第116話 エンベンタリアの中心にて
「これから僕はどこへ行くのだろうか? 星に還るのだろうか?」
今、僕の心はどことも言えない場所へと流れていた。
まるで水の中にいるように、あがいてもまったく抵抗できはしない。
天と地に見える海のような景色の間で、ただ白く塗り潰された彼方へと向かうだけで。
でも不思議と、安らぎに満ちているんだ。
今ならなんだか、元の姿も思い出せそうなくらいに。
そうして想像を巡らせていたら、気付けば僕は
機械の身体ではなく、人間だった頃の姿に。
ほんの少し輝きも放っているけれども。
こう人の姿になれたからかな、見える光景がより幻想的に見えてくる。
所々で光が花火のように虹色に瞬いて、そんな光が一瞬で僕の後へ通り過ぎて。
それでふと振り向いて追ってみれば、筋となって渦を描いて消えていた。
それが僕には歓迎の狼煙に見えてならなかったんだ。
「ああ、なんて美しいのだろう。この景色を忘れる事になるなんてとても残念でならないよ。いっそこの心に深く刻み込めればいいのに」
この光景も、この姿になれたのも、これはきっと星神様――エンベンタリアからの僕への最後のご褒美なのだろう。
僕の心が星へと還るまでの、ささやかなお楽しみとして。
きっとエンベンタリアはわかってくれているのだろう。
僕がユニリースを守ろうとして、その役目を果たした事を。
だとすればユニリース達はあの後、きっと作戦成功したに違いないよね。
そこで僕は心が軽い理由にすぐ気付けた。
僕は今、彼女達を救えたことに心から満足しているんだって。
だからもう星へと還る事にも抵抗が無かったんだ。
あとはもう受け入れるだけなんだってね。
ほら、白い景色が気付けば広がっているよ。
手を伸ばしただけでもう届きそうなくらいに。
あそこに届けばもう、僕の心はまた、自由になる。
『レコ、あの中へと至るにはまだ早いわ』
「えっ……?」
だけどそんな時、僕の耳元で声がした。
それでふと周囲を見渡してみたのだけど、誰もいない。
幻聴だったのだろうか?
『いいえ、私はずっと貴方のすぐ傍にいる。ただそう認識していないから』
いや違う。
これは幻聴でも、妄想でもなんでもない。
それどころか、この声を聴く事を僕はずっと願っていたじゃないか。
僕はこの声を誰よりも愛していたんだって。
「あ……そうだ、この声を僕は知っている。知っているぞ、ティアナっ!」
『やっと、思い出せたね』
すると僕の前に光が集まり、人の姿を形成していく。
青く長い髪を持つ少女の姿に。
いつか僕と添い遂げてくれたティアナが、目の前に現れたんだ。
今までで名前も姿も思い出したけど、どこかおぼろげだった。
顔もハッキリと思い出せなかったし、妙に他人事のようだった。
だけど今やっと全部を思い出せて、つい涙がこぼれてしまったよ。
「そうか、君はずっとここで待っていてくれたんだね?」
『えぇ。レコがずっとがんばっていたのを、私はずっと見ていたよ?』
「あぁ……ティアナ、僕も君にどれだけ逢いたかった事か!」
それで僕は思わず彼女に抱き着いていた。
そして互いに腕を回し、抱きしめ合っていて。
『でもレコがいつまでも来ないものだから、少し退屈だったかしら?』
「ごめんよティアナ。僕には守るべき人ができてしまったんだ」
『うん、知ってる。だから怒っていないわ。むしろとっても誇らしいって思う』
そんな彼女の手が、僕の後頭部を撫でてくれた。
髪に沿って優しく、指の感触を味合わせてくれるようにゆっくりと。
心だけになっても、こんな感触を味わえるなんて思ってもみなかったな。
「じゃあもしかして僕や君の家族もここに?」
『ううん、待っていたのは私だけ。星神様にわがままを言って、ほんの少しだけここで待たせてもらっていたの』
でもこの時ティアナが僕を引き、すり抜けるようにして離れた。
抱き合う感触を堪能する暇も与えられないままに。
しかもそれだけじゃない。
途端に景色がぐにゃりと歪んで、青かった天地が黒く染まっていく。
いや違う、すべての色合いがティアナの手元に集まっているんだ。
『これを見て、レコ』
「これは……エンベンタリア?」
そうして生まれたのは小さな青い球。
緑や茶色の紋様を持つ、星らしい輝きを放つ物だった。
『私達の命は元来、この星と一つだった。星は自身を切り分け、私達の魂を造り、ヒトという生体に宿す事にしたの』
「い、いきなり何を言い出すんだ、ティアナ?」
『世界が変わる前にも魂という概念はあったけれど、それと私達とは少し違う。私達は魂だけで完成にも至れる存在だから』
ただ、そんな物を前にして語るティアナは変な感じだったんだ。
僕の知るティアナとは違う、ほんの少し怖い雰囲気を伴うような。
『……ごめんねレコ、時間が無いから』
「えっ? 時間……?」
『大事な事だからよく聞いて欲しいの』
「……うん、わかった」
けどそれには何かしらの理由があるっていうのはわかる。
ティアナは意味も無く行動するような人じゃないし。
彼女は賢いから、ついつい自分の知る要点から話し始めちゃう人だしね。
『――でも例えどんな完全なる魂でも、分かれてしまえばそれは不完全以下になってしまう。今の貴方はそれなのよ』
「それって、僕がヴァルフェルの偽魂だから?」
『それも一つの理由。だからレコにはもっと早く、ここに来てもらいたかった』
「え……」
とはいえ僕には少し難し過ぎるようだ。
未だ彼女の意図が読めず、ついポカンとしてしまったよ。
だってまるで「早く僕に死んでほしかった」って言っているみたいだったから。
『ううん、でも今来たからこうやって話せたのかもしれないね』
「ごめんティアナ、僕には何が言いたいのかさっぱりだ」
『……そうだった。レコは小難しい事が苦手だって、私も忘れてた』
「なんだ、君もかぁ~」
そう、こんなあわてんぼうで、でも賢くて器量もある。
そんな彼女が好きになったから、僕は受け入れられた。
こういうせっかちな部分が妙に共感できて、可愛くも思えたからさ。
『だったら単刀直入に言うね。レコ、貴方はまだ死んでいない』
「な、なんだって!?」
そしてそれはティアナも一緒だった。
だから彼女はそんな緩い僕にいつもわかりやすい答えを用意してくれるのだ。
『今は貴方の心が星の記憶に押し出されて、ここまで届いたに過ぎない。けど、まだその記憶は地続きのままだから、星の記憶に辿ってよじ登れば、貴方はすぐにでも戻る事ができる』
「戻れる!? 僕がユニリースの下へ!?」
『えぇ。でも今のまま戻っても、結局は不完全な魂が許容できず、星の記憶の重みが貴方の魂を潰してしまうでしょう』
おかげで僕は彼女の言葉をようやく理解する事ができた。
これは僕との再会を祝しているのではないのだと。
ティアナもまた、僕やユニリースと共に戦ってくれているんだって。
『だから貴方は今、完全な魂にならなくてはならない』
「それが今の状況を覆す最も正しい方法なんだね?」
『うん。そしてもうその準備は整っているよ。星神様が許してくれたから』
するとティアナの頭上へ、九つの輝きが舞い降りて来る。
一つ大きな輝きと、その周りを回る小さな輝き達が。
「これはまさか、全部僕なのか!?」
『そうだよ。皆、貴方が来るのをずっと待っていたの』
そんな小さな輝きの一つが僕へと飛び、くるりと周りを回って見せた。
なんだろうこの子の感覚、僕はなんだか知っている気がする。
『貴方が魔法使いに目覚めたから、他のレコ達は待つ事にしたの。いつか来たるべき時が訪れた際、その分けた魂を一つへと戻すためにって』
それでふと見上げれば、輝き達が僕の頭上へとやってくる。
きっともう是非を問う時間さえ無いのだろうね。
だけどもう僕もとっくに覚悟は決まっている。
この魂達と一つになる事が、僕にとっての最善だって充分に理解できたから。
「そうなると、どうなるの?」
『わからない。前例が無いから。だけど最悪の可能性だけは免れられると思う』
ならこんな曖昧な答えでも貰えただけ充分さ。
おかげでもう僕は今までに無いくらいの勇気を貰えたよ。
「わかった。ならもう一つ……ティアナ、僕はまた君に逢えるかい?」
『貴方が望むのなら、いつまでも待ってるよ』
「そっか。じゃあ僕にはもう何も怖い物は無いよね」
『レコ』
「なんだい、ティアナ?」
『ユニリースさん達に、どうかよろしくね』
「うん!」
どうしてティアナが僕にここまで協力してくれたのかはわからない。
でも彼女が怨んでいないってわかって、待ってくれるとも言ってくれた。
だったら仮に死んだって僕には帰る所があるって事なんだ。
だから僕は微笑みながら輝き達を受け入れる事ができたよ。
本当に怖い物がなくなったからね。
それに君とも逢えたから、僕はもう何でもできる気がする!
こうして僕は、輝き達と一つになった。
そしてティアナに見送られながら、戻るべき場所へと突き抜けたのだ。
それはまるで光のような速さで。
待っていてくれユニリース、今すぐ戻るから。
僕はまた、君との約束を守りに行くよ!
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