第42話 交渉術
「レコ=ミルーイの噂話は当然、我が国にも届いている。それと内通者からの『自称レコ転魂体が国外へ脱出した』という話もね」
ラーゼルト聖鱗騎士団団長レクサルさん。
英雄の一人と思しきこの人は、会ってすぐさま僕の事を見抜いてしまった。
確かに、元々それらしい情報が回っていたのは確かだ。
ダンゼルさんの所にいた時も、皇国からの情報がいくつかリークされてきたから。
内通者じゃなくてもわかるくらいにね。
むしろもしかしたら、あえて皇国が流した情報なのかもしれない。
皇帝殺しの大罪人としてのレコ=ミルーイを追い詰める為の。
だとしたら、なんて厄介な話なのだろうか。
「――だが、噂とは尾ひれが付くものだ。実際にやった事は別としても、それそのままを鵜呑みにするほど我々は愚かでは無いよ」
ただその情報も、彼等にとってはただの判断材料の一つにしかならないようだ。
だからか、こうして語った後には鼻で笑って見せていて。
「そこでレコ=ミルーイ君、一つ交渉といこうじゃないか。君が一体何者であるかはこの際どうでもいい。君が持つ情報、それが私達にとって有益か否かで君自身の価値が変わるだろうからな」
「つまり貴方達にどれだけ寄与したかで今後の扱いが変わるって事ですね?」
「そうだ。場合によってはこのまま見逃してもいいとさえ思っているよ」
後は淡々と僕に交渉のテーブルへ着くよう促してくる。
というより『それしか選択肢は無い』とでも言いたげな感じかな。
まぁ今の立場を考えたら当然の対応なのだとは思う。
それどころか戦闘兵器に対してだと相応に好待遇なのではないだろうか。
だから僕にとってはありがたい話だ。
交渉事は苦手だけど、今は贅沢なんて言っていられない。
「わかりました。僕としても皆さんにお伝えしなければならない事がありますから」
「ほう、それは楽しみだ」
幸い、僕には彼等の知らない情報がたくさんある。
ゆえに
ならその情報を如何にして彼等に〝重要だ!〟と思わせるか。
情報の出し方でもその価値に大きな差が出て来るのだから。
「では話してくれないか、君の持つ大事な情報とやらを」
「その前に、僕の身の安全を保障をしてくれませんか? でなければ話せる事も話せません」
「ほう……? ヴァルフェルにしてはなかなか頭が回るじゃないか」
「えぇ、それなりに思考力を持った状態ですから。それに話した後に蜂の巣はもうこりごりですしね」
実はこの交渉術、お婆さんに教えてもらったもの。
僕のようにただ素直じゃ世の中は渡っていけないってね。
条件が対等なら、出す情報はあくまで小出しに。
その上ですぐには提示せず、相手の譲歩と共に切り崩していくんだ。
ほんの少し匂わせるようにして誘ってね。
例えば、レクサルさんにとっては今の僕自身が最大の謎だろう。
転魂によって思考力が低下しているはずなのに、僕はそうじゃないってね。
本来、意思を強く持った状態で転魂すれば十中八九暴走してしまう。
魂がヴァルフェルのボディを肉体と認識できなくて。
そうでなくとも機械の体に合わなくて
けど僕は暴走していないし、むしろこうして交渉までして見せている。
それがきっとレクサルさんには不思議に思えてしょうがないはずなんだ。
顔には出ていないけど、きっとね。
そんな特別的な僕の話を何としても聞きたいと思わせればいい。
それだけでこの交渉は真に対等となるのだから。
「……わかった、身の安全は保障する。仮に情報が見合わなくとも、君は我々が責任をもって国外まで連れて行くと、我等が親愛なる凱龍王に誓おう」
「心遣いに感謝します」
そして、その条件はどうやらクリアできたらしい。
この場には僕とレクサルさんだけでなく、他の騎士達もいる。
そんな中でこう大々的に誓えば、彼等はもう易々と僕に手出しができない。
こんな約束を交わせたから成果は上々だ。
なので僕からも彼等の為になるような情報を提供する事にした。
「では改めて自己紹介しますね。僕は魔導皇国ユガンティア、元・星衛騎士団団員レコ=ミルーイ二等騎兵です。少し前に行われた対獣魔との最終決戦にアールデュー中隊・一番隊隊員として出兵し、エイゼム級討伐後に偶然にも生き残った個体です」
「あの最終決戦の生き残り……!?」
「戦いが終わって全機廃棄されたと聞いたが……」
語るのは僕が旅立つ事になった経緯から。
もちろんユニリースの事を伏せておいた上での。
そうして語りながら、僕はここまでの思い出に浸っていた。
ここまで短くも多くの事が起きたものだなぁって。
ダンゼルさんの事だってつい二日前なのに、既に懐かしく思えてしまったから。
だからか、語りに熱がこもっていたのかもしれない。
おかげで気付けば周りが聞き入るように黙り込んでいて。
「――そしてメルーシャルワの警備隊から逃げていたら、この国の国境まで辿り着いていた、という訳です。どうやって来たかは僕にも覚えてませんけれど……」
「なるほど、先日のメルーシャルワ国立公園でレティネと戦ったのはやはり君だったか。あの話はこちらにも届いているよ。『あのナイツオブライゼスの機体を葬った猛者がいる』とね」
「それがこのような奴だとは……」
「とても信じられん」
そしてここまでの経緯を語り終えた事でようやく場に喧騒が生まれる。
僕への疑惑の目を向ける中で。
えぇ僕も信じられませんとも。
正直、こう話していいかわからないくらいに夢のような話なんですから。
ユニリースがいなければきっと勝つ事なんてできなかっただろうし。
「だが彼のような特別性のある個体ならばあるいは、とも思える。その猛者が誰かは未だハッキリしていないしな。なら信憑性もあるというものだ」
「まぁそこは皆さんに得のある情報ではないと思いますけどね」
「いいや、俺はレティネとの戦いがどうだったのか興味があるぞ」
「俺もだ」「もっと聞かせろ!」「奴の辞世の句はどうだったんだ」
でもあの戦いはどうやら彼等の好奇心を余計くすぐる話題だったみたい。
僕がびっくりして首を引かせる中、周囲の騎士達がこぞってこんな声をあげていて。
「まぁ落ち着け皆。私も気になるが、まずは交渉を片付けるのが先だろう」
それをレクサルさんがなだめて止める。
さすが団長というだけに芯がしっかりしているなぁ。
「――ところで、その君の知性は一体どうして得られたのかな? 皇国の新技術か何かかだろうか」
「え? あ、僕の状態は偶然の産物に過ぎません。さすがの皇国もここまで技術は上がっていませんから。むしろ更に意思を薄めているみたいで、若干暴走気味の人がいるみたいです。なので本当の皇国機を相手にする場合は容赦しない方が良いかも」
「「「ああー! ズルいですよ団長!」」」
なんて思っていたんだけど、やっぱり好奇心は抑えきれなかったらしい。
彼等が騒ぎ立てる中でもかまわずに、レクサルさんが僕の話に聞き耳を立てる。
ニヤニヤとしている所を見るときっと確信犯なんだろうなぁ。
とはいえ、今の僕みたいになれる方法はとても話せないけれど。
というのも、お婆さん曰く『僕は希有な存在』なんだそうだ。
誰もが時間を置けば意思力を取り戻せるって訳じゃないみたい。
長く自我を保てられる強い精神力が無ければ、時間経過と共に魂が自然消滅してしまうらしいので。
でも知らないからこそいいのかもしれない。
意思が強いまま転魂する手段が確立すれば、僕の希少性が薄れてしまうからね。
僕自身を特異的にするなら、いっそ方法がわからない方がいいんだ。
僕だけでなくユニリースを守る為にも、この謎は……謎のままでいい。
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