第57話 龍護巫女
「どうか自分の話を少しだけ聞いて欲しいであります」
それはユニリースが自らを生贄にしようとした時の事。
なんとあのロロッカさんが声を張り上げて場を留めたのだ。
これにはユニリースも凱龍王も振り向かざるを得なかったようだ。
誰しも予想していなかった人物からの介入だったから。
「よ、よせロロッカ!」
「よさないでありますレクサル団長殿。自分はもう覚悟を決めたでありますよ」
でもどうやら聖鱗騎士団の面々だけは何か知っているらしい。
歩み出したロロッカさんを前に、動揺の声をしきりに上げていて。
そんな中でとうとうロロッカさんがユニリースの傍へと辿り着く。
「自分の名はロロッカ――実名をアルロッカ=ラゼ=エスタリオスと申します」
「その名は……そうか、そなたがあの今代の龍護巫女であったか」
「久しく姿をお見せ出来ず、申し訳ないと思っているであります。ですが、それには訳があったのでありますよ」
「ほう?」
龍護巫女。
これはロロッカさん自身が教えてくれた、ラーゼルトに代々伝わる家柄だ。
ただ家柄の役目を果たせず出家して軍属に下ったという話だったけれど。
でもその〝役目〟が何なのかまでは聞いていない。
だからロロッカさんは僕にとって、未だ未知な存在だったんだ。
「本来、自分は十二年前にお勤めを果たすおつもりでありました。しかしさかのぼること十五年ほど前に、自分は不幸にも力だけを星へと還してしまったであります。ゆえに、今の自分にはアテリアとしての力は残っておりませぬ」
「えッ!? ロロッカさんがアテリア、
けど今、その真実が目の前で露わとなった。
ロロッカさんもアテリアだったという事実が。
ただ、「だった」とはどういう事なのだろうか。
つまり、アテリアは力を失ってしまう事がある……?
「ロロッカは十五年前、不慮の事故で一度死んでいる」
「えッ!?」
「だが奇跡的に蘇る事ができたのだ。ただし、その力を失ってしまったがな」
そんな疑問にさいなまれた時、僕を抑えていたレクサルさんが先に答えを教えてくれた。
まるで彼女の事をよく知るかのようにしみじみと。
「龍護巫女とはすなわち、凱龍王にその身を捧げる為の一族。ゆえにアテリアを産み続けなくてはならない。例え愛に逆らう事となろうともな」
「でもロロッカさんは……!」
「しかしロロッカは早い段階でアテリアの力を失い、更には子を成せる体でもなかった。つまり、もう彼女に龍護巫女を受け継ぐ力は一切無い……!」
「なるほど、そういう事情があったのですね」
どうやらこの事実は凱龍王も知らなかったらしい。
レクサルさんの話を耳にすると、ふとその頭を少し持ち上げていて。
ユニリースとロロッカさんが見上げる中、大きな眼が僅かに細められる。
「団長、説明ありがとうでありますよ。でも、例え力を失っても役割は果たせるのであります」
「なッ……!?」
「名残は残っているでありますから、ほんのちびーっとの間ですが凱龍王の力を取り戻す事ができるでありますよ」
「……えぇ、そうですね。それこそ数年という僅かな期間でしかありませんが。その間に新たなアテリアも探さねばなりません」
「ただそれを果たさなかったのは、ただの自分のわがままだったのでありますよ」
「ロロッカさん……」
きっと凱龍王はロロッカさんの事をなんとなく把握したのだと思う。
どうして今まで事実を隠してきたのか、その真意を。
ただそれは僕にもわかったよ。
ロロッカさんはそれだけ夢を諦めきれなかったんだって。
せめて自分の子を愛でてから役目を果たしたかったのだと。
「さぁユニちゃん、
「ろろっか……」
だから今、その想いをユニリースにぶつけている。
膝を突いて、彼女の身体をギュッと抱いて、ほおずりして。
じっとしているユニリースを本当の娘のように愛でているのだ。
そうしてほんの少しだけ堪能し、そっとユニリースを突き放した。
騎士達から解放されたまま立ち尽くす僕へと向けて。
そんな時、ロロッカさんは立ち上がると共に敬礼を見せていて。
「団長殿ならびに先輩がた諸君! 自分ロロッカはこれより、自らのお勤めを果たしに最後の任務へ赴くでありますよ!」
「ロ、ロロッカ……! うくくッ!」
「今まで、大変お世話になったであります。自分はとても幸せでありました! それではどうかお達者で!」
そう見せた姿は今までよりもずっと凛々しく規律正しく。
でもどこかロロッカさんらしく間の抜けた雰囲気が漂っている。
まるで残されたレクサルさん達を励ますかのように。
そのレクサルさん達ももはや口出す事はできなかった。
これがラーゼルトのしきたりであり、国を守る為に仕方のない事なのだと。
例えそれが己の意志と反していようとも。
ユニリースも走り去りながらも振り返っている。
きっと送り出してくれたロロッカさんの事を想って。
例え嫌いでもうっとおしくても、それでも見捨てられないから。
そして今再び口を開く凱龍王。
この人もまたロロッカさんの事をわかってなお、運命を受け入れたのだろう。
それがラーゼルト民の願いであり、自身の役割なのだと。
け ど こ ん な の は 全 て 間 違 っ て い る。
ロロッカさんが犠牲になれば全ては解決するかもしれない。
皇国を抑え、世界を平定し、再びの平和が訪れるかもしれない。
でもそれはただの諦念に過ぎないじゃないか!
今までのしきたりに頼り、自分達の意志を棄てた結論だ!
それはもはや、自ら死を選べる
そう答えを出したがゆえに今、僕は誰よりも何よりも速く跳ねていた。
誰に気取られる事も無く、ユニリースの頭上さえも越えて。
ロロッカさんさえも乗り越え、自ら乗り込んだのだ。
大きく開かれた、凱龍王の口の中へと。
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