第十三章 決戦へ

第98話 戦闘記憶移植試験、開始!

「今回の実験には前のレコさんの初期化済み機体を使う事にしました」

「前は内部がすごかったが、もう分解洗浄オーバーホールは終わっているのか?」

「はい、もう新品同様に。まぁ部品の損耗自体はどうしようもないですが」


 皇国との決戦まであと一日。

 だけどその一日を無駄にしないためにもと、デュラレンツの面々はなお精力的に戦力アップの可能性を求めていた。


 それが僕の戦闘記憶のコピー実験。

 もしこれが叶うなら、魂がより速くヴァルフェルに順応し、高効率の稼働を実現する事ができるかもしれないのだ。


 そもそも転魂技術はまだまだ発展途上。

 ヴァルフェルへの転魂も「実戦投入できるからやっている」というだけで、未だ測りきれていない事が多い。

 なので皇国でさえ把握しきれていない発展の領域が存在しうるとされている。


 その可能性の一端が、僕自身。

 一週間以上の転魂期間を経たヴァルフェルが未だ存在しないからこそ、その稼働記録はもはや常軌を逸するほどの価値を持つという。


 こう教えられたおかげで僕が皇国に追われている原因がわかった気がしたよ。

 皇国は僕のような存在を他国に手渡したくないから、壊すか奪取しようとしていたんだってね。


「こうしてこの間まで僕だった機体を見ると、やっぱり感慨深いものがあるなぁ」

「にしたってあの機体、随分とまぁキメラじゃねぇか。ボディはディクオールでも所々にラーゼルト製の意匠が見えるし。おまけになんだ、あの背中に付いたスクリューは?」

「ギーングルツにもらった水中航行用装備ですね。浮くくらいの事ならできます」

「んなもん、どうして付けちゃったのよ?」

「子ども達と海で遊ぶのに便利でしたよ」

「はーっ……お前さんらしいというか、なんというか」


 しかしあの機体のおかげで今まで子ども達を守り切る事ができた。

 そうも思うと、別の事に使うのさえもったいないと思えてならないよ。


 あとで記念に保存用としてもらえたりしないだろうか。


「あれがもうすぐ別の人として動くと思うとドキドキしちゃうね、ユニリース」

「でもたぶんだめとおもう」

「ほらまたそうやって茶化すからぁ……」


 でもユニリースはなんだか乗り気じゃない。

 しかも不安を煽るような事を言うから、周りの人もなんだか不安そうだ。

 アールデューさんだけは鼻で笑って転魂装置に腰を下ろしていたけれども。


 そう、今回の実験はアールデューさんのリハビリも兼ねているんだ。

 三ヶ月ぶりの転魂だから、本番前に勘を取り戻したいってね。

 なので失敗して欲しくないともあって、皆も少し緊張気味みたい。


「転魂装置、正常起動確認。いつでもいけます」

「いつでもかまわんよ、やってくれ」

「了解、それでは転魂開始!」


 けどアールデューさん自身はとてもリラックスしていていつも通り。

 おかげで転魂もすぐに開始され、紫色の光が格納庫中を照らした。


 作業自体はものの数分で終わる。

 機械が被験者の魂をコピーし、偽魂を生成して、機体へと送るまで。

 コピー自体も並行して複数同時に行えるから、もし多数機に転魂するにしろ同じ程度の時間しかかからないんだ。


 そうして光が収まり、作業終了のブザーが鳴る。

 すると早速アールデューさんが座から起き上がり、身体の調子を確かめていて。


「問題はありませんか?」

「ああ、良好だ。これなら明日も戦えそうだな。あとはコイツのメモリ移植が上手く行きゃ、勝率は間違い無く格段に上がるだろうよぉ」


 本人もこう余裕そうだから明日の心配はいらなさそう。

 さすがアールデューさん、伊達に世界一の転魂回数を誇る人だけの事はあるね。


 ちなみに僕の戦闘記憶バトルメモリーは機体にすでに移植済み。

 だからあとは機体を起動させて転魂状態を確認するだけだ。


「ヴァルフェル起動開始します」

「あ、その機体、手動セーフティロック機構壊れているんで気を付けてくださいね」

「んなの、どうして壊れたんだよ?」

「ブレードダツさんに強引に回されたものでして」

「誰だそれ!? 人なのか、魚なのか!?」

「魚ですね」

「そうなった状況がまったく想像できねぇ!」


 まぁこの起動プロセスもアールデューさんは何度も繰り返し見てきたもの。

 だからもう落ち着いたもので、僕の話し相手までしてくれているよ。

 僕もちょっとドキドキで機体の方が気になるんだけども。


 と、そんな中で機体へと火が入り、遂に動き始めた。


『意識プロセス起動――こんにちは、アールデュー=ヴェリオ』

「……起動を確認した。どうやら転魂は無事に成功したようだな」

「いよう俺。どうだ、調子は?」

「良好だ。使い古した機体も悪くない。余計な機能が多過ぎて混乱しているがな」


 それで起動早々にアールデューさんが自身のコピーと会話し始める。

 その対話も落ち着いたもので、周りの人達もホッと一安心だ。

 さらには機体が掌をぐっぱと開け閉めしていて、感度も良好って感じさ。


「余計な機能は後でとっぱずしてもらおう。それで動けそうか?」

「問題無い。ところで、どうしてこんな所に?」

「……あん? お前何言って――」

「まま待て、俺は、アールデューだ。――でもぼぼはアールデュー?」

「なっ、これは一体……!?」


 だけどその直後には、事態が異様に歪み始めていた。


 転魂機の挙動が、何かおかしい!

 言葉が支離滅裂だし、機体から異常な軋みも聴こえる!

 機体の偽魂も異様なまでに高速回転しているぞ!?


 これは、もしかして……!?


「――暴走!?」

「いや違ぇ、これは暴走とは少し違うぞ!! なんだこれはッ!?」

「ちちちがいますぼくはれこ、れこ=みるーいです!」

「レコだと、馬鹿な!? コピーしたのは戦闘記録だけで、魂の記憶はアールデューのもののはずだ!」


 しかもそんな機体が奇音を立て、いびつに動きながらゆっくりとユニリースへ迫っている。

 まるで彼女を求めているかのように手を伸ばしながら。


 一体何が起きているっていうんだよッ!?


「……戦闘記憶にもレコのきおくがしみついているの。ながくつよく記憶を保持させつづけたから」

「ユニリース!?」

「だから戦闘記憶ももうレコだけのもの。あまりに記憶がこちゃくしつづけて、ほかの記憶がていちゃくしない。レコのつよい記憶がのみこんでしまうから」


 でもユニリースは恐れる所か、逆に手を差し出していたんだ。

 彼女を求める機体へと応えるように、そっと優しく。


 技術班が慌て、周りの者達が対応を苦慮する。

 そんな中でユニリースと機体がついに手を重ねていて。


「あ、あ、ゆにりーす、ぼくはきみをまももも」

「うん、そうだね。あたしは今も、レコにまもられているよ。だからあんしんしてね」


 そしてその途端、機体の動きがピタリと停まった。


 けどこの時ふと、僕は不思議とわかってしまったよ。

 この機体がどうして停まったのかって――その気持ちが。


 例えいびつでも、記憶だけは僕のままで、ユニリースを愛しているんだって。

 ユニリースもきっと、あの機体も僕だって事をわかっているからこうできる。


 だから気付けば、僕も寄り添っていたんだ。

 その冷たく唸る肩へとそっと手を乗せて。


「僕はここにいる。だから必死にならないで」

「わわわかった、ぼく、あとはたのみままま」

「頼まれたよ、僕。彼女は絶対に守ってみせるから」

『ピ――……偽魂消去プログラム実行を確認。機能を停止します』


 それでやっと機体が自ら魂を消去し、その場へと崩れ落ちる。

 そこで強く倒れないようにと僕が支え、そっと寝かしてあげた。


 屈んだまま倒れたその姿はまるで、安らかに眠っているようだったよ。

 きっと僕に託せたから、安心できたに違いないよね。


 そうして動かなくなった彼を見守っていたら、アールデューさん達が慌てて駆け寄ってきた。


「すまん、迷惑をかけた!」

「だいじょぶ。こうなるってわかってた。むしろてをださなくてよかったくらい」

「そ、そうか……」


 彼等も予想外の展開過ぎて対応が遅れてしまったようだ。

 ……とはいえ、そのおかげでこうして分身を見送る事ができた訳だけどね。

 結果オーライって事で、僕もユニリースもまったく気にしていない。


「だがこうなると戦闘記憶の移植は不可能か」

「それはもうあきらめて。レコはもうゆいいつなんだから」

「なら仕方ないな」

「ちなみにレコの複製もむり。今のレコはひとりだからレコでいられるの」

「その理屈まではよくわからんが、もうお前さんの言う事なら信じる事にするよ」


 それに気付けばアールデューさんもユニリースの事をやっと信頼してくれたし、むしろ成果は上々だよね。

 戦力アップは見込めなかったけれど、これも結果オーライさ。




 ――という訳で、デュラレンツ機のバージョンアップ計画は失敗に終わった。

 だけどそれは元々予定していなかった事だから、戦力的には何の支障も無い。


 なので僕達はこのまま、とうとう皇国との決戦を迎える事となったんだ。


 この先に僕達の幸せが待っているかはまだわからない。

 それでも乗り越えなければ、僕達の安寧はきっといつまでも訪れないだろう。


 だから何としてでもやり遂げるんだ。

 これからはユニリースも存分に力を貸してくれるから、もう何も怖くは無いさ。


 あとはただ、僕がここまでに培った力をすべて奮うだけなのだから。

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