第40話 なんだか憎めない来訪者

「この場は凱龍国・外縁警邏けいら隊、聖鱗せいりん騎士団団員であるこのロロッカが引き受けた! 農民よ、伴侶を介抱してさしあげるであります!」

「おお騎士様! ありがとうございます!」


 突如として僕達の前に現れた謎の人物。

 ロロッカと名乗ったその人は早速、農具を掲げたおじさんを引かさせる。


 するとおじさんは荷車を押して、すかさずそのまま去っていった。

 あの騎士さんのおかげでおばさんは助かるかも。良かったぁ。


 そんな様子をチラリと覗き、ほっと溜息をつく。

 吐息は出せないので音声だけで。


「よし、窮地は去った! 次は貴殿の番だ! とうっ!」


 けどこのまま見逃すという訳にはいかないみたい。

 今度はロロッカさん自身が丘から跳ね飛び、あっという間に僕の前へとやってきた。


 ただしゴロゴロと傾斜を転がりながら。


 その勢いも僕の前でようやくとどまり、鎧の音をガチャリと奏でて動きを止める。

 微動だにもしないままうつ伏せになって。


「……」

「い、生きてますか~?」

 

 でもロロッカさんは無言で腕を地面に突き、震えながら立ち上がろうとする。

 なんてすごい根性なんだ! これが生身の僕なら無理だったと思う!


 そんな健気な姿を前に、僕は「よし、よし、がんばれ!」と小声で応援し続けた。

 なんかそうしないといけない気がしたので。


「な、何も問題は無いであります。引き続き任務を続行するであります」

「さすが騎士、気合いが違うなぁ……」


 こうしてロロッカさんがようやく立ち上がり、兜の隙間からニヤりとした笑みを見せつける。

 膝がガクガクしているけど、この際見なかった事にしてあげよう。


「では名を知らぬヴァルフェル殿、身体を起こすであります。話し合うでありますよ」

「え……いいんですか?」

「平気でありましょう。自らドゥゲザァーDOGEZAする者に悪人はいないであります」


 しかもこの人、なんかものすごく心が広い。

 腰に下げた剣なんて手にも取らず、僕の前で両腕を広げて迎えてくれたんだ。


 こうして始めから敵意ではなく好意で接してくれた人は初めてかも。

 それだけで僕もう感無量だよ。


「あ、ありがとうございます! やっと話が通じる人と出会えて僕、嬉しいですっ!」

「ハハハ、貴殿はおおげさでありますな」


 フルフェイスの兜をかぶっているから素顔は見えないけど、声質からとても若そうな感じがする。

 おそらくは本体の僕と同等の歳なんだろう。なんだか気が合いそうだ。


「そうだ、僕の名前はレ――」

「レ……?」

「――レソです。レソ=ミルーイです」

「ほうほう、レソ殿ですか。よきお名前ですな! 一瞬、皇国の皇帝を暗殺した輩『悪逆騎士レコ』かと思ってしまったであります」

「そのレコとは違うレソですね」

「アッハハ! 名前が違うでありましょう、わかっているでありますよ!」


 そう安心しちゃったせいか、うっかり本名をバラしそうになってしまった。

 でもなんとか誤魔化す事ができたみたいで良かったよ。

 もしかして僕、偽装の才能でもあるのかな?


 それにしても、早くそれっぽい偽名を考えなきゃなぁ。

 先日ダンゼルさんに付けられた偽名デニーはちょっとワイルド過ぎて合わないし。


 なにはともあれ、こうして誤魔化せた事でロロッカさんともすぐに打ち解ける事ができた。

 そのロロッカさんも今では手振り身振りでゆるりと話してくれているよ。


 ほんといい人なんだなぁこの人。

 騙しているのが心苦しいって思えるくらいに。


「してレソ殿、一体なぜその姿でこんな所に?」

「実は僕、脱走兵でして……今は安住の地を求めて旅中なんです」

「フムフム、なるほど。さしずめ皇国の悪行が嫌になってヴァルフェルのまま脱走、といったところでしょうなぁ」

「ま、まぁそんなところですね……」


 それでもやっぱりラーゼルトの人なんだろうね。

 皇国に対するイメージは僕のそれと大して変わらないみたいだ。

 たぶん僕達と同様に、彼等も皇国を悪い様に教わって育ったのかもしれない。


「あいや、事情はわかりもうした。であれば一度、我が駐屯地にお越し願いたい。さすがに許可無き皇国製ヴァルフェルが国内をうろつくのは治安上よろしくないでありますからな」

「それもそうですよね。まぁ従うのはこちらの身の安全が保障されるなら、ですけど」

「ハハハ、ご安心召されよ。自分が仲間達へしっかりと事情説明するでありますゆえ! レソ殿はドゥゲザァーの匠であると!」


 ただその皇国からの脱走兵でもこうして受け入れてくれる。

 そんなロロッカさんの寛大な心に僕も応えたいと思う。

 この人ならきっと悪いようにはしないって信じられると思うから。


 フェクターさんやダンゼルさんが僕をすぐ信じてくれたのと同様に。




 こうして僕達はロロッカさんに連れられ、すぐ近くにあるという駐屯地へ向かった。


 けどこの時、僕は覚悟もしていたんだ。

 ラーゼルトの聖鱗騎士団とやらは皆が皆ロロッカさんと同じじゃないだろうだって。

 そんな中へ僕が訪れた事できっと大きな混乱を招くだろうとも。


 だからこそ僕は今までにないほど気を引き締めていた。

 以前と違って、今の僕には守りたいって思う人が明確にいるのだから。


 なら、どんな苦難が待っていても必ず乗り越えてみせるさ!

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