第107話 人形の中に潜む人の心

「貴方は自分に執着が無いなんて言うけれど、僕にはそうは見えません」

『魔導機風情がよくもそこまで言えるものだ』

「魔導機でも心があるのがヴァルフェルですから」

『……』


 ようやくツィグ皇帝の用意した戦力を無力化する事ができた。

 だけど僕はだからといって彼等をすぐ殺すような事はしたくない。

 敵意を見せるにも理由があったからこそ、挽回の余地もあると思うんだ。


 特にツィグ皇帝の事を、僕は理解してみたいと思っている。

 この人は話に出てきた皇族と違って決して極悪人などではないって思えたから。


「貴方の話を聞いて、僕はずっと引っ掛かっていたんです。『どうしてこの人はここまで皇族をよく思っていないのに従えるんだろう』って。それが拷問の末だったのだとはわかっていても、不思議でしょうがなかったんですよ」

『不思議……?』

「そうです。貴方は操り人形だと言いながらも、憎しみや嫌悪はきちんと露わにできた。本当の操り人形ならそんな感情さえ抱かないはずです。それこそ操った皇族が盲目的に使命を信じるのと同じように。それには何か理由があるんじゃないかって思えてならなかったんだ」


 きっとツィグ皇帝は子どもの頃から皇族に相応しい者として調教されたのだろう。

 いや、おそらくは今までの皇族達も同様にして。

 そうして思想を子どもの頃から植え付け、「皇族はすばらしい、使命を忘れてはいけない」って思わされていたのだと思う。


 けど、僕が知る皇族はみんな自由だった。

 ディクオスさんも、アイドルになったプリムさんも、自分の生きたいように生きて、自分を表現する事ができていたんだ。

 きっと彼等はそんな教育を受けながらも自分なりに受け流せていたから。


 ならツィグ皇帝も完全に思想が染まっている訳ではないのでは?と。


「そこで僕はふと閃いてしまったんです。実はもう貴方の中には確固たる答えがあるんじゃないかって」

『答え、だと?』

「そう、貴方は心の中では、自分が『人でなしじゃない、操り人形じゃない』って気付いているのかもしれない」

『ハッ、何を言うかと思えば馬鹿な事を。〝だからそう理解して自分達の考えに同調して欲しい〟とでも言いたいのかね? そんなものは単に君達側の思想の植え付けに過ぎまい』

「その通りですよ。そんな事で説得する意味が無いのはわかっています」

『何……?』


 要は、ツィグ皇帝自身の本意があるかどうかって事なんだ。

 僕はただそれを知りたいだけで、そこに思想や思惑なんてものは関係無い。


「そもそも僕だってデュラレンツの思想なんてどうでもいいんです。ただユニリース達と平和に暮らせればそれで良かった。そうもいかないからこう抵抗する事になっただけに過ぎないんだ」

『ならば君はなぜ――』

「でもそれは人間誰しもがそうなんだ!」

『――ッ!?』

「例えどんな大義名分をうたっていても、やっている事は個人的思想から生まれた欲望でしかない。そんなくだらない事の為に他人を操ろうとしたって、同調できなけりゃ何の意味も無いでしょう!? それは貴方が一番よくわかっているはずだ!」

『……』


 この人はずっと他人の思想に支配され続けてきた。

 そして自分の意思を押し殺して従う事を選んできた。

 それが正しいと思い込まされて、考える事をやめさせられて。


 でも実は自分が考えて行動していたって事に、気が付いていないだけなんだ。


「その気持ちが僕にもわかる。ここまでの道中に色んな人に騙されたり利用され続けてきたからね。だからこそ貴方の本心にも気付けたんだ」

『私の、本心?』

「だから貴方はずっと悩んでいる。子どもの頃から抱いていた疑問に。親達から押し付けられた思想にある矛盾に」

『思想にある矛盾、だと……!?』

「そう、皇族がエレイスの娘アルピナを自分達の下に呼び出そうとしている、その矛盾にですよ」


 それでもこの人は、エレイスやアルピナの事を嘆いた。

 アルピナを呼び出そうとして量産されたアテリアの事を嘆いた。


 そう人の事を想えるのは、人を慈しめる心があるって事に他ならない。


「エレイスはひ孫の嘘に騙され、何も返す事無く場を去った。けれど、それは決して失意で帰った訳じゃあないんだ。彼女は理解したんだよ。『ならもう彼等には何の用も無い』ってね。だから獣魔大戦の最中にもヴァルフェル開発の手助けをしてくれたのだと思う。恨みも怒りも、もう皇国には無いから」

『そ、それは……』

「だってそうじゃないか! アルピナだってアテリアだ! だったら生前の記憶を持ったまま転生できる。それで母親の事を想っているなら、自分で帰る事だってできるんだからさ!」

『あ……』

「魂が王国から解き放たれたなら、もうエレイスにとっては待つだけで良かったんだ。彼女にも膨大な時間があるから。例え未練が無くて帰ってこなくても構わない、魂を星に返してしまって転生できなくても構わない、とね」


 そこで両親にその心がバレて、徹底的に封じられてしまったのだと思う。

「その考えは正しくない」と徹底的にね。


 だからツィグさんの心がずっとエラーを起こしている。

 何が正しいのか今までずっと定まらなくて、処理不良を起こしてしまっているんだ。

 そのせいで操られる事を優先してしまっているんだって。


「だけど皇族はアテリアを量産してアルピナを呼び戻そうと躍起になっているじゃないか。これはエレイスにとっては邪魔でしか無いよね!? 娘が転生してくるのを待っているのに、それを封じ込めているようなものなんだから!」

『……そうだ、そうだとも……!』

「貴方はもうその事に気が付いている! それは間違い無く、ツィグさんにも人の心があるって事じゃあないか!」


 そう、ツィグさんはこの矛盾に子どもの頃から既に気付いている。

 きっとディクオスさん達と同様に。


 だからこの人は、最初から操り人形なんかじゃないんだよ。


「そう考えられるのは、貴方が普通の人間だからだ! むしろ考える事を辞めて宿命に従うだけの皇族達の方がずっと人形じゃないか! それも過去の呪いを引きずるだけの、国と子どもを縛るおぞましい呪殺人形だッ!!」

『私は、普通の人間だった……!?』

「そうなんですよ、ツィグさん! 貴方はそんな思想に縛られてはいない普通の人間だ! 自分でものを考えて、誰かの考えに同調できる優しい人なんですよぉぉぉーーーッ!!」

 

 そう訴えたかった。

 そう教えたかった。

 皇国とかデュラレンツとかなんてもうどうだっていい。

 ただツィグさんが本心を取り戻してくれれば、それだけで済むと思ったから。


 だってそうじゃないか。

 こう願っているのは僕だけじゃないんだ。


「だからアールデューさんも貴方に止まって欲しかった! それで僕に『ツィグを止めてくれ』って頼んだんだ! 倒せでもなく、殺せでもなく!」

『アールデューが、そんな事を……!?』

「誰も貴方に『思想を理解しろ』なんて頼んじゃいない! 貴方の本心が解き放たれるのを、僕もアールデューさんも待っているだけなんですよツィグさん!!」


 もしその結果でもツィグさんが敵となるならそれでも仕方がない。

 だけど僕はそうならないってわかっているよ。


 だって僕は分析能力のある機械で、かつ人の心がわかるヴァルフェルなのだから。


『……そうか、私は人、だったか。フッ、フフッ……フッフッフ、アッハッハハハ!』


 そんな僕の意思が届いたかはまだわからない。

 ツィグさんは自身の顔を手で覆って笑いを上げていたから。


 けどそんな顔が徐々に歪み、シワを帯び、クシャクシャになっていく。

 そうして気付けば目元からつらつらと雫までが垂れ落ちていて。


『そうか、そうか……私は最初からずっと人だった。やっと人と、言ってもらえたのだなぁ……』

「ツィグさん……」

『ずっと、親から〝愚かしい考えを持つ者など人ではない〟と教えられてきた。だから私はずっとそう思い込んでいたのだ。ならその考えが払拭できない私は人ではないのだと。そう信じこまされ続けてきたのだ……ッ!』


 それで遂には顔を掴む手に力が籠り、しわくちゃな顔に歪みさえ生まれる。

 歯を噛み締めながら、顎さえ震えさせて。


『それは全部、嘘だった……! そう、私はディクオスと同じ人間になりたかったんだッ! 羨ましかったんだ……ッ!』

「そう、だったんですね……」

『なのに、私はあろう事かそのディクオスをこの手で殺めてしまった……! ああなんて、なんて取り返しのつかない事を……ッ! うっ、うっうっ、うぶあ”あ”あ”~~~!!』


 これは決して演技でもなんでもない。

 抑え付けられてきた本心がやっと露わになって、ずっと溜め込まれてきた感情があふれ出したんだ。

 だから今はもう打ち震えすぎて、口元さえドロドロだった。

 それほどまでに後悔して、後悔して、後悔し尽くしてきたのだと思うから。


 もう五〇に近い熟年の男が今、涙と後悔にまみれて叫びを上げる。

 だけど不思議と、僕にはその姿がとても美しく見えて仕方がなかった。


 だって覗き見えた心が、何よりもずっと子どものように綺麗だったのだから。

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