第44話 この人やっぱり変な人

「さぁイト殿! ドンドンレッツゴーであります!」


 聖鱗騎士団長レクサルさんに許可をもらい、僕は再び旅に出た。

 あのロロッカさんを監視役として付けた上で。


 でもそのロロッカさん、今はなぜか僕より前を歩いてるという。

 なんかもう監視役というよりも新しい仲間みたいな雰囲気なんですけど?

 おまけに名前間違いがなお一層ひどくなってて原型さえ残ってないし。


 もしかしてこの人、優しいんじゃなくて単純に頭が弱いだけなんじゃ……。


「先行してくれるのはとても嬉しいんですが……行く先わかってます?」

「もちろんであります! ラーゼルトを観光するならばまず『トクセの滝』に行くのがオススメであります! とぉーっても絶景でありますよ!」

(この人、なにもわかってない……ッ!!)


 僕は観光するつもりなんてこれっぽっちもないんだけどなぁ。

 もしかしてレクサルさんに観光案内するよう指示でもされたのだろうか。

 ――いやいや、あの人に限ってはそれはないでしょう。


 うーん、気持ちは嬉しいんだけどね……。


「ロロッカさん、僕は観光したい訳じゃなくてですね……できればこのまま真っ直ぐラーゼルト南から出国したいんですが」

「まぁまぁそう言わずに! トクセの滝には有名な饅頭屋台がありまして、そこに売っている栗饅頭がほっぺがおちるくらいにおいしいでありますよ!」

「それロロッカさんが食べたいだけじゃないですかあ!」


 ほら、やっぱりこの人ちょっと変だった。

 ヴァルフェルにお菓子を勧めるってどうなの!?


 どうやらロロッカさんって、かなりマイペースな人だったようだ。

 僕の話を聞いてくれないところがまるであのレティネさんみたいだよ!


 そもそもロロッカさん自身がどうにも謎である。

 他の騎士達と違い、いつも全身を鎖帷子とフルフェイス兜で固めていて容姿もわからないし。

 わかるのは他の人より若干背が高いかなって事だけ。

 けどこのままだと『鎧の人』ってイメージのままで別れちゃいそう。


「トクセの滝の後は『トトコの湯』の温泉街で休むであります」

「行きませんからね僕! というか行けませんからね!?」

「ええ~そんなぁ」


 おまけに『サボり癖がある人』というイメージも追加しておこう。

 この人、隊を離れたのを良い事に好き放題するつもりみたいだし。


「自分はできれば野宿を避けたい所であります」

「騎士なんだからそれくらいは我慢しよう?」


 なんでこの人、騎士になんてなれたんだろう?

 特例でなれただけの僕が言うのもなんだけどさぁ。

 どうにもこの人、適切とは思えないですよレクサルさぁん……。


 こんな感じで葛藤しつつ、ズンズンと進むロロッカさんに付いていく。

 もしはぐれたら聖鱗騎士団との交渉は決裂、追われる身となってしまうので。


 けどそんな時、僕の葛藤さえも打ち消す事態が到来する。


 突如、背中から振動が響いて来たんだ。

 ドンドンドドドンと、いつもよりリズミカルな衝撃音と共に。


 これは、とてもまずいぞッ!!

 このリズムは――トイレタイムじゃないかあッ!! しかもかなり緊急的な!


 というのも、僕とユニリースは予め壁叩きの合図を決めておいたんだ。

 コンテナの中で何が起きているのかすぐに把握できるようにってね。

 そしてこのリズムは『トイレに行きたい』って意味なんだけど、そのリズムを何度も何度も繰り返している。


 それってつまり、もう限界に近いって意味なんだ。


 けど今、僕の目の前にはロロッカさんがいる。

 この人に見つかったらどうなるかわからない。

 最悪の場合、定期交信でユニリースの事をバラされて――


 アテリアを巡ってラーゼルト軍との戦いが勃発、なんて事さえあり得る!


 それだけは何とか避けたい。

 いや、絶対に避けなければ!


「ああーっ! 向こうの景色の先に妖しい人影が見えましたよロロッカさん!」

「なんですとォ!? ええい妖しい奴め、姿を見せるでありまぁすッ!!」


 そこで僕は咄嗟にこう嘘を付き、ロロッカさんを先へと走らせる。

 単純そうな人だからひっかかるかなって思ったけど案の定だった。


 で、作戦が上手くいったのですかさず屈んでユニリースを降ろす。

 もう我慢の限界だったのか、屈みきる前に飛び出していったけれども。


「定期排水が必要な機構はやっぱり管理が大変だなぁ。お婆さんにこれも教えてもらっておいて正解だったよ」


 そんなユニリースが必死な表情で側道の草むらへと飛び込んでいった。

 限界とはいえ、見つからないよう気を配る所はやっぱり賢いあの子らしいや。


 あとはすぐに用を済ませもらって、コンテナに戻せば作戦成功だね。

 ロロッカさんにさえ見つからなければ何とでもなるさ!


「ミノ殿、妖しい人影なんてちっとも無かったでありますよ~」

「ってえぇ!? ちょ、はやああッ!?」


 ――でも駄目でした。


 ロロッカさん戻るの早過ぎません!?

 確かに、鎧着ているとは思えないほどのすごいダッシュ力ですけどもォ!!

 この人の事だからちゃんと向こうまで探していない説あるゥ!!

 

 しかもそのタイミングでユニリースまで戻ってきちゃったし!!?


「「あっ!」」

「あちゃあ……」


 もう最ッ悪だ。

 こんなにガッツリと鉢合わせしてしまうなんて。

 これじゃ絶対に言い逃れ出来そうにない。


「あ、し、知らない子どもがいるであります……!」

「ううー……!」


 ユニリースも怯えて僕の裏に隠れてしまった。

 こういう時だけ子どもらしくなるのは仕方ないけど、これじゃ誤魔化しようがない。


 どうしよう。

 もうロロッカさんを力づくで黙らせるか。


 それとも、いっそ――


「とってもかわゆいでありまぁす!」

「「えっ?」」


 けどその時、僕の予想を越えた事態が目の前で起きた。


 なんとロロッカさんがすかさずユニリースに走り寄り、彼女を抱き上げたんだ。

 それどころか兜越しにほおずりまで始めちゃってやりたい放題っていう。


 金属面を擦り付けられて、ユニリースとっても機嫌が悪そう。

 眉間を寄せた苦い顔で僕にすごい訴えてきてる。


「もしかしてこの子はルト殿の娘さんでありますか!?」

「え、あ、まぁそれに近いというかなんというか」

「実にうらやましいでありますなぁ!」


 ただ、ロロッカさんは別段それ以上の事をしようとはしない。

 ユニリースの容姿を前にしてもなお普通に子どもをあやしているだけだ。


 まるでユニリースがアテリアだと気付いていないかの如く。


「うー……やーだー! はーなーしーてー!」

「ああっ、暴れちゃだめでありますよっ!」

「ユ、ユニリース!?」


 そんな時だった。

 不意にユニリースの暴れた足がロロッカさんの兜の縁に引っ掛かって。

 その拍子に、兜がパッコーンと空へ舞う事に。


 そうしてロロッカさんの顔が露わとなった時、僕はふと驚いてしまったんだ。



 シュッとしたとても綺麗な素顔。

 そこになびく長い銀色の髪。

 微かに黄翠の紋様が浮かんだ瞳。


 それら特徴はまさに、ユニリースと共通していたものだったのだから。

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