第三部

第十一章 未来の安寧のために

第80話 僕達が次に訪れた場所とは

「レコさん、こっち通れそうだよ!」


 気付けば旅の役割がティル達の中で生まれ、こうして率先して動いてくれる。

 今もチェッタが藪をかき分けて進むべき道を示してくれているし。

 おかげで身体の大きな僕でも見通しの悪い林の中を抜けられるってものさ。


「ありがとうチェッタ。けどあまり離れたらいけないよ? もう皆も知らない土地なんだからね」

「はーい!」


 ――旅を再開してから早くも一週間。

 この長い時間を経て、僕達の結束はより高まっていた。

 僕がこんな事を言っても聞かず、逆にもっと動いてくれちゃうくらいにね。


 まぁ一度大きな熊を連れて来てしまって、僕が応戦するハメになったけれども。

 あんな危険は二度とごめんだから無茶しないで欲しいんだよなぁ。


 ……本当はこんな旅なんてせず、アルイトルン領に残るという選択肢も選べた。

 子どもの国の跡地なら整っているから過ごすのに適しているだろうってね。

 けどこれから人が増えてユニリースも暮らしにくくなっていくかもしれない。

 それに子ども達も旅に乗り気だったというのもあった。


 そこで僕達はあえて安住の地を求める旅を再開する事にしたんだ。

 砂浜沿いにずっと西へ進み続け、今は海からも離れて土の上を歩いている。


 ただし、ペースは子ども達に合わせてとてもゆっくりと。

 歩いては休んで、を繰り返しているので進みは今までの半分以下かな。

 ふかふか毛布が無くなったので、ユニリースが僕に乗っていられなくなったしね。

 さすがにコンテナ直座りはすぐにお尻が痛くなってしまってダメみたいだ。


「ユニリース、疲れたかい?」

「ううんー、だいじょうぶ」

「……まぁでも今日はもう休もうか」


 おまけに季節も冬が近くなって、環境が一層厳しくなってきている。

 なのでいっそこのまま引き返してしまうのもアリだとも思えてならない。


 そう悩みつつもテントを張り、まだ明るい内に夕食を作る。

 道中は大変でも、寝る時だけは寝袋があるからぬくいだろうしね。

 だから明日もきっとこうやって悩みながら先に進むに違いない。


 そうして気付けばもう夜。

 冬前で暗くなるのも早いし寒いからと、ティル達はもう皆テントの中だ。

 昼間頑張ってくれているからね、ゆっくりさせてあげようと思う。

 

 だけどユニリースだけはいつも暖を維持する僕にギリギリまで付き添ってくれる。

 特に話したりする訳じゃないんだけどね、コンソールの修理で明かりが欲しいからって遅くまで頑張るんだ。

 それで今もギーングルツで貰った工具を片手にせっせと作業中。

 電源も入るようになったみたいだから、もうそろそろ修理完了かな。

 

「これなおったらレコのからだの調子、みたげるね」

「うん、よろしく頼むよ。前から色々と変わっちゃったからさ」


 で、肝心の僕自身はと言えば、すこぶる調子がいい。

 なんたって魔法使いに目覚めたおかげで動力問題が解決したからね。

 魔力の質がグンと上がったからか、動力用のエネルギーが減らなくなったんだ。

 どうやらギーングルツ攻略戦前に容量が最大になっていたのはその兆候だったらしい。


 ただ、その一方で生まれた弊害もあるけれど。


「レコ、そういえば今日メンテしてなかったよな。今やっちまおうぜー」

「ぼくもやりまーす!」

「ありがとうティル、メオ。面倒事を押し付けちゃってごめんよ」

「いいって、これくらいはさせてくれよ。いつも守ってくれてるんだからさ」

「じゃあ私は見学しててあげる!」

「ユニもみるー!」


 それは僕の関節部の所々に魔力結晶の粒がこびりつくようになった事。

 二日放置するだけで稼働不良となるほどにびっしりとね。


 ユニリース曰く、この現象の原因は〝有り余る魔力が行き場を失ったから〟。

 高濃度となった魔力が機体内に蓄積し続けて結晶化してしまったのだそうだ。


 例えば普通の人間なら、有り余った魔力は老廃物や排泄物と共に排出されるので蓄積する事はまず無い。

 しかしヴァルフェルの場合、そんな排出機構が存在しない上に魔力絶縁コーティングがあるので、余剰魔力を放出する事ができないのだそう。

 その結果、最も装甲の薄い関節部から物理的に漏れてしまったという訳だ。


 しかも関節部となると僕の太くて硬い指ではどうにも届かない。

 そこでティル達が結晶落としをやってくれる事になったんだ。

 木の棒の先で削れるくらいには脆いからこれくらいは、とね。


 でもだからってこんな夜にやらなくてもいいのに。

 本当に健気で優しい子達だなぁ……僕、感動しちゃうよ。


 そんな子達だからかな、最近はユニリースもだいぶ打ち解けてきた。

 ティル君達を真似して、彼女もが結晶落としを手伝おうとするくらいにね。

 意欲はアテリアも普通の人も変わらないから、とても良い傾向だと思う。


 あとはそんなユニリースが落ち着いて暮らせる場所があるといいのだけど。


 だけどこの時、僕達はまだ気付いていなかったんだ。

 自分達が今、どこの辺りを進んでいたのかなんて。


「――レコッ! 空をみて!」

「ッ!?」


 突如ユニリースが叫び、僕も咄嗟に空へと振り向く。

 するといつの間にか、夜空の彼方に一機の大型輸送機の姿が。


 しかも既に何機もの機体が降下してきている!


 索敵センサーが働かなかった!?

 ――いや違う、センサー範囲外から近寄られていたんだ!

 は僕の特性も知り尽くしているから!


 そう、落ちてきたのは皇国軍機だったのだ。

 それも僕と同じ最新鋭機ディクオール!


 そんな奴等が今、容赦なくファイアバレットを撃ち放ってきた。

 落ち切る前から何発も、何機からも。


 そこで僕は子ども達をかばうようにして立ち塞がり、その攻撃の嵐を防ぎきる。

 咄嗟に魔法で魔力障壁を生み出して弾いたのだ。


 ただそのせいで炎が周囲へと撒かれ、大事なテントが燃えてしまった。

 チェッタを寸前で救い出せたのは幸いだったけれど。

 

「子どもがいても容赦無しかよ! どうしてそこまでできるんだお前達はあッ!!」


 奴等にもティル達が見えていたはずだ。

 それにもかかわらず、躊躇一つ見せる事無く爆発兵器を放ってくるなんて。

 彼等にはもう皇国軍騎士としての誇りさえ無いのだろうか!?


 だったらもう只の機械となんら変わりはしない。

 そんな奴等には躊躇さえ必要無いんだ!


 それゆえに僕は防御と共に攻撃にも転じた。


 まず先行で落ちてきた機体五機をまとめて風の腕で薙ぎ払う。

 馬鹿正直に正面に立つから、一挙にしてバターのごとくグチャグチャだ!

 

 さらには周囲の木々を操り、空から落ちて来る奴等を迎え撃つ。

 それも無数の小枝を硬質化、ドリルのように旋回させながら。

 そうすればあっという間にすべて串刺し、「ヴァルフェルの早贄」の出来上がりだ。


 これで全三〇機、掃討完了。


 たとえ最新鋭機だろうが関係無い。

 精霊の力を最大限に活用すればなんて事はないんだ。


「皆、耳を塞いで!」


 あとは輸送機をファイアバレットで撃ち落とす。

 僕の高まった魔力での一撃なら大型機だろうが一発で粉々だ。

 人が乗っていてももう関係無い、戦場に来る奴が悪いのだから!


 僕を襲うという考えそのものが間違いだと証明しなければならない。

 子ども達を守る為にも、安心した生活を送る為にも。


 それでものの数分で皇国軍を撃退した訳だけども。

 同時に、僕達が今いる場所がどこかを理解する事となる。


「レコ、ここはきっとこーこく領!」

「なんだって!? じゃあ彼等は僕らの魔力を検知していたって事か!」


 なんと僕達が立っていたのは皇国の領土だったのだ。

 どうやら気付かぬ内に戻ってきてしまっていたらしい。


 ――というのも、皇国の支配地域は大陸の北側ほぼ全土。

 すべてが皇国の土地という訳ではないが、同盟国が周辺に連立している。

 そうなると、北へ向かえば必然的に皇国領へと突入してしまう。


 そして海岸線は緩く北へと向かう形になっている。

 つまり僕達は知らず内に自ら皇国領へと向かっていたのである。

 迂闊だった、ちゃんと地理を勉強しておけばよかった!


 しかしまずいぞ、このままでは僕達は皇国軍に包囲されてしまう!

 いや、もしかしたらすでに退路を断たれている可能性だってあるだろう。


 クソッ、こんな事ならクジラさんに頼んで別の大陸に送ってもらえばよかった。

 海さえ渡ってしまえばこんな事にはならなかったんだ……!


「レコ、ど、どうするんだ!?」

「レコさん、大丈夫、だよね?」

「……ああ、きっと大丈夫さ」


 これは手痛い失敗だ。

 こう返してみたものの正直、皇国軍が一挙に攻めてきたらしのげる自信は無い。

 せめてこの子達だけでも守り抜きたいのだけど。


 するとそう悩んでいた時、突如センサーがまた接近する存在を報せた。


 それに気付いて空へと振り向けば、間も無く頭上に輸送機が現れる。

 しかも低空飛行で滞空・旋回しつつ、もう僕達の傍へと降りようとしていて。


 ……だけど今度はさっきの輸送機とは違ってとても小柄だ。

 それもダンゼルさんが使っていた物と同じ民間用の機種。


 そのせいで躊躇してしまって、つい着陸を許してしまった。

 僕が精霊機銃を向けていようともなお留まろうとしなかったから。

 そして機体後部のハッチが開いた時、僕はまた身構えざるを得なかったのだ。


 中から現れたのもまた、精霊機銃を携えた一機のヴァルフェルだったのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る