第56話 生贄たる者
「その娘、アテリアこそが私の唯一摂取できる食料なのです」
「なん、だって……!?」
凱龍王が本来の力を取り戻すには食事が必要なのだという。
だが口にできるのはユニリースのような純粋なアテリアだけで。
そう明かされる中で、そのユニリースが今注目を浴びている。
どうしてそんな中で自ら姿を現したのかはわからない。
でも本人は嫌がる事もなく堂々と立ち、あまつさえ凱龍王を見上げていて。
「……私は、同じくアテリアであった兄ラゼルタスを口にした時より、永遠の寿命と母なる星の意思を共有できる力を得ました。しかしそれと同時に、定期的にアテリアを摂取しなければ衰えてしまう体にもなってしまったのです」
そんなユニリースと僕へと向け、凱龍王がこうしみじみと語る。
まるで彼女にその役目を伝えるかのようにして。
しかしもはや周囲は絶句するばかりだ。
きっとユニリースという存在がこの場にいた事に驚きを隠せないのだろう。
「そんな、ユニちゃんがアテリアだったなんて……!?」
ロロッカさんに至っては、今初めて認識したらしい。
だからなのか、声を震わせて口まで押えていて。
それだけショックだったのかもしれない。
ユニリースが生贄になる――そう信じたくもないのは僕も一緒だから。
「そんなの嘘だッ! 僕はそんな事認め――」
「ううん、ちがうよレコ」
「――えッ!?」
「凱龍王――
だけどそんな僕を、なんとユニリース自身が否定した。
それどころかコンテナから跳ね降り、凱龍王へと歩み寄っていて。
ふと振り向いては掌をかざし、僕の差し伸べた手をも否定する。
「だからユニリースね、ここまでつれてきてもらったの。あのひととひとつになるために。それがあたしのやくめだから」
「もしかしてユニリース、その事をずっと知ってて……」
「うん……ごめんね」
そんな僕にはユニリースの「ごめんね」の意味が理解できなかったんだ。
まるで申し訳なさそうにうつむいたその顔がなぜなのかも。
ただ一つわかるのは、ユニリースが自らを犠牲にしようとしている事。
自身を生贄にして凱龍王を蘇らせるつもりなのだろう。
「皇国はもっともっとちからをつけていっちゃう。そうしたら戦いはおわらない。抑止力がひつようなの。この世界のばらんすをととのえるために」
「何を言っているのかわからないよユニリース! それをなんで君がやらなきゃいけないんだッ!!」
「それをできるのがアテリアだけだからだ……!」
「ッ!? レクサルさんッ!?」
けどその途端、僕の伸ばしていた腕をレクサルさんが掴んで止める。
それも踏ん張って力の限り。
まるで僕にこれ以上進ませないと言わんばかりに。
「離して、離してくださいよッ!! 僕は認めない、そんな犠牲なんか、そんな意味の分からない役割なんかあッ!!」
「そうはいかん。これがあの娘の意思ならば、そしてそれがこの国の未来のためになるならばッ!!」
「そんな犠牲の上で成り立つ未来が、一体何だって言うんですかァァァーーーッ!!」
レクサルさんだけじゃない。
遂には彼の部下達までが僕の身体を抑え始めたんだ。
己の身体を張って、地面へと抑え込むようにしていて。
でもあくまで抑え付けるだけで、僕を破壊しようとはしない。
彼等もきっと我慢しているんだ。
例えユニリースが知らない子だとしても、犠牲となる事が受け入れられなくて。
それでも国のためにと、無理に事実を受け入れようとしているのだろう。
――けどさあッ!!
「そんな感動劇なんか! 貴方達だけで! やってくださいよおーーーッ!!」
「う、うおおおーーーッ!!?」
「ば、馬鹿な、七人がかりだぞおッ!!??」
そんなの知った事じゃあない!
大事な子が目の前で犠牲になろうとしているのを止めないで、何が保護者だ!
僕はあんな龍の為に彼女を連れて来た訳じゃなあいッ!!!
ゆえに僕は拘束されていようが構わず一歩を踏み出す。
レクサルさん達を強引に引きずり、少しづつ確実に。
……でも。
「レコ」
「ユニリースッ!?」
「ユニリースね、名前つけてくれたの、とってもうれしかったよ」
こんな一言が僕の勢いを不意に止めてしまっていたんだ。
今ユニリースの進む先で、凱龍王が口を拡げて待っているというのに。
それでも返す言葉がなくて。
必死に伸ばした腕も手も指も届かなくて。
心でどんなに叫んでも、想いが届かないような気がしてならなくて。
「たのしい思い出、いっぱいありがとうね、レコっ!」
そんな中で見せたユニリースの笑顔が、僕の指先を握らせてしまっていた。
ただ無邪気に跳ねて揺れる、ひまわりのような明るさを前にして。
こんな現実を受け入れるのが僕の運命なのだろうか。
残酷な事実を受け流すのがレクサルさん達の宿命なのだろうか。
例えそれを認めたくないのだとしても。
これが運命というものなのだろうか。
これが宿命というものなのだろうか。
星の意思を受け入れた彼女の瞳から、雫が舞っていたのだとしても。
「……ダメだ、行っちゃだめだあッ! ユニリィィィーーースッッッ!!!!!」
いや、そう受け入れなくもないからこそ必死に叫ぶのだ。
握り締めた拳を奮い、ヴァルフェル達を払いのけながら。
少しでも別の運命をたぐり寄せる為にも。
その為ならいっそ、この場にいるすべてを敵に回したってかまわない。
ユニリースの為ならなんでもしよう。
あの子の意志を少しでも揺らがせられるならば、僕は――
「――凱龍王よ、ちょっぴり待つでありますッ!!」
「「「ッ!?」」」
そう覚悟した直後だった。
この時不意に、予想だにもしていなかった声が場に響く。
僕の叫びに心揺らされたのはユニリースではなく、別の者だったのだ。
ただ、もしかしたらこの場にいる誰よりも相応しい存在だったのかもしれない。
僕同様にユニリースの事を想ってくれていたラーゼルト人、ロロッカさんならば。
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