第87話 デュラレンツ結成の秘話

「まぁ驚くのも無理はないな。ディクオス――ディックはずっとその事を隠し通していた訳だから」

「あ、あまりにも予想外の事過ぎて思考回路が真白ですよ……」

「安心したまえ、その程度の情報量でヴァルフェルの回路がやられる事はないさ」

「じゃあ僕の魂の許容量リソースが限界を迎えそうなのかな?」

「ふふっ、それは随分と心の狭い奴だな」

「もう皮肉にも反論できる気持ちじゃないですよぉ……」


 まさかあの敬愛する皇帝陛下が反乱軍の一員だったなんて。

 それがどうして皇帝という立場に立てたのか、もはや理解にも及ばない。


「ディックは皇族で皇位継承権がありながらも、構わず一人で街に飛び出すほど自由奔放な奴だった。それでいて正義感に溢れ、貴族のボンクラ息子が平民の子をいじめている所を見たならすぐに駆け付けるほどさ。それもなりふり構わず貴族を殴り倒すなどしてな」

「そんなアグレッシブだったんですね、皇帝陛下」

「ああ。なので当時は皇族だなんて知られないまま同年代の者達とよくつるんでいたものさ。身分にかかわらずね」

「庶民派だったんだなぁ」

「平たく言えばそうだが、単純に深い事を気にしないクチなんだ、アイツは。それで気付けば下民の出であるアールデューも加わり、父のツテで私も巻き込まれたものだ」


 そんな人と、シャーリヤさんは子どもの頃から付き合いがあったらしい。

 ただシャーリヤさんは立場的なものもあったからわかるけど、アールデュー隊長に関しては意外だな。

 僕はあの人も貴族だと思っていたのだけど、どうやら違ったようだ。


「特にディックは私やアールデューとつるむ事が多かった。三人で街を飛び出して遊ぶ事だってしょっちゅうだったさ。立場を知っても態度を変えないのは私達だけだったから」


 その昔の姿は想像もつかないけれど、雰囲気からしてきっと楽しい時代だったのだろうね。

 だってシャーリヤさん、語っている顔がなんだか嬉しそうだから。


 でもそんな顔も、すぐに眉をひそめてしまったけれど。


「だがある日、同じように飛び出した先で私達は見てしまったのだ。皇国兵が下民を難癖付けて虐げ、さらには無意味な殺生まで行う光景を。今から二五年も昔の話さ」

「そんな……そこまで昔にも皇国兵の横暴がまかり通っていたなんて」

「もはや伝統芸の領域だな。そしてそれに誰よりも憤ったのがディックだった」


 皇国兵の話を始めれば、その顔に憎しみさえにじむ。

 きっとそれだけ酷い光景だったのだろう。


「それからディックは独自に情報を集め、皇族のツテで資金まで調達し、とある小さな反抗組織の下へ自ら赴いた。そしてこう言い放ったのだ。〝俺を人質にして皇国に追われる身となるか、それとも俺とこの資金を利用して大々的に反旗を翻すか、どちらかを選べ〟とな」

「ものすごい思い切りだ……」

「ディックらしいと思ったよ。だがその勢いが成功を呼び、反抗組織は一気に勢力を拡大。さらには他の組織をも取り込み、そしてこのデュラレンツが生まれたのだ」


 だからこそこの組織が生まれたのも必然だったのかもしれない。

 さすがに僕じゃここまではできないけれど、気持ちはとてもわかるよ。

 やっぱり僕が憧れた人は間違っていなかったんだってわかったしね。


「それで我々自身も戦いへ参加し、何度も激戦を繰り広げたものだ。途中で父に気付かれたがね。ただそれでもあの人は理解し、それどころか私達の方に来てくれた。誰かが国を変えなければこの現状はいつまでも変わらぬ、と」

「皆、やっぱり邪悪だった祖国を憂いていたんですね。かっこいいや」

「ああ。ただあいにく、そう伝える前に父は逝ってしまったが」


 そう思ったのは僕だけじゃなかったらしい。

 懐かしそうに語るシャーリヤさんに、他の皆もが頷いている。

 きっと僕以上に事情を知る彼等だからこそ思い出深いに違いない。


「そこで話が父死去後に戻る訳だが――実はその頃より少し前、とある女性と知り合ったのだ。世捨て人で、時が緩やかに過ぎる地にて一人暮らしをしているご老人に」

「老人……?」

「これがまたとてつもない魔導工学知識を持つ方でな。その知識と教養、そして先を見る能力の高さに惹かれ、我々は幾度となく彼女を訪ねた。獣魔をより効率的に倒す手段を求めてな」

「はぇ~……そんなすごい人もがいたんですね」

「本人はすごぉ~く嫌そうだったがね。けど最終的には力を貸してくれたよ」


 あれ? でもなんか妙にデジャブを感じる。

 ――そうだ、きっと僕達が会ったお婆さんとそっくりなんだな。


 とはいえそれは人違いだろう。

 確かにヴァルフェルの知識もすごかったけど、あの人は絵本作家さんだからね。


「その当時、皇国はゴーレム量産を計画していたのだが、彼女は見事にスパッと言ってのけたよ。〝そんなガラクタ作ったって無駄だよ。おそらく獣魔ってのは生命波動を持っている奴じゃないと傷付けられないからね〟とな」

「僕もその話、基礎学習の時に聞きました。確か量産ゴーレムは結局効果が得られず大敗したって」

「そう。だから計画失敗を悟ったディックは、彼女の力を借りた上で先んじて当時の皇帝の下へ自ら赴いたのだ。反乱軍としてではなく、皇位継承権を持つ者として」


 そんな僕と違って、皇帝陛下の巡り合いは本当にすごかったのだろう。

 おかげで獣魔との戦いに正しく対応できたのだろうから。


「そしてディックは皇帝にこう進言したんだ。〝もしゴーレム量産計画が本当に失敗したならば、俺がその代わりに獣魔を退ける手段を講じよう。それで俺の策が成功し、獣魔どもを倒せたならば我が父よ、俺に次期皇帝の座を譲れ〟と。これには誰もが驚いたものだよ」

「なんて強気なんだ……噂以上じゃないか」

「当時の皇帝は強硬派だったが、同時に国も愛していたし、獣魔に対しても憂いを感じていたのもあったのだろう。だから奴はディックとの交渉で首を縦に振ったのだ。それだけ深刻な状況でもあったからな」


 この後の展開は僕でももうできる。

 なんたって予想が正しければ、これはあのセブンスフォールズの前の話だから。


 そう、ヴァルフェル開発秘話だ。


「そこでご老人の知恵を借りてヴァルフェルを開発を始めたという訳だ。ディックが率先して打ち込み、デュラレンツをも利用して材料もかき集め、アールデューも被験者第一号として協力していたよ」

「って事はもしかして、ヴァルフェルってデュラレンツで開発されたの!?」

「施設こそ違うが、もっぱらその通りだ。開発当初はデュラレンツがスカウトした各国の研究者ばかりだったからな。徐々にその輪が拡がり、各国の上級研究者なども集まり始めた訳だが」

「ひええ、なんて規模だ……皆それだけ獣魔を何とかしようと必死だったのかな」


 その話はやはり僕の考える規模よりずっとすごかった。

 まぁそれも当然か、これは世界を救うプロジェクトとも言える話なんだから。


「その結果ヴァルフェルが完成し、ディックは見事皇帝の座を得た。そして後はご存知の通り世界へその技術を配り、獣魔を退け、皇国軍・誇訓八条項も定めて治安維持にも努めたよ」

「そしてセブンスフォールズが終わりを告げたんですね」

「そういう事だ。あの敗北の七年は我々にとって、皇国再生の兆しともなったんだ」


 その結果、今がある。

 獣魔の殲滅を終え、各国がようやく復興し始める事ができたんだ。

 皇国はその皇帝陛下の暗殺によってまたキナ臭い事になり始めているけれど。


「でも僕の本体がその陛下を暗殺してしまった……」

「世間的にはそうだが、我々はそんな噂など信じていない。ディックを暗殺したのは別の皇族の手の者だと既に察しているからな。だからそう落ち込まないでくれ」

「信じてくれてありがとうございます。なら僕もその礼に、アールデュー隊長の救出作戦に協力させてください。僕自身もあの人に大きな借りがありますから」

「あぁ、その時はぜひとも協力してくれ。期待している」

「はいっ!」

 

 その皇国を止める為にも、今度はアールデュー隊長を助けなければ。

 皇帝陛下と共に戦ってきたあの人ならきっと彼等の強い味方になってくれるから。


 そして願わくは、僕もあの人の下でもう一度戦いたい。


 そんな希望を抱きつつ、僕は彼等の話を聞き続けた。

 おかげで最後まで眠くならずに真面目に聞く事ができたよ。


 ただし、その一方で僕自身の問題にも直面する事になったのだけども。

 どうやら僕の身体、それほどマトモな状態じゃなかったみたいだ。

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