第22話 アテリア

「見えたぞ、もうすぐ着陸する」


 訳アリ顧客との取引のため、僕達は現在移動中。

 それで今、ようやく目的地に辿り着いたようだ。


 周囲を見下ろしてみたけど、本当に何も無い。

 見えるのは山肌が覗く高原に、僅かな木々くらいで。

 隠れる所も乏しいし、いざとなった時は僕自身が盾にならないと。


 でも、そんな場所なのに相手は見つからない。

 僕達の方が先に着いてしまったのだろうか。


「レコ、ちょい先に伝えておくことがある」


 そんな高原の真っただ中に着陸し、機体が制動を伝えてくれる。

 するとダンゼルさんが真面目そうな顔をして僕に振り向いていて。


「なんです?」

「今回の取引の最中、お前さんは一言もしゃべるな」

「えっ!?」

「ガタイの割に、声質が余りにも迫力無さ過ぎて相手に舐められるからな」

「そ、そんなぁ……」


 何か大事な話かと思いきや、これだよ。

 僕ってそんなに頼りないのかな……。


 あ、うん、まぁ僕自身もなんとなくわかってた事だけどね。

 フェクターさんからも「軍人らしくない」って笑われたし。

 気弱な所は本体由来だからもう直しようがないよ。


「それとだが……嬢ちゃんは表に出すな」

「え?」

「あの子は恐らく【アテリア】だ。相手に見せたら、もうどうなるかわからねぇ」

「え、あてりあ……?」


 まぁそんな僕の事はどうでもいいんだけど。

 でもどうやら僕だけでなく、コンテナちゃんの方も何か問題があるらしい。


 アテリアって、なんなんだ?

 僕のメモリーにそんな言葉は記憶されていない。

 それだけ重要じゃないか、あるいは本当に知らなかったか。


 いったい何なんだろう?


「やはり知らなかったか。まぁ平たく言やぁ特別な人間だ。魔力が常人の数十倍も高い、いわゆる天才って奴さぁ。いつかの時代の賢者や大魔法使いは皆アテリアだったって言われている」

「ほうほう」

「だがその類稀なる性質があるから、今じゃ超高額取引扱いだ。ヴァルフェルなんかじゃ話にならんくらいのな」

「ええッ!? 彼女が!?」


 で、蓋を開けてみれば驚きの事実が詰まっていた。


 確かに、彼女はあきらかに普通じゃない。

 なぜか無駄に機械知識が優れているし、賢いしわがままだし足癖悪いし。

 それらが全て特別ゆえの事なら納得もできる。


 あ、壁を蹴るのは止めなさーい!


「もしそんな子を見せちまえば争奪戦が勃発しかねねぇ。注意してくれ」

「き、気を付けます」


 おそらくコンテナちゃんもその事実を知っている。

 だからフェクターさんの前にも姿を晒そうとしなかったんだと思う。

 ダンゼルさんの時は空腹だったから死に物狂いだったのかもしれない。


 ……にしては少し妙だ。

 なら、なぜダンゼルさんは平気なんだろうか。


「ダンゼルさんはコンテナちゃんを売り飛ばそうと思わなかったんですか?」

「んな事できるかい。それだけ高いモンを売るってのは、己の身分を晒す事に繋がっちまう。そうなりゃ今までの悪事も表に出ちまいかねねぇ。そんなリスクは金を積まれても負いたくねぇのよ」

「なるほど、犯罪者はアテリアを扱えないのか」

「売る相手は大概、国だからな」


 それなら納得だ。

 後ろめたい事をしているからコンテナちゃんは安全だと。

 確かに、常に冷静で堅実なダンゼルさんらしい判断だと思う。


 そんな人がなんで裏取引する様な仕事してるんだか。


「さて、おしゃべりはここまでにして、出ていくぞ」

「はい!」


 さすがにその問いまでは答えてもらえそうにない。

 もう取引指定場所で猶予もそこまで無いしね。


 ダンゼルさんが機外へ降りたのを確認し、僕も降りる。

 コンテナちゃんも空かさず扉を締めていて、準備は万端って感じだ。


 それで青空の下に姿を晒した訳だけど。


「まだ誰もいませんね」

「まさかデマ、あるいは皇国の罠、じゃねぇよなぁ」


 相変わらず誰も来ない。

 指定時間もピッタリだし、誰か来てもいいと思うんだけど。


 この場所はメルーシャルワの北東端で、国境も近い。

 その先はまた別の国だけど、どちらの国の駐屯地からも離れているので、何かあっても駆け付けるのは遅れてしまう。

 だからもし仮に皇国の秘密工作員とかが来てしまったら、僕達だけで対処しなければならないんだ。


 なので緊張を隠せない。

 センサーを切り換えつつ周囲を探って警戒だ。


 するとそんな時だった。


『時間通りなのは感心だが、いるとは聞いていないぞDDデリバリード?』

「「ッ!?」」


 突如として、場に声だけが上がったんだ。

 それも僕達の状況を確実に把握している……!

 コンテナちゃんの事だけはまだ気付かれていないみたいだけど。


「さ、さすがに手ぶらで裏取引しようと思うほど、こちらは不用心じゃあないぜぇ!?」

『なるほど、あくまでも警戒のためか』

「そうだ。こいつぁ俺の用心棒 兼 うちの社員だ。身元は保証する! こうして姿を晒したのが証明だと思ってくれ」

『……』


 とはいえ、まだ声だけで人の姿らしきものは見えない。

 ヴァルフェルのセンサーでもまったく引っ掛からないんだ。

 いったいどこに隠れている!?


「それでも信用できないってなら、悪いが取引は無しだ! 今回の商品を買いたいって奴はごまんといるんでね!」


 にも拘わらず、ダンゼルさんの交渉術もが冴えわたっている。


 ――って、今の相手以外に買い手はまだ来てないでしょお!?

 最新鋭機だからきっと誰も警戒しているってアンタ言ってたじゃないですかぁ!


「……返事は無し! よしお前、帰るぞ!」

『待て』

「「ッ!?」」

『わかった。お前達を信用しよう』


 しかも釣れた!

 ブラフもここまで来るとすごいって思えちゃうよ!

 

 こ、これが裏取引をこなしてきた人のやり方なのか。

 僕には到底、真似できそうにないなぁ……。


 でもきっと相手も今回の装備がよほど欲しいんだろうね。

 旧式とか他国のヴァルフェルなら割と出回ってるって聞いたし。

 やっぱり皇国の兵装は一つも二つも格が違うって事なのかな。


 ダンゼルさんも内心は喜んでいるみたい。

 キリッとしているけど、ちょっと笑窪上がってるし。


 後はこの交渉が台無しにならないよう、僕が気を引き締めなければ。


『今姿を見せる。少し待て』


 けどそう思っていた矢先、相手がこんな事を言い始めて。

 戸惑うあまり、二人して周囲を見回していたのだけど。


 そうしたら途端、目前の山肌の一部が霧の如く「シュワワア」ってボヤけ始めたんだ。


 しかも間も無く消え、代わりになんと三人ほどの人影が。

 いったいどこから現れたのかまったくわからない。




 ゆえに、僕達は驚愕を隠せなかった。

 こういう時だけは表情の無いヴァルフェルで良かったと心から思うよ……!

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