第二部

第五章 人と龍が住まう国

第39話 凱龍国ラーゼルト

「メルーシャルワの防衛隊からは夢中で逃げていたけど、まさかここまで来れていたなんて驚きだなぁ……」


 僕達は山を降りた後、お婆さんの言いつけ通りに花畑を抜けて街道を歩いていた。

 すると早速、行き先を示す標識が現れたので、覗いて見てみたのだけれども。


 この街道をまっすぐ行くと、どうやら『凱龍国ラーゼルト』へと辿り着くらしい。


 ラーゼルトはメルーシャルワの南に位置する大国だ。

 つまり僕達はいつの間にか北端から南端に移動していたという事になる。

 距離的に歩いて二日くらいの場所にあるのに……不思議な事もあるもんだなぁ。


 なお、この国は国力が非常に高く、〝龍と共に生きる国〟としても有名。

 更には皇国と幾度となく戦い、つど退け続けたという歴史もある国なんだ。

 なので皇国民が〝蛮族国〟だなんて揶揄するなど、あまり良いイメージが無い。


 というのも、彼等は歴史の中で決して魔科学に頼らなかったから。

 フレーズ通り龍の背に乗って戦う事を主にしていて、皇国はそんな旧時代的な戦い方をする国をあまり良く思っていなかった。


 まぁ獣魔大戦ではさすがにヴァルフェルを使わざるを得なかったみたいだけど。


 ――なんて事もあって、元皇国民の僕としては戦々恐々。

 本当にこのまま進んでもいいのかってとても悩ましい。


 けど今の僕は皇国とも関係の無い、ただの旅人だ。

 おまけに皇国の内情を知った今、むしろラーゼルトに興味すら抱いている。

 いったいなんで彼等は皇国とぶつかり続けたんだろうってね。


 だから僕は怖くとも一歩を踏み出す事にしたんだ。

 ユニリースもそんな僕の意思に賛同してくれて、今は肩の上で嬉しそうに先の景色を眺めている。

 足をぱたぱたと動かしていて、とても可愛らしいよ。

 いっそこのままコンテナからの脱却を果たしてくれると僕としても嬉しいんだけど。


 でも景色に飽きたユニリースが自室へ戻り、僕の期待が早速と無為に消えて。

 そんな中で、僕達はとうとうラーゼルトとの国境を踏み越えた。


 なんでも、ラーゼルトはメルーシャルワと友好関係を長く結んでいるらしい。

 なので国境には壁も無いし、衛兵すらもいない。

 あるのは開けた雑木林と言った程度。

 その林も街道がしっかりと通っているので迷う事もなさそうだ。


 で、そんな街道を悠々と進んでいたのだけれど。

 あまりにもゆったりとしていたので、僕はすっかりと忘れてしまっていたみたい。


 僕自身が皇国のシンボル的な存在だったんだって事に。


 それは土をえぐって造られた街道を歩いていた時の事。

 カーブした道に沿って歩いていたら、荷台を引いた人とばったり出くわしてしまった。

 そりゃそうだよね、街道だから人が通るのは当たり前だもの。


 これは僕のうっかりミスだ。

 ユニリースがコンテナに戻ったから油断してセンサーを切ってしまっていて。

 だから人が近づいた事にも気付けず、こうして鉢合わせてしまった。


「う、うわああっ!?」

「ひ、ひええ!? 皇国の機械兵だあっ!?」


 おかげさまでもうお互いにビックリ。

 僕は驚いて後ずさり、相手は咄嗟にピッチフォークを掴んで向けてきていて。

 そしてその荷台に乗っていた女性は恐怖で震え固まっているという。


 熟年夫婦のようだった。

 持っている道具からしておそらくは農民だろうか。


「こ、この皇国野郎! コイツを喰らいたくなきゃさっさと国に帰りやがれぇい!」

「いや待って!? 僕は戦う意思とかそういうの無いですからぁ!」


 こんな農具で傷付けられるほどヴァルフェルはヤワじゃない。

 けど戦いたくない僕としてはあまり強気に出たくはないので、両手をかざしてなだめようと必死だ。


 だけど相手はどうにも話が通じなくて、農具を収めようとはしてくれない。

 あっちも僕が敵だと思っているから引くに引けないんだろうね。


「あっ、あっ、カ、カハッ……!?」


 しかもその中でおばさんが突如として胸を抑えて苦しみ始めてしまった。

 どうやら恐怖のあまりに心不全を引き起こしてしまったみたい。

 なので僕も相手のおじさんも心配のあまり、おばさんの方に視線が釘付けだ。


「ああっ、おまえっ!? いけねぇ、アイツは心臓が悪いんだ!」

「な、なら早く助けてあげてくださいよ!?」

「そういってコイツを降ろしたらテメェは襲ってくるだろうがよぉい!」

「襲いませんってばぁ!」


 このままじゃあのおばさんが死んでしまうかもしれない。

 そんなのは僕にとってはあまりにも不本意だ。


 そこで僕は、あえて一芝居を打つ事にした。


「ま、まいりましたー! その武器はとても怖くて敵いませぇん!」


 膝を突き、両手を大きくかかげてから地面へ倒れ込ませ、頭もコテンと地面へ突かせての全面降伏DOGEZAだ。

 体勢のせいで背中のユニリースが大変な事になっていそうだけど、どうか許して欲しい。


「そ、そんな事してぇ、俺達を騙すつもりなんだろぉ!?」

「じゃ、じゃあどうしたら信じてくれるんですかぁ~~~!!!」


 でも相手はまだ引き下がってくれそうにないんだけど!?

 なにこのおじさん、疑い深いにもほどがあるよ!

 おばさん泡吹いて倒れてますけどいいの!?


「あいや、双方またれぇい!」

「「ッ!?」」


 しかしその時、またしても聞いた事のない声が場に響く。

 雑木林中に響くほど甲高く、とても澄んだ大声が。


 そんな声の下へ僕達は思わず振り向くと、はそこにいた。


 現場横にひかえた傾斜の先、丘の上に立つのは両手を腰にあてた一人の人物。

 全身に纏う甲冑が木漏れ日によって輝き、その偉大さを示すかのよう。


 そう威厳を感じさせるシルエットはまるで、僕達の窮地を救ってくれる救世主のようだったんだ。

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