第十二章 皇国の思惑

第89話 囚われのアールデュー

※※※ここからはしばらく三人称視点でお楽しみください※※※






 レコ達が反皇国組織デュラレンツに合流してからおよそ二ヶ月。

 その一方で、皇国城地下にて一人の男がなお幽閉され続けていた。


 渦中の男、アールデュー=ヴェリオである。


 しかしアールデューの目はまだ死んでいない。

 両手を持ち上げられた状態で鎖を繋がれ続けてもなお、その心には怒りと憎しみを抱いたまま。

 あとはただ静かに耐え続け、然るべき時が来るのを待つばかりで。


 そんな中、石床を叩く音が彼の耳に届く。

 さらにはこんな声までもが。


「まだ生きているかアールデュー。まったく、大した気力の持ち主だよ貴殿は」

「ハッ、また来やがったのか。おぉ? ツィグさんよぉ……!」


 訪れたのはあのツィグとレティネ。

 かつてアールデューと共に戦ったナイツオブライゼスの二人だ。


 ただ、あわく晒された二人の素顔はまるで罪人を見下すかのよう。

 手に持つランタンが暗闇を退けたせいで、その輪郭の影がより一層濃くなっている。


「いつまでそう強情であり続けるのだ? いっそ私に従うと約束すれば楽になれるというのに」

「ディクオスを殺したテメェに忠誠を誓えと? そんな事をするくらいならここで野垂れ死んだ方がマシだ」

「アール、貴方はいつまでたっても変わろうとしないのね」

「変わる必要がねぇ。テメェラがいる限りな……!」


 そんな彼等へ、アールデューが必死に言葉を返す。

 その声は枯れ枯れで、今にも精根尽き果てそうな雰囲気だ。

 ここに繋がれて以降、ロクに食事を摂れていないからこそ。


「どうして私達の気持ちがわからないの? こうして殺さないでいてあげるのが温情ゆえだというのに」

「そんなんだからだレティネ。テメェはそうして人の背に乗っかりたいだけだろうが」

「ッ!?」

「ならいっそ、その手に持つ馬鞭に似合う娼婦街の女王にでもなったらどうだ? さぞ趣味のいい男どもを飼えるだろうぜ」

「アールゥゥゥ……ッ!!」


 とはいえその言葉のキレは以前と変わらない。

 それどころか憎しみのおかげで鋭さを増し、レティネの感情をこうもたやすく逆なでするほどで。


 しかし感情のままに馬鞭を振り上げたレティネを、ツィグが咄嗟に腕で制した。


「よせレティネ」

「なぜそうも止めるのツィグ!? この男はもう!」

「それでも私はこのアールデューを信頼したいのだ。コイツほどの胆力を持つ者は世界を探してもそうはいまい。その逸材を無駄にしたくはないのだよ」

「チッ……」


 どうやら強情なレティネも、皇帝となったツィグには逆らえないらしい。

 それゆえに、こうも返されれば打ち震えた腕を溜飲と共に下げるしかなく。


 そうして身をも下げたレティネの代わりに、ツィグが前へと出る。

 アールデューのすぐ傍まで、身を屈み込ませながら。


「私はお前と友になりたいのだよ。共に戦い、共に笑う――そんな親友が私も欲しい。だからお前とつるむディクオスがいつもうらやましかったものだ。私もアイツほどに自由奔放とできれば、お前ともっと深く知り合えたかもしれんとな」

「それで殺したのか……!? 俺をアイツから奪うつもりで……!」

「フッ、それはうぬぼれた結果論にすぎぬよアールデュー」


 するとツィグは鼻で笑いつつ、アールデューの頭を片手でガシリと掴み取った。

 一つ体格の大きいツィグの手だからこそ、しっかり押さえていて離せそうもない。


「あの出来事など、私にとってはどうでもよかったのだよ。だから『一族の悲願成就』をかかげた一族の意に従い、皇族の責務をまっとうしただけに過ぎん。融和政策などを進めるディクオスは彼等にとっては邪魔者でしか無かったのだから」

「そんなくだらねぇ悲願なんてもんがあるから、ディクオスがやるしかなかったんだろうが! なのにいつまでそんなカビ臭い風習に縛られてやがるツィグッ!!」

「すべてが済むまでだ。悪いが私もまがりなりに皇族なのでな」


 そんな手が今度はアールデューの頭を背後の壁へと押し付ける。

 堪らずうめき声を上げさせてしまうほどにゴリゴリと。


 だがツィグは未だ真顔のままだった。

 拷問を楽しむ事も苦しむ姿に愉悦する事も無く、ただただ反応を眺めるばかりで。


「貴殿もそろそろ理解せよ。そう頑なであるよりも習った方がずっと楽に生きられるのだと」

「俺は楽したいなんざ一言も言ってないぜ……!」

「そう強情に苦痛に耐えてまで私になぜ抗う? なぜ私に従わない?」

「言ったはずだツィグ、俺はもうディクオス以外の奴に従うつもりはねぇとな。それでもダチが欲しいってならよぉ、相応の代償を払うくらいの覚悟を見せやがれ……!」

「覚悟、だと?」

「ハッ、温室育ちじゃその歳になってもまだその程度の事がわからねぇか? つまりな、いつまでも安全圏で物事を操ろうとするんじゃねえってことだよォ!」

「……なるほど、貴殿の言いたい事はなんとなくだがわかったよ。決して私の意思を受け入れないという事もな」

「おぉよくできましたァ! 二重丸をくれてやるよツィグ坊ちゃんッ!」

「悪いが、私にはそういった罵倒も効かんよ。感傷に浸る心をずっと昔に失くしてしまったゆえな」


 遂にはこう罵声を浴びせたアールデューの頭を壁へ打ち付け、パッと離す。

 それでマントを翻しながら立ち上がっては踵を返した。


「楽しかったよアールデュー、おかげで退屈がしのげた。だから、また退屈になったら来るとしよう。それまでは死んでくれるなよ?」

「じゃあねぇ、アールゥ」

「おととい、きやがれ……っ!」


 こんな捨て台詞さえも鼻で笑いつつ、ツィグとレティネは牢獄を後にする。

 再び闇に包まれゆくアールデューを後目にしながらも。


 ただこの時、ツィグの眼は確かに哀愁を帯びていたのだ。

 感傷に浸る心を失ったなどと宣ったにもかかわらず。


 ならば先ほどの言葉は真実か、それともただの強がりか。

 その胸に秘めた想いは、まだツィグ本人にしかわかりはしない。

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