第59話 龍勇
「ずっと、この時を待ち続けてきました。その可能性が幾度となく訪れても、いずれも実ることなく潰えてしまって……もう諦めて忘れていたのですが」
「何を、言って……」
凱龍王とのせめぎ合いで、僕はもう動けないほどにボロボロとなってしまった。
そんな僕を前に凱龍王は何を思ったのか、こう語りかけてきていて。
何を伝えるつもりなのかは僕にもわからない。
ただ一つ言えるのは、この人にもう戦う意思は無いという事だ。
「レコー!」
「レコ殿大丈夫で――全然大丈夫じゃないでありまぁす!」
するとそんな時、僕の下へユニリースとロロッカさんが駆け寄って来る。
もはや状況などなりふり構わず、レクサルさん達の制止も振り切って。
だけどもう、僕にできる事は無さそうだよ。
「二人とも、早く、逃げるんだ。じゃないと、また、生贄に、されてしまう」
「やだ! レコと一緒じゃないとやだー!」
「ユニリース、こんな時に、わがままは、だめだ」
できうる事なら、僕にかまわないで欲しかった。
二人が願う未来を生きて欲しかった。
それなのに、こう言っても二人は離れようとしなかったんだ。
「体あっつッ! 氷魔法を使えば冷めるでありますか!?」
「はやく! はやく!」
「氷魔法はちべたいので苦手であります!」
それどころか僕をなんとかしようとして必死なんだ。
凱龍王が高々と見降ろしている中なのにもかかわらず。
水鉄砲なんかチロチロと注いでる暇なんて無いんだよ!?
クッ、このままじゃあまずいぞ……!
「安心なさい。私にはもう二人を喰らおうという気はありません」
「えっ……?」
でも凱龍王は突然こんな事を言いだした。
さっきまではあれだけ食べる気満々だったのに。
一体どんな心境の変化なんだ?
「私は諦めていたのかもしれません。貴方のような存在が再び現れる事を」
「再び……?」
「かつて人は自分達の未来を切り拓くために己を高め、究極へと至ろうと努力してきました。そうして生まれたのが伝説に謡われるかの英雄達。かの者達はその末に人ならざる力を得て世界に安定を導いてきたのです」
そうして始まったのは僕とはとても関係の無いような話で。
ただ伝説の英雄などはよくおとぎ話で聞いていたから、存在は知っている。
今は記憶にないけれど、あらゆる地方で国や世界を救ってきたのだと。
例えば魔王を退けたり、邪神の復活を阻止したりなど。
昔にはいた魔物も英雄達のおかげですべて駆除できたんだって。
「ですがいつしか、人はその努力を忘れました。今ある事を享受し、生物としての発展を忘れ、物に頼り始めたのです。そして黒き獣が現れた時も、遂には人は己ではなく機械という形で解決を果たしましたね」
「それは、獣魔が、人を喰らうから」
「確かにそうですね。ただその中でも英雄となれる者は誰一人として現れなかった。それは紛れもない事実なのですよ?」
けれどそれはあくまで昔話に過ぎない。
史実かどうかもわからない、ずっと昔のお話だ。
現実にはそんな英雄はいないし、いても獣魔に負けてしまった。
それは凱龍王だって例外じゃない。
なのでヴァルフェルが生まれ、神に頼る必要がなくなったんだ。
人はそうして神から脱却しようとしたのかもしれない。
それの何がいけないのだろうか。
……いや、きっと凱龍王はヴァルフェルがダメと言いたい訳ではない。
ヴァルフェルに頼る事で人がまた弱くなってしまう事を危惧したんだろう。
「しかし今、貴方は
「え?」
「あの力は本来、偽魂などで発揮する事はできないものです。つまり、その常識を覆した貴方はまさしく真に特異な存在と言えるでしょう」
「僕が、真に特異な、存在……?」
でもまさかそんなヴァルフェルから特異な存在が生まれるなんて予想もしていなかったんだと思う。
その特異というものが僕のどの部分かまでは理解できていないけれども。
「その特異性こそが世界の新たな可能性。次代への架け橋なのかもしれません」
「だからその意味が、僕にはわからない」
「今わかる必要はありません。歴史がいずれ証明するでしょう。貴方はただ生きて行けば良いのです。そうして刻んだ道標がいつか、世界の歴史を大きく変える事になるのですから……私がそうであったように」
少なくとも、その特異性というもので二人の命が見逃されたのは事実。
その事を考えれば、特異な存在で良かったとしみじみ思う。
そんな存在だと不都合もあるかもしれないけど、今だけは享受してもいいよね。
喜んで飛び跳ねる二人を見られただけでも、僕は満足だ。
そうホッとしていた時だった。
語りを終えたと思いきや、凱龍王が両腕を空へとかざしていて。
すると途端、空から七色の輝きが降り注いだ。
それと同時に何かが降りて来る。
今の輝きを放っていた珠のようなものが。
しかも僕へと向けてゆっくりと。
「あれはまさか……〝龍玉〟でありますか!?」
「なにッ!? あの伝説の龍玉だとおッ!?」
「あれは伝説じゃなかったのか」「信じられん……!」
そして僕の胸元へと辿り着くと、そのまま機体の中へトポリと沈んでいく。
まるで水玉のように雫を跳ねさせながら。
「これは、一体、何が」
「それは証です。私が認めた存在としての、そしてこれから未来を創る者としての。その龍玉が魂と共にある限り、貴方の心は大いなる星の加護を得られる事でしょう」
「また、よくわからない、物を」
「ですが心しなさい。貴方が夢半ばでその心より不屈を失った時、その証はたちまち貴方の心を喰らい尽くして星へと還りますからね」
「酷い話だ。動けない僕に、そんな物を託して」
「ふふっ、選ばれし者とは例外なくそうされるものですよ」
何を与えられたのかはわからない。
けれども不思議と嫌な感じはしないものだ。
むしろ、まるで冷たくなった心が温かくなっていく、そんな気がする。
まだ死ぬ訳にはいかないと、そう思えるような勇気をもらったみたいに。
そう安心しきった時、凱龍王がその身を拡げて咆哮を放つ。
空に浮かぶ雲や塵を吹き飛ばす程に激しく。
ユニリース達も立つのでやっとなくらいの圧力だ。
「貴方の名はなんと言いますか?」
「レコ、ミルーイだ」
「なれば――今よりこのレコ=ミルーイは我が眷属となったッ!! よってこの者の意志は我が意志と知れ! その意志に逆らう者は我が命に逆らうと知れ! 心得よ、敬えよ! かの者は龍の意志を継ぎし【龍勇】なのだとッ!!!」
そんな中で凱龍王はこう叫び、またしても大空へと咆哮を上げる。
凱龍王の威厳を国中に知らしめるがごとく。
その姿はまさしく、国を守り抜いてきた王の姿そのものだったのだ。
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