第66話 この国に住むつもりはないかい?

「外に出ても不安が無いよう、皆はここでボクが教えた通りにしっかりと学んでいるよ。皆とても一生懸命だから助かっている」


 子どもの国の首長はなんとアテリアだった。

 それも子ども達のよりよい未来を願う優しさを持った。


 その首長ラウザさんの話を聞いて、僕はとてもうらやましいとさえ思う。

 世界中の子どもをここに集めたいなぁなんて思えるくらいに。


 だってそうすればきっと昔の領土戦争みたいな事だって起きない。

 獣魔みたいなのが現れてもすぐに皆で協力して撃退できるだろう。

 そんな可能性を育むこの国が理想郷でない訳がないんだ。


 まぁ大人になったら出て行かないといけないのは少し寂しいけどね。


「ここでは農業や畜産もやっているし、道具も自分達で作っている。その方法も教えたし、子ども達同士で教え合いもしているから小さい子でも色々と知っているよ」

「本当に子どもだけですべてまかなっているんだなぁ」

「足りない分はボクが外から調達する事もあったけれど、最近は安定してきたからもう安心かな。怖いのは外からの勢力くらいさ」

「それもこの魔力水晶の壁があるからすぐにはバレないでしょうし、獣魔との戦いも終わったばかりだからすぐには動いて来ないと思います。まだ数年は平気かも」

「ならそれまでにこの国をより豊かにしないとね。手が出せないと思えるくらいに」

「その点は心配いりませんよ。隣国ラーゼルトの人達はそこまで野蛮じゃありませんから。話し合えばわかってくれる良い人達ばかりです。変人もいますけど」

「そうなんだね、それはよかった」


 とはいえ今は獣魔大戦の影響でどこも人手不足だという。

 あのラーゼルトも主要都市を維持するのでやっとだったって話らしいし。

 だからこの国から出て行った子達もきっと良い働き先に恵まれるだろう。

 素養がいいのなら、もしかしたら好待遇だってありえるかもしれないな。


 それにラーゼルトの人達は僕がよく知っている。

 彼等は無駄に領地を拡げようなんてしないってね。

 現に、獣魔大戦後期でも領土面積は変わっていない――だからこの地は未だ旧アルイトルンのままなのだ。


 そこで僕はラウザさんにラーゼルトの事情を教えてあげる事にした。

 侵略的行為はまだ心配しなくてもいいって。


「……なるほど、君は北のラーゼルトの関係者だったんだね。有益な情報をどうもありがとう」

「お役に立てれば僕としても幸いです。なんだか僕、この国が好きになりましたから」

「ふふっ、そんな君を迎え入れられないのが残念だよ。特例を作りたいくらいさ」


 おかげで話を聞いていた子ども達もホッと一安心したみたい。

 途端に「よかった、やった」って声を上げていてとても嬉しそうだ。


「ありがとうございます。けど子ども達に不平だって思われるのも嫌なのでそこは諦めておきます」

「ははっ、そうだね。……さて皆、客人にばかりかまけているとお仕事が滞ってしまわないかい?」

「「「あっ!」」」


 けどそこは首長らしくラウザさんが取りまとめて皆に冷静さを取り戻させる。

 するとまるで蜘蛛の子を散らすように子ども達がこの場から去って行った。

 やっぱり小さくても責任感が段違いにすごいや、感心しちゃうなぁ。


 ……なんて穏やかに集落を見渡していたのだけど。

 途端、ラウザさんが杖で地面を「トン、トン」と叩き、僕達の意識を催促する。


 それに気付いて振り返れば、未だ立ちっぱなしのラウザさんの姿があって。

 どうやら彼はまだ話し足りないようだ。


「確かに君は無理かもしれないね。けど背中の子はどうだろうか?」

「あ……」

「ユニリースさん、良ければもう一度顔を見せてもらえないかい?」


 いや、もしかしたらラウザさんにとってはここからが本番なのかもしれない。

 今までは子ども達の前だった手前、国の代表として語る必要があったから。

 そうだよね、ラウザさんもアテリアと出会う機会なんてそう無いだろうし。


 そんなラウザさんの呼びかけに応え、ユニリースがコンテナから立ち上がって姿を見せた。

 どうやら話の間また引き籠っていたらしい。

 もう警戒する必要も無いと思うのだけど、相変わらずだなぁこの子は。


「実はボクも他のアテリアに会うのは初めてでね。ボク自身も割と最近生まれたクチだから一度話してみたいって思っていたんだ」

「ふーん」


 ラウザさんはとても嬉しそうにニコニコしているのだけどね。


 でもユニリースは逆になんだかムスッとしていて不機嫌そう。

 コンテナから降りようともせず、腕を組んで半目で見下ろしている。

 いったい何が気に食わないのだろうか。


「ところでユニリースさんはいったい〝何番目〟なんだい?」

「……二七番」

「へぇ! という事はボクのお姉さんじゃないか。ちなみにボクは五五番だよ」

「あたしはあんたのおねえさんじゃないもん」

「そ、そうだね……血縁関係が無いからそうとは言わないか、失礼しました」


 そのせいなのか、ラウザさんが妙にしおらしくなってしまった。

 ユニリースが威圧的なせいで押し負けちゃったみたいだ。


 ――それにしても、この番号って何なのだろう。

 皇国に囚われていた時もこんな番号で呼ばれていたって話だし。

 アテリアだけがわかる共通認識的なものでもあるのだろうか?


 しかしそんな疑念とはよそに、二人の話はどんどんと先へ進んでいく。


「では先輩、さきほどレコさんから『安住の地を求めている』と聞いたのですが」

「うぃ」

「もしかしてそれは、ユニリース先輩が穏やかに暮らせる場所を探しているのではないのですか?」

「……」

「それならぜひともこの国に留まってはどうだろうか。ボクは同胞である君の事も守ってあげたいって思っているんだ。だから星人を見つけたら歓迎するようにってルールも設けたんだよ」


 さすがラウザさん、僕達の目的もすぐ見抜いてしまった。

 アテリア自身だからこそ世界での自分達の扱いをよく知っているのだろう。

 そういう意味で、ここはラウザさん自身の安住の地とも言えるんだ。


 そしてそれはユニリースにとっても。


「……やだ」

「「えっ?」」


 けどユニリースはすぐこう答えたんだ。

 ラウザさんだけでなく僕までがキョトンとしてしまうくらいにハッキリと。


「な、なんでだいユニリース? 僕もラウザさんの意見には一理あると思うのだけど」

「やだったらやーなのー! や"ーーーッ!!!」

「こ、こらユニリース、そこで地団駄踏んじゃダメでしょ!?」


 それどころか突然にキレ散らかして手が付けられない。

 たちまち周囲に「ドンドン!」と打音が響き渡り始めてしまった。

 待って、そのままじゃコンテナに穴が開いちゃう!


 なんでなんだユニリース。

 この国は君にとって、これ以上無い楽園になるはずだ。

 同じ世代の子も一杯いるし、誰も君の事を色眼鏡で見るはずなんかないのに。


 僕だって、ここならユニリースを預けてもいいと思っていた。

 例え僕が一人になろうとも、彼女が幸せならそれでいいんだって。


 ――けど僕はそこで気付いてしまったのだ。

 ユニリースはきっと、僕の事を想って拒否しているのだと。


 おそらく僕は、ユニリースと離れ離れになったらすぐに魂を失ってしまうだろう。

 彼女を幸せにしたいという願いが僕の魂を引き留める要因となっているから。


 ユニリースはそれがわかっているんだ。

 わかっているからこそ、僕と離れたくないんだ。

 まったく、本当に君はわがままな子だなぁ……。


 やっぱり僕が守ってあげないとダメなんだって思えるくらいに。


「……それなら仕方がないね。無理に引き留めるつもりはないよ」

「えっ?」

「もちろん同胞が一緒なら嬉しいけれど、意思は尊重したいから。それがこの国の基本ルールでもあるし、ボクがそれを破るなんてとてもできやしないさ」

「ラウザさん……」


 どうやらラウザさんもそれをわかってくれたみたい。

 ユニリースが地団駄踏んでいた時はさすがに慌てていたけれど、やっぱり見るものは見ていたのだろうね。

 やっぱりこの人はとても心が広い、いい人だと思う。


「とはいえもうすぐ夜が来る。なのでせめて今日一日くらいはゆっくりしていくといい。それくらいならレコさんだってもちろん歓迎だよ」

「ならお言葉に甘えて、今日だけお世話になりますね」


 おかげで今日は落ち着いて夜を明かせそうだ。

 子ども達だけの生活も観察できそうだし、とても楽しみで仕方がないよ。


 もしかしたら、いつか安住の地で暮らす時に参考となりそうだからね。

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