第114話 潰える希望、願わぬ希望

「ツィグさん! アールデューさん! もっとたくさんのヴァルフェルとかを集められないんですか!?」


 このままでは僕達はあの巨大獣魔に勝てない。

 獣魔を消滅させられるトルトリオン砲発射に必要な魔力が足りないのだ。


『地方から集めれば何とかなるが、それにしたって時間がかかる! 最低でも積み込みを含めて三〇分以上は見積もらねぇと!』

『残念だがその地方にも戦力は無い。反乱勢との戦いに合わせ、戦力をかき集めさせたからな。動けるのは今この場にいる者達がすべてだと思っていい!』

『んだとぉ!? これで全部だっていうのかよ! 少な過ぎじゃねぇか!』

『文句を言うなら、あの獣魔の奴に残りを分けてもらってくれたまえ! 奴の居場所がその貯蔵庫だ!』


 おかげで現場がすでに混乱し始めている。

 必死にがんばって機体を集めてもらったのに無駄になろうとしているから。

 それどころか希望をも潰され、アールデューさんもツィグさんも返す言葉を失いつつある。


 しかも凱龍王さんも時間切れが近い。

 先ほどまでの力が徐々に失われつつあるらしく、枝二本に叩き落とされてしまったのだ。

 さらには先ほど燃やしたはずの枝が徐々に膨らみ、動きを見せ始めていて。


 おそらく奴には驚異的な再生能力が秘められているんだ。

 触手だけでなく、断ち切った枝さえすぐに治してしまう程の。


 だとすれば猶予どころじゃない。

 もうすぐにでも対処しなければ、凱龍王さんさえ喰われかねないぞ!?

 そんな事になればもう獣魔を滅ぼす所じゃなくなってしまう!


「ユニリース! 何か他に方法は無いのか!?」

「……」

「どうして黙っているの!? 何も無いなら、無いって言ってくれよ! 僕達も考えるからッ!」


 だけどユニリースは何も教えてくれない。

 うつむいたままで、だんまりを決め込んでいて。


 頼り過ぎるのはよくないってわかっている。

 けど、今だけは彼女が頼りなんだ。

 ユニリースだけが挽回の可能性を導き出せる存在なんだ。


 だから今だけは頼むよユニリース!

 じゃないと凱龍王さんが、もう!


『アカンで~! それだけはアカーン!』

「――ッ!!?」


 けどその時だった。

 突如、こんな気の抜けた大声と共に、空から何かが降って来る。

 巨大な青い何かが回りながら獣魔に向けて突っ込んで来たのだ。


 それはなんとあのクジラさん。

 凱龍王に引き続き、あの漫才大好きな人がなぜか空からの登場である。


 しかもそんなクジラさんがそのを獣魔に叩き付けた!?

 さらにはで大地に着地を果たすという!


 そう、今のクジラさんにはなぜか人間のような両腕両脚が付いているのだ。

 しかも身体は丸々しいのに腕脚だけ無駄にたくましいからもう。


『アカンでレコはん、それ以上は想像せん方がええで』

「な、なんでや!?」

『シリアスな雰囲気が壊れてまうやろ!』

「もうすでに台無しですよ!」


 だけどクジラさん自体は相変わらずだ。

 相変わらずだけど、やる事は以前よりもずっとしっかりしている。

 すかさず凱龍王さんを抱き上げ、巨大獣魔と距離を取っていたのだ。


『ま、まさか貴方までここに来るとは。懐かしいですね、〝溟鯨王みょうげいおうザパナス〟』

『久しぶりやなぁ龍ちゃん。またワイとコンビ組みとぅて暴れとったんか?』

『まさか……相変わらず調子のよい魚類ですね』

『そうやってワイを魚扱いするー。そらもう勘違いしてまうわー』


 そんなクジラさんの事を凱龍王さんも知っていたらしい。

 やはり長生きしているし、同類だけあって付き合いも長いのだろうね。

 一体どういう付き合いをしていたのかは予想もつかないけれど。


 ――だけどクジラさんが同類なら、これ以上心強い助っ人は無い。

 なぜならクジラさんはアテリアを喰らったばかりで全力が出せるからね!


『ほな第二ラウンド始めるで! 今度は本気のワイが相手や、エントラやん!』


 だからか、その走りはとてもすさまじかった。

 大地を揺らし、大気をも揺さぶってその圧力だけで獣魔をひるませたのだ。

 足元を走る雑魚なんて踏み潰し、もはや意にさえ介しては無い。


 ただそのクジラさんはさっそくと枝に叩き伏せられていたけれど。


 い、いやこれはきっとまだ本調子じゃないんだ。

 これから怒涛の逆襲が始まる、はず。


 なので今はあの人に任せて、僕達のやるべき事を探さないと。

 もっとヴァルフェルを集めるとか、魔力を高める方法を見つけるんだ。


 ――いや、でも待てよ?


 もしそんな方法があるなら、ユニリースはもうとっくに言っているはず。

 ダメならダメで、ちゃんとハッキリ言う子なのに。

 なのにどうしてこの子は今、だんまりを決め込んでいるのだろうか。


 もしかして、言えない理由が……ある?


「レコ!」

「ッ!?」


 そう脳裏に過らせた時、ユニリースの叫びが僕の思考を遮った。

 まるでそれ以上考えてはいけないと言わんばかりに。


「……もうにげよ? ティルたちといっしょににげるの。どこかのちいさな島に。そこならきっとだれもこないし、獣魔もこないとおもう」

「ユニリース……」


 そして彼女はあろう事か、僕にこう提案してきていたのだ。

 いつも気丈で、負けず嫌いで、強情っぱりなユニリースが。


 今にも泣きそうなくらいに瞳を震えさせて。


 だけど僕はそれを見て気付いてしまったよ。

 君が何を思ってだんまりを決め込んでいるのかってね。

 そういう嘘を付くのが本当に苦手なんだってわかってしまったくらいさ。


「それでね、めいっぱいたのしくいきるの。それで――」

「ダメだよユニリース。それは多分ダメなんだ」

「レコ……」


 だから僕はユニリースの提案を否定する。

 それは決して彼女を嫌いになったからって訳じゃあない。


 ユニリースがもう、この状況を確実に打開できる手段を導き出しているから。


「君はきっともうわかっているんじゃないかい? 別のトルトリオン砲を撃つ方法、あるいはその代用手段を」

「そ、それは……」

「しかもそれはきっと、僕の身に関わる事なんだろうね」

「っ!?」


 ユニリースはとても優しい子だ。

 いつも強気だしちょっと暴力的な所もあるけれど、ちゃんと加減もわかっている。

 特に大事と思っている人には、文句言いながらもきちんと手を貸してくれるしね。


 そんな相手を犠牲にするなんて、口が裂けても言えない子なのさ。


「けどねユニリース。それでもやらなければいけないんだ。だって本当は君だってわかっているんだろう? そんな小島に逃げた所で、獣魔からは逃げられないんだって」

「……」

「だったら僕は、どんな事があっても君やティル達を助けるよ。何があろうと、結果的にどうなろうとも。そのために僕はこの身体へ移ったのだからね」

「レコ……」

「だから、その為の手段を教えておくれ、ユニリース」


 なのにこう願い出るのは酷かもしれない。君も辛いかもしれない。

 保護者としてもきっと失格なのだろう。

 だけどそれでもかまわない。


 僕はユニリースやティル、チェッタ、メオが安心して暮らせるならそれでいい。

 他にもアールデューさんやツィグさん達が未来まで繋いでくれればもっと。

 ロロッカさんやレクサルさんもこれから幸せになって欲しいしね。

 ギーングルツやボイツ艦長達にもこれからがんばってもらわなきゃ。


 今までに出会った人達には不幸になってもらいたくないんだ。

 その為には、僕一人が犠牲になるなんてもう怖くはないよ。

 昨日にもう一人の僕が意志を託してくれたのと同じようにね。


 だからもしこの声をまだ見ているのなら教えておくれ、ユニリース。

 あの諸悪の根源を倒すためにも、その可能性を示しておくれよ。


 それが僕の今一番の願いだから。


「……わかった」

「ありがとう、ユニリース」


 こう話し合う間も戦いは続いている。

 僕が動きを止めた事で、獣魔達がきっと前線へとまた躍り出た事だろう。


 けど、それでも僕は待ち続けるよ。

 覚悟を決めて語ってくれる君の想いに精いっぱい応えたいから。


 それで奇跡を呼び寄せられるのならば、誰だってきっと許してくれるさ。

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