第65話 ようこそ子どもの国へ

「あとついでにレコ、お前もせっかくだから歓迎してやるよ」

「僕の扱い、雑過ぎない?」


 砂浜で出会った少年ティル、チェッタ、メオの三人に連れられ、僕達は彼等の国へとやってきた。

 しかしその集落に住んでいたのは子ども達ばかりで、大人の気配は何一つ無かったんだ。


 ただ集落を囲う木柵には例によって魔力結晶が下げられている。

 だから中をセンサーで探るのは不可能に近いだろう。

 つまり、真相を知るには詳しい人から話を聞く以外になさそうだ。


 とはいえ、ティル達は今から首長と呼ぶ一番偉い人に会わせてくれるらしい。

 もし眼鏡に適うなら、その人から色々と事情を聞けるかもしれないな。


「ほら、ついてこい。ユニリース様を落とすなよ? あと皆を蹴ったりするなよな」

「そんな事しないよ。でも危ないから、みんなちょっと離れてね~」

「「「は~い」」」


 幸い、住人の子ども達は思っていた以上に素直だし友好的だ。

 ユニリースが乗っているとわかったからか、ヴァルフェルの僕にまで興味津々で近づいてきていたし。

 こう言ってあげないと進めそうにもなくて、ちょっと危なっかしいくらいさ。


 そんな子ども達が避けて作った道に踏み出し、集落へと足を踏み入れる。

 もちろん皆、後をついてきて依然囲まれたままだけどね。


 それで集落中央に建つ掘立小屋の前へと訪れたのだけど。


「……まさかこんなにも妙な組み合わせの客人が訪れるとは、夢にも思わなかったよ」


 扉も無い小屋より途端にこんな声が漏れ、中からゆっくりと人影が現れる。

 それもティルと大差の無い、小柄な背丈の人物が。

 そしてその姿を現した時、またしても僕達は驚いてしまったんだ。


 それこそティルより少し若いと思うくらいの年齢感の少年。

 しかし褐色の顔を飾るのは銀と黄翠の単髪に、黄翠がかった紅瞳。


 そう、この特徴はまさしく――


「そうさ、君の予想通りボクはアテリアだよ。ここでは星人と呼んでいるけどね」

「えっ……!?」

「ようこそ偉大なる客人。君達の来訪を心より歓迎しよう」


 しかし僕が思考するよりも早く、銀髪の少年が丁寧な物腰でお辞儀しつつ核心を突いて来て。


 これには僕も思わず唖然としてしまった。

 人を見透かす力がまさしくユニリースとそっくりだったから。

 力を失ってただの変人と化したロロッカさんとはまるで違う。


 正真正銘、本物のアテリアがもう一人、僕の目の前にいるのだ。


「さて、良かったら君達のお名前を教えてくれると助かるのだけど。さすがの星人でもわからない事はあるからさ」

「あ……僕の名前はレコで、後ろの子がユニリース。安住の地を求めて旅をしている身です」

「レコにユニリース……うん、イメージ通りの名前だね。とても素敵だ」


 とはいえアテリアにも当然個性があるのだろう。

 ユニリースが足癖悪かったり、ロロッカさんが空気を読めないのと同様に。

 この人もまた、首長と呼ばれて然るだけの落ち着きを感じられるから。


「ボクの名前はラウザ。この国の首長をしている者だ」


 若いのに威厳さえ感じさせるのは、きっと知識だけでという訳ではなさそう。

 その手には長い木杖を持ち、堂々と正面に立てて構えていて。

 纏う服はワラで作った質素な物だけど、肩とかを盛ったりで少し豪華めだ。


 そんな服を仕立てたであろう子ども達から強く信頼されている――そう見た目でわかるくらいの自信が彼から溢れていたのである。


 だからこうしてヴァルフェルである僕を前にしても一切動じない。

 それはきっとユニリースがいるから、という安易な理由からじゃないはずだ。

 もしかしたらこの人はそれだけの人生経験をも積んでいるのかもしれないな。

 記憶を引き継いで転生するアテリアとしての特性を正しく活用して。


 なら、こんな国を治めているのにも何か明確な理由があるはず。

 僕はずっとそれが気になって仕方が無くて。


 なのでせっかくだからと、聞いてみる事にした。


「ここは子どもの国だってティル君から聞きました。つまりラウザさんがこの国を取りまとめている王様って事なんですよね?」

「うん、その通りだよ。とはいえボクはただルールを敷いただけで、子ども達はみんな自主的に働いてくれている。大人という重圧的存在より解き放たれたから、誰しも生きるという事に前向きになってくれているんだ」


 そうしたら案の定、ラウザさんは何の抵抗もなく答えてくれた。

 それもまるでそう語りたいと言わんばかりに笑顔でね。


「じゃあもしかして、この国はラウザさんが作ったんですか?」

「もちろんさ。あの黒き獣が現れたり、不遜な大人達が虐げたり、世界中で子ども達が不幸となっていたのを黙って見ていられなくてね。だからボク自身が幼くとも、各地に飛んで皆を集めてここまで連れてきたって訳さ」

「すごいなぁ……」

「はは、ありがとう。まぁ今でもその活動は続けているからちょくちょくこの国を離れる事が多くて、逆に皆に支えられている訳だけれども」


 こんな質問にさらっと答えられる高い素養と知識があるから、人を守る力もある。

 さらには人を思いやれる強い心もあるから、ここまでやれる行動力も生まれた。

 そしてアテリア自身だからこそ他のアテリアを贔屓も冷遇もしない。


「だからボクはこの国の子達を自由に生きさせ、生活の仕方を学ばせる事にしたんだ。外の理不尽な大人のようになって欲しくないから。戦争なんて起こす意固地な大人になんてならず、いつまでも平和に過ごして欲しいって」


 なんてすごいんだ。

 この人も、この国も、その考え方も。

 これこそまさに僕達が求めていた理想郷なんじゃないだろうか。

 僕自身が住みたいと思うくらいだよ。大人だけど。


 とはいえ少しだけ疑問もある。

 そんな立派な理想を掲げているのに、どうしてその大人自身がいないのかって。


「という事は、この国ができてから五年以上は過ぎているって事ですよね?」

「そうなるね。あっという間に過ぎてしまったけど」

「ならその間に大人になった人もいるんじゃないですか? 彼等は一体どこへ?」

「あぁ、彼等ならこの国から追放したよ」

「……えっ?」


 ただその質問に対する答えを前に、僕はまた唖然としてしまった。

 理想郷だと思っていた矢先の、とても心無い仕打ちだと聴こえてしまって。


 けれどどうやらそれは僕の思い違いだったようだ。


「もちろん彼等の同意の上さ。この国では一五歳になると出て行かないといけないルールがあるからね」

「そんなルールがあったから子どもしかいなかったのか」

「だからそれまでに、外に出ても恥ずかしくない立派な大人になってもらうんだ。当然出て行った子達はみんな立派だったさ。ボクが胸を張って自慢できるくらいにね」

「そ、そうだったんだ……」


 ラウザさんはこんないい人なんだから、子ども達の教育だってしっかりしているはずなんだし、考えればわかる事だよね。

 なのに疑ってしまった僕の方が恥ずかしいよ。


 そんな事もあって、つい僕は頭を下げてしまった。

 ラウザさんは「気にしないでいいよ」って言ってくれたけど。


 だからこそ僕はここの子ども達が「うらやましい」って思えてならなかったんだ。

 こんな優しい人が見守ってくれているなんて、ただ無駄にぼーっと生きるよりもずっと幸運だって思うから。

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