第108話 復讐に駆られた女

「ツィグ! もうそんな甘言に乗るのはやめなさい! 貴方は約束したでしょう!? 私と共に覇道を突き進むってえッ!!」


 ツィグ皇帝がやっと本心に目覚めてくれた。

 とても簡単な理屈だったのだけど、それさえ縛っていた思想から解き放つ事ができたから。

 おかげで今、ツィグ皇帝は誰にも見せられないくらいに泣き崩れているよ。

 長い人生の分だけ後悔し続けてきたから、きっとよほど辛いに違いない。


 ただその一方でレティネさんがこんな叫びを上げている。

 この人はもしかしたらツィグさんとは全く違うタイプの人間なのかもしれない。

 彼女に関してはアールデューさんからも聞いていないからわからないんだ。


「そして絶対に後悔させなければいけないのよ! 私をもてあそんで使い潰し続けたあの男どもにい! その目的が果たされるまで後一歩なのよおッ!?」

「レティネさん、貴女は……ツィグさんの想いがわからないんですか!?」

「知るかそんなもの! 私は私の目的が果たせるならそれでかまいやしないわッ!」

「な、なんて身勝手な人なんだ……!」


 だけどもう理解できた気がする。

 このレティネという人は僕達が想像する以上に自己中心的なのだと。

 いつか戦った分身は調整ミスのせいで歪んでいるかと思っていたけれど、それは間違いだったのだろう。


 この人は素で、こうなんだ。


「その為に私は今日まで生きてきたんだッ! すべての頂点に君臨して、私を卑下して来た奴等に復讐してやるまで止まらないと! 私を犯し、なぶり、回し続けた奴等は全員、私が同じようにして踏み殺してやるんだァァァーーーーーーッッッ!!!!!」


 誰よりも自我が強く、恨みや妬み、復讐心に溢れている。

 そんなおぞましい心を抱いて育ち、それを糧に今まで抗い続けた。

 そのメンタルは強過ぎて、歪すぎて、もはや誰の意思をも介在する余地は無い。


 ――だからこの人はツィグさんと違って邪悪だ。

 今見えるおぞましい顔も、その歪んだ思想も。


 もしかしたら皇族なんかよりもずっと恐ろしい存在なのかもしれない。


『レティネ……!』

「――ッ!?」

『もうよそう。すべてはもう、終わったのだ。復讐など、私はそれこそ興味が無くなったよ』

「ツィグ……!?」

『――全軍に通達。ただちに戦闘行為を中止せよ。我々はこの戦いに敗北したのだ』

「ま、待ちなさいツィグッ!!」


 そんな人を今、他でもないあのツィグ皇帝がなだめていた。

 顔を覆っていた手を降ろしながら、穏やかな声で。


 そうして見せた顔は、微笑んでいたんだ。

 悲しみを覗かせながらも健やかに、清らかに。

 怒りを滲ませるレティネとはまるで対極のようだ。


「……認めない、私は負けなんて認めないッ!」

『レティネ?』

「認めるものか! 後一歩なんだっ! あと一歩ですべてが叶う! 私は! その為になら! 命だって張れるって言ったあッ!!!」


 するとその時、レティネが拳銃を取り出して僕へと向ける。

 それで躊躇う事もなく撃ち放ってきていて。


「お前がッ! すべてを狂わせた! お前さえいなければすべて順調だったのにいッ!!」

「哀れだ……この人は」


 だけど僕にそんな物が通用する訳ない。

 だからコンテナだけをエアレールで守り、憐れむようにじっと見上げ続けるのだ。

 むなしく「ターン、ターン」と炸裂音が響く中で。


 もしかしたらそれだけ悲しい過去だったのかもしれないね。

 だけどツィグさんと比べたらなんて心に響かないのだろうか。

 彼女くらいに悲しくなくとも心震わせてくれた人はいたのに。


「うああああーーーーーーッッッ!!!!!」


 ただただ滑稽で、憐れで、虚無でしかない。

 怒りに身を任せて無駄な事をし続けるのはもう。


 なので僕は今、拡散砲をレティネに向けていた。

 こうもなれば騎士道も何もあったものじゃないから。


 こんな茶番はもう、見飽きたよ。




『『『異常振動を検知。危険デンジャー危険デンジャー』』』




 だがその時だった。

 突如として場にこんな警告音が鳴り響く。

 それも周囲のヴァルフェルからも一斉にしてコーラスのように。


「レコォッ!!!」

「ッ!!?」


 ゆえに直後、僕は全身全霊をもって空へと跳ね上がっていた。

 天井をもエアレールで削ぎ取り、外へと飛び出すほどに。

 ユニリースの必死の呼び声が僕の危険予知レベルを最大値にまで引き上げたのだ。


 すると途端、大地もが振動していた。

 飛んでいるのにわかるほど激しく。

 エントランスドームに亀裂をもたらすほどに強く。


 しかもその瞬間、あろう事か目下すべての物が砕け、高々と打ち上げられる。

 瓦礫も、ヴァルフェルも、その残骸も、先ほどまで怒り狂っていたレティネさえも。


 それだけじゃない。

 よく見れば、そんな瓦礫の中にはなんと沢山の子ども達までがいた。

 いずれも銀の髪と褐色の肌を持つ、大小様々な子ども達が。


 アテリアだ。

 あの量産されていたというアテリアは驚く事になんと僕達の戦場すぐ真下にいたんだ!


 しかもその誰しもがまるで助けを求めるように手を伸ばしていて。


「う、あああッ!?」


 その手を掴みたかった。

 できる事なら全員掬い取ってあげたかった。

 だから僕も手を伸ばしてその意志さえも見せていた――そのはずなのに。


 なのに僕は今、単体で空に向けて駆け昇っている。

 目下から現れた、超巨大な突起物から逃げるようにして。


 視界いっぱいなほどに巨大で、黒くて、でこぼことした表皮をそれは持っていた。

 そんな物が僕らを追うようにして盛り上がり、急激に迫っていたのだ。


 しかもその巨体が今度は三又に開いていて。


「だめぇ、引いてレコォ!!!!!」

「うッあああーーーーーーッッッ!!!??」


 僕が伸ばした手を引かせた途端、その三又の突起が「バグンッ!」と閉じられる。

 僕の寸前で、視界に映っていたすべてを飲み込んで。


 アテリア達も、レティネさえも、恐怖に包まれながらその中へと消えてしまったのである。


「なん、なんだこれは……なんなんだよォォォーーーーーーッッッ!!!!!」


 そして僕達は、続いて現れたおぞましいまでの漆黒の巨体を垣間見る事となる。

 皇国城さえ軽く崩してしまうほどの力強さと共に。


 それはいつか見た正体不明の存在。

 フェクターさんの村を丸ごと飲み込んだあの超巨大獣魔だったのだ。

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