心に戻って、僕の魂を一つにしたんだ。それで引き上げてきた」

「ええっ!?」


 星の記憶のおかげかな、僕の賢さもほんの少しアップしたようだ。

 知識でユニリースを驚かせるなんて今までじゃあり得なかったもんね。


 それに僕が星から受けた恩恵はそれだけじゃない。

 ティアナと巡り合わせてもらえたから、僕の心を今までよりもずっと強くしてくれた。

 だからか、既に魔力値が計算しきれないほどに跳ね上がっているよ。


 現在の魔力出力、一二〇九七%――先ほどのほんの十倍だ。

 それでも機体が蒸発するどころか、身体に何一つ影響を及ぼしていない。

 すべてが安定し、融合し、受け入れられているんだろう。

 これが魂と完全一体化したヴァルフェルって事なんだな。


「ユニリース、トルトリオン砲のシステムプログラム構築を急いでほしい。僕が出力制御系をすべてやる!」

「わ、わかった! あ、あとレコ!」

「なんだいユニリース?」

「おかえりっ!」

「うん、ただいま!」


 それでも僕は僕だ。

 ユニリースはそんな僕をこうして改めて迎えてくれた。

 こんな尊い子だから、僕は最後まで守ってあげたいと願いたくもなる!


 ああ、想いが溢れそうだ。

 ユニリースと、ティアナと、この世界に生きる人々と、彼等を想う気持ちがとめどなく膨れて堪らない。


 だから僕は暗空の中で打ち震える。

 夜闇を払う程の魔力の輝きを放ち、喜びと感動に打ち震えながら。


 そんな僕の想いが機体にさえ影響を与えた。


 僕の後頭部から、遂に溢れんばかりの生命波動が輝きを放ち始めたのである。

 銀色の輝きが筋となるほどに濃く、強く、波を打つようにして。

 それも無数に、幾重にも重なるように。


 それはまるで髪のようだった。

 銀色に瞬く長い長い柔らかな髪のようだったのだ。

 しかもその髪に、黄緑の魔力が纏って鮮やかに彩り始める。


 そうしてきっと誰もが僕を見て驚愕する事だろう。




 その姿はまるで「アテリアのようだ」と!




「ツィグさん、聞こえますか?」

『聴こえている! だが一体何があった!? その姿は一体!?』

「今すぐ残存する機体の場所を教えてください!」

『南門のすぐ傍だ。現在そこにすべてを集結し――うおおッ!?』

「着きました」


 そんな機体が一瞬で目の前に現れれば現実さえ疑うだろうね。

 案の定、何も無い空間からシュッと歩き出てきた僕に、皆が驚いて一斉に顔を向けていたよ。


 というのも僕は転移魔法を使ったんだ。

 ただしちょっと普通の魔術とは違う方法でね。

 生命波動そのものを極限に圧縮させて物理法則を捻じ曲げ、生まれた空間のひずみをすり抜けてみた。針の穴に糸を通すようにね。

 こうする事で無駄なエネルギーを消費せずに距離的空間を抜けられるってワケ。

 誰でもわかるような簡単な事さ。


「レコ君! ここにあるのがすべてだと思ってくれ! 反対側の機体も急いでかき集めたものだ!」

「わかりました。それでは全部お借りします!」

「どうするかはわからんが、やれるというのなら頼む。今は君達だけが頼りだ!」


 ツィグさんはどうやらもう自ら陣頭指揮を執っていたらしい。

 それでこうして直接こう叫びながら駆け寄って来ていて。


 僕もそんな頑張り屋なツィグさんに手を振って応えてあげた。

 とはいえこう軽く見せてしまったからか、なんだか不安そうに眉を寄せている。


 まぁそのあとすぐ、僕の揺らめく髪を不思議そうに触れていたけれども。

 他の生身の兵士達と一緒に興味本位でね。


「ではこれより全機とのフルクロスリンクを行います。膨大な魔力が弾けると思うので、危ないですから離れてください」

「わ、わかった! 総員、即刻ここから退避せよ!」


 でも戯れている時間はもう無い。

 なのでほんの少し触れさせた所で皆にこう指示を出して退避させる。


 これからやるのはヴォークリューターや無魂ヴァルフェルと同じ操作だ。

 ただし僕自身が少しアレンジを加えてのね。


 それは魔法による意識の一斉伝達。

 生命波動を直接送る事で、すべてのヴァルフェルを一瞬で僕の制御下に置く。


 だけど複雑に動かす必要なんて無い。

 彼等には僕の補助魔力加速器サブジェネレーターとして役立ってもらえばいいだけだから。


 ゆえに僕は銀の髪を震わせ、タテガミのごとく広げた。


 するとたちまち髪の先端から無数の生命波動が放たれ、糸のようにこの場にいるヴァルフェルへと次々繋がっていく。

 生きたヴァルフェルがいようとも、恐れ慄こうともかまう事無く。


 しかしそんなヴァルフェル達も即座にして意識を失っていった。

 僕と繋がった事で、意識領域を強制的に乗っ取られたからだ。


「さぁ行こう皆、あの獣魔をこの世界から消し去る為に!」


 そしてその瞬間、場が魔力の光で溢れかえった。

 逃げ切れていなかった兵士達が慌てふためく中、ヴァルフェルや魔動機が黄緑の輝きで繋がり始めたのだ。


 その数はもう五〇〇にも匹敵。

 加えてバスターカノンの魔力をも吸い取り、その場一帯すべてが魔力の輝きへと包まれる事となる。


 そんな強大な魔力を抱えた魔動機達が今、空へと浮かび上がった。


 魔法の力で大気を操り、一群すべてを押し上げたのだ。

 中心に僕を据え、まるで大翼のように展開して。


 視界には驚くツィグさん達や、彼方にはアールデューさん達も見える。

 この場にいるすべての人達が目の前の光景に心を奪われているようだ。

 まさしく奇跡だとでも思っているに違いない。


 けどね、これは奇跡じゃないんだ。

 僕とユニリースの決意が産んだ必然なのだから。


 ここまで二人で生きて、心を通わせたからこそ導けた――当然の結果なのだ。


「レコ、プログラム完成までもうすぐ!」

「よし、じゃあやるとしよう! 最後の仕上げに!」


 そうして気付けば外壁さえ越え、大空高くまで舞い上がっていた。

 クジラさんと交戦中の巨大獣魔が見下ろせるほどに高く。


 そこで僕達はとうとう前進を始めたのだった。

 空に漂うようにゆっくりと、けど確実に獣魔の直上へと向けて。

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