第90話 ツィグとレティネ、その本心

「レティネ、友とは何だと思う?」

「さぁ? 搾取し合える愚か者同士かしらぁ」


 たった二人だけの玉座の間にてツィグがどっしりと玉座へ座り、レティネがねっとりと絡まるようにして彼の膝に跨る。

 それもレティネが自ら淫靡に腰部を擦り付けながら。


 しかしそれでもツィグは顔色一つ変える事は無く、細目を天井へと向けて溜息をついていて。


 先程のアールデューとのやりとりがそれほどまでに心残りだったのだろうか。

 それゆえに、レティネがいくらどのような奉仕をしようともすべて上の空だ。


「でもねツィグ、そんな余計な事は考えなくていいのよ。トモダチなんていなくとも私がここにいるのだから。貴方が覇道を突き進む限り、私は何があろうとも傍に居続けてあげるわ……」

「そうだな」


 呆けるツィグの首元にレティネの舌が伝い、さらにははむりと肌を甘噛む。

 それはまるで吸血鬼が好物の血をすするかの如く、脈を打つようにピクリ、ピクリと顎を震わせながら。


「……私は昔から一人だった。友も仲間とも呼べる者も作れず、ただ一人のままで皇族に相応しい者となるよう徹底的に教育を受け続けさせられた。おかげでこんな何一つ感動を得られぬ者に育ってしまったよ」


 そんな中、ツィグは何を思ったのか唐突に自語りを始めていた。

 先ほどアールデューを掴んだ大きな手でレティネの髪を掻き撫でつつ。


「今では一族の操り人形だ。ただ奴等の自己満足に付き合わされるだけの」

「ならどうしてディクオスに付かなかったの?」

「私には奴ですら権力を利用する横着者にしか見えなかったからな。大層な理想を掲げても、それは結局自己満足の延長でしかなかった。そこで気付いたのだ。奴もまた所詮は一族の者どもと大差ないのだとな。根本が何も見えていない」

「ンン……よく、わからないわ」

「そういうものだよレティネ。感慨を得られない私だから見えるものもある。誰しもやっている事が虚無なのだ。それならむしろ、ただ本能的に生きているだけの下民の方がまだ人間らしい」


 表情は頑ななままでも、語りが続くにつれて感情が昂る。

 それで髪をすいていた手が思うままにレティネの背をグッと引き寄せていて。


 そうして密着する彼女の身体を、ツィグが両腕を重ねて抱きしめる。 


 しかしレティネはそれを受け入れるように自らもツィグの首に両腕を回し、妖艶に吐息をもらすが如く耳元でささやくのだ。


「……だから私を拾ってくれた?」

「そうかも、しれんな。お前の生き方は私に足りないもので溢れていた。身寄りが無いにもかかわらずただ生きる事に必死で、何でも利用して己のために地獄から這い上がろうとする――そんなお前の強さが欲しくて傍に置こうとしたのかもしれん」

「フフ……そう正直な所、私は好きよ?」

「偽れぬ事実だからな。ゆえに私はお前やアールデューのような真っ直ぐと生きる者を常に敬愛しているのだよ。私自身にはもう何も無いのだから」


 ただしそれは愛や恋のためではなく、ただ利用し合う者として。

 互いに足りない地位と本能を預け合い、各々の理想を成就させるために。

 ただその想いのままに二人は絡み合っている。


「……それでもライゼスの一人として戦っていた時の貴方は随分と生き生きとしていたように思えたけれど?」 

「あぁ……そうだ、そうだとも。あの戦いだけが私に生きる意味をくれた。ヴァルフェルとなって戦い、苦痛の中でボロボロとなるまで撃ち続ける。そして帰って来て記憶をフィードバックさせる事で、私はその時だけ人となる事ができたのだ……!」


 さらに戦いの事へと話が変わると、途端にツィグの顔にも生気が巡り始める。

 牙を剥き出しにして笑みを浮かべ、眼を見開かせる程に。

 それだけ戦いに対するツィグの執着は大きかったのだろう。

 

「そう、戦いだけが私を人にしてくれる! だから私はアールデューをも望んだのだ! あの男の目が未だ闘争を求める野獣が如き鋭さを持っているからこそ……!」

「でももうあの男は私達の同志になんてならないわよ?」

「――フッ、そうだな。だがいい、それでもかまわんさ」

「? 貴方が考えている事はあいかわらずよくわからないわぁ」

「それでいいのだよ。人の考えをわからない方が、余計なしがらみが無くて済む」


 そんな執着がツィグに何かを思わせ、また口を紡がせる。

 ただし昂った心に従い、互いに抱き合う事を続けるままに。




 一人の男と一人の女――この二人の人生は共に虚無だったのだろう。

 互いに自由を奪われ、生きるために何かを棄てなければならなかったから。


 そんな二人が寄り添って国の頂点である玉座に座る。

 その姿はまさしく「足りない心を補い合いたい」と願う二人の人生観を象徴するかのようだった。

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