第105話 廻骸の魔女、その外側の話

『物語から予想できるように、エレイスはアテリアだった。そして彼女は幾度となく転生し、死んでもなお娘の為に戦い続けたものだ。その辺りは物語に描かれていた事と相違ない』


 廻骸の魔女伝説はなんとこのユガンティア皇国が発祥だった。

 しかもその物語の主人公エレイスはまだ生きていて、しかもヴァルフェル開発に携わった第一人者だったという。

 どちらも知らなかった僕達には驚きしかない事実だ。


『だがその時、彼女の娘は何をしていたと思う?』

「えっ、それは王国に幽閉されて――」

『それは思い違いだ。彼女はかの王の息子と恋に落ち、そして結婚して子までもうけていたのだよ』

「なッ!!?」


 さらには物語で語られていなかった真実もが明らかになる。

 一切触れられる事の無かった、エレイスには無い娘側の真実の記憶が。

 彼女の娘もまた別の形で物語を紡いでいたのだ。


『そしてその子がさらに孫を産み、その孫が新王となった所でエレイスが戻って来た』

「そんなッ!? それじゃあ年代が!」

『確かに作中では百年とあったが、それは真実ではない。実際は五〇年ほどと半分程度でしか無かったのだよ』

 

 きっとこれは作者がその娘の事を知らないか、あるいは伏せたかったから。

 百年だと偽ったのもおそらく、この話をあくまで空想フィクションとして見せたかったからなのだろう。


 だけどその真実は、どちらにとってもあまりに残酷だった。


『そしてエレイスは娘の返還を求めたが、当時の王は自身の祖母の素性を知らなかった。だからエレイスから真実を知らされた時、動揺のあまりにこう答えてしまったのだ。〝その女性は死んでしまった〟とな! 王国が犯した罪から逃げようとしたのだっ!』

「なんて事を……」

『だが実は当時、まだ娘は生きていた。ただしもう寝たきりの老衰状態でな。そしてこう訴えていたそうだ。〝せめて母にもう一度逢いたかった〟と。そう零し、彼女は息を引き取った。エレイスが訪ねてきた二日後の事だったそうだよ』


 これには僕も絶句するばかりだ。

 エレイスとその娘、彼女達を取り巻く誰しもがあまりに人でなし過ぎて。


 当時の王もそうだけど、その孫も相当に酷いものだよ。

 もし見栄を張らず、罪を認めていたらエレイスの娘は望みが叶ったのに。


『そこで当時の王はやっと自らも犯した罪に気付き、後悔した』

「そんなの遅すぎる……! エレイスはもうどこかへ消えたのに!」

『その通りだとも! ゆえに奴等はこう誓ったのだ。二度と後悔せぬよう、そして犯した過ちを払拭するためにも、自分達の手でエレイスの娘、九番アテリアだったアルピナを返してやるのだとッ!!』

「自ら返す……ま、まさかッ!?」

『そう、それがアテリア量産計画だ!』


 しかもそれで終わりじゃなかったのだ。

 かの王達はその過去の過ちを精算するために、更なる非道を繰り返した。

 ユニリース達が産まれる要因にもなった、おぞましい計画を。


『まず奴等は世界中からアテリアをかき集め、アルピナの転生体を探した。しかし見つからなかったので、次に量産する事にした。いつアルピナが転生後にまた死んでも、その魂が量産した個体へと宿れるようにとな』

「その為に何人ものアテリアを産ませて、若い内に殺して、転生させ続けたのか!?」

『そうだ! なんておぞましい計画かと思うだろう!? 果てには彼等は世界中に隠れたアテリアをも探すため、世界中へ侵攻したりもしたのだよ。一人残らず確認せねばアルピナは見つからんとな! それが皇族の悲願となったがゆえに奴等はもはや手段さえ択ばなかったァ! 不要な素体を爆弾として流用しようが眉一つ動かさぬッ!!』


 そんな話を今、ツィグ皇帝もが歯を食いしばりながら語っている。

 彼もその逸話に対して相応の憤りを感じているのだろう。

 この人も、祖先の過ちに対して強い後悔を抱いているんだ。


 ただそれも直後にはふっと感情を抑えられていたけれど。

 まるで表情を好き勝手変えられる人形のように。


『……だが結局アルピナは見つからない。ゆえに今も皇族どもは探し続けているのだ。それこそが自分達に課せられた使命で、宿命で、呪いを解く方法だと信じているからな』


 なんて壮絶な話なんだ。

 皇国がそんな身勝手な事の為に動いていたなんて。

 それを僕は知らず内に誇りだなんて思って従っていたなんて。


 今ならわかる気がする。

 ディクオスさん達がどれだけ昔からの皇国の在り方を批判していたのかを。

 悲劇を見てきただけでなく、かつてからの愚行を正そうと必死だったんだって。


 ――だけど変じゃないか。

 そんな事を今、ツィグ皇帝だって批判するように言っている!

 それなのに、どうしてこの人は皇国に従っているんだ!?


「そこまで言えるのに、どうして貴方はディクオス皇帝と手を組まなかったんですか!」

『それは私がかの思想を持つ親から矯正処置を受けたからだよ。よっていまや彼等の下僕も同然。もはや血沸き肉躍る戦いと、皇族に従う事以外に興味は持てんのだ。理解できんのも当然だろう』


 しかしそんな個人的思考なんてツィグ皇帝はもうどうでもいいのかもしれない。

 そう思ってもなお従わされて、後悔させられ続けているから。

 だからもう、考える事さえやめてしまった。


 皇族というのは皆こうなのか?

 ディクオスさんのように自我を貫ける人は他にいないのか!?

 それじゃあまるで皇国は他人の事なんて考えない狂人だらけの国って事になってしまうじゃないか……!


『……さて、そろそろ時間だレコ=ミルーイ君。第二ラウンドを始めるとしようか』

「なのにどうしても戦いを止めるつもりは無いと!?」

『それが私に課せられた義務なのでな』


 そんな狂人達の思想が産み出した無魂ヴァルフェル達が奥の扉からやってくる。

 それも正面扉からだけでなく左右の扉からも。

 今こうして話している内に起動させていたのか……!


『残念ながら先程のは序の口に過ぎん。この皇国城には新旧合計で千体のヴァルフェルが備蓄されているからな。彼等が無魂起動可能な限り、戦いは終わらんよ』

「千体だって……!? それが皇族の悲願を目指した結果ですかツィグさん!」

『その通りだ。だがまだまだ数は増やすぞ。世界のアテリアを一挙に集めるためにな』


 しかも流入してきた数は先よりも少し多い。

 それにきっと扉の奥にはさらに無数のヴァルフェルが控えているのだろう。


 そんな大量のヴァルフェルを相手にしていたら僕でも身体が持ちそうにない。

 なら一体、どう対処したらいいんだ……!

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