第3話 戦士として戦地へ赴く

『アールデュー中隊へ通達。貴君らの役目は敵中核まで突破口を拓き、奴等の親玉を引きずり出すまでが役目だ。今まで通りの活躍と戦果に期待する』


 今、僕達は戦場へと向かっている。

 空を駆ける高速輸送機の一つに乗って。


 この輸送機は風魔法で生成したエアレール上を走るカーゴ状のもの。

 なので空を飛んでいても、まるで列車の様な安定感がある。

 ただこれは人が乗っているので、現地に着いたらすぐ帰ってしまうけれど。


 でも輸送機の参戦なんて必要は無い。

 それだけ僕達ヴァルフェル兵の数は充分に揃っているのだから。


 アールデュー中隊、隊員数三〇名。

 更にはツィグ中隊、レティネ中隊と合わせれば合計で九〇名。

 それらが全て、五体づつヴァルフェルへと転魂したからね。

 もちろん僕も五体に分かれて、別の分身は他の輸送機に乗っている。


 おかげで輸送機は四五台となかなかの数だ。

 それが出発前に並ぶ様子はすごく壮観だったよ。


「随分と落ち着いてるじゃあないか、レコ・ワン?」


 そんな事を思い出して暇を潰していた時、隊長が声を掛けてくれた。

 僕が大人しくしていた事に気付いたみたいで。


 きっと隊長達の儀式を見て奮い立ったから安定したんだろうね。

 転魂前はあれだけ不安だったのに不思議だなぁ。


「はい、隊長のアドバイスのおかげで覚悟できたみたいです。とはいえ家族への想いだけは断ち切れませんでしたが」

「いい、充分だ。むしろ戦う理由くらいは残しておいた方がいいしな」

「まぁ、その家族の顔や人物像とかはもう思い出せないんですけどね」

「そういうもんさ、切り替えていけ」


 それに今は思っていた以上に心が軽い。

 まるで悩みが全て消えてなくなってしまったかの様に。


 それは恐らく、不要と判断された記憶が転魂時に削ぎ落されたから。


 戦い以外の事を記憶しておくと、いざって時に困るらしいんだ。

 余計な感情を抱いたり、妙な思惑を巡らせたりね。

 ヴァルフェル開発時はそれが原因で暴走事故が起きたりと大変だったみたい。


 なので転魂の際、戦い以外の事は大抵忘れるそうな。

 僕も思い返してみたけど、実家も、お嫁さんの名前さえも思い出せない。

 これだけは胸中ちょっと複雑だ。


『もう間も無く作戦地点に到達。各自、装備の最終点検を済ませたし』


 そうやって別の事に悩んでいた時だった。

 突然、この放送と共に機内の赤ランプが点滅し始めたんだ。


 どうやらもうすぐ戦いが始まるらしい。


「だそうだ。お前達、準備はいいな?」

「「「おおッ!!」」」

「隊長、一つ教示願います!」

「また君か。レコ・ワン、今度はどんなアドバイスが欲しい?」


 幸い、もう装備点検は済ませてある。

 皆、記憶が無いせいで暇つぶしの手段もわからなかったから。


 おかげでこうやって軽く話をする時間もできた。


「隊長のおかげで今、僕はこれ以上無い勇気に溢れています。ですがそれでも上手く立ち回れるか、不安は否めません。剣と銃をしっかり操れるのか、本当に獣魔を仕留められるのか、と」

「そりゃま、訓練所上がりなら仕方ない事だよな」

「機体がそういったスキルを補正してくれる事は知っています。それでもやっぱり初めてですから……」

「そうだな。わかるよ、俺も初めて転魂した時は同じ様に不安だったもの」

「俺もだ」「懐かしいな」


 微かに覚えている記憶に殉じて語れば、仲間達もここぞと話題に続く。

 みんな同じ不安を抱いてきたからかな、そのどれもが共感の声ばかりで。


「けど心配すんな。ヴァルフェルとなった以上は誰も戦闘能力に大差はない」

「えっ?」


 けど隊長のこの一言を前に、皆が揃って頷いていた。

 この事実こそが不安を取り除く重要な要素だったからこそ。


「ヴァルフェルの動きは転魂者の実力に加え、別に備えた戦闘記憶バトルメモリーの経験が適用される。俺達が戦いで得た経験値がそのまま受け継がれるんだ。どの機体にも分け隔てなくな」

「それってつまり、僕も隊長みたいに強くなったって事なんですか!?」

「そうだ。後はそれを動かすお前の意志と判断力、そして運さ」

「運、ですか……」


 ヴァルフェルが一騎当千なのはこういった特徴があるから。

 戦闘経験を過去の戦いから受け継ぎ、全員が生かせるからなんだ。

 それで僕みたいな貧弱でも最強になれるってワケ。


「だが『流れ弾を喰らっておしまい』みたいな事も、鉄の偽骸になった事で悩む必要が無くなった。だったらもう、撃って斬るしか無いだろう?」

「まぁ確かに」

「だったら今の自分を信じろ。ヴァルフェルになったお前は無敵だ。転魂前に妄想していた事を思い出せ。それと同じなんだってな」


 もちろんこの事は訓練所で教えられて知っていた。

 けど教官と隊長とでは説得力がまるで違う。

 さすが最前線指揮者なだけに、言葉の重みが身に染みるようだったよ。


「はいッ!」

「よぉし、いい返事だ。それくらいの気迫がありゃもう敗けねぇよぉ。それに聞けば開発部折り紙付きの新兵器も投入するって話だからな、いっちょお祭り気分で気楽に行こうぜ!」


 おかげで僕は今、覚悟を決める事ができた。

 戦う事に何も怖い物なんて無いのだと。


『作戦領域に侵入、前方に獣魔を確認。アールデュー中隊、降下を開始せよ。繰り返す――』

「よぅし、楽しいお話はここまでだ! 行くぞォお前等ぁ!!」

「「「獣魔をォ!!」」」

「「「ブッ殺せ!!」」」

「「「うおおおーーーッ!!!」」」

「わあああーーーッ!!!」

 

 だからこの時、僕達は揃って輸送機から降下していた。

 開いた床から自ら飛び込む事によって。


 目下に見えた山岳森林へと。


 今は明け方、陽の明かりが大地を満遍なく照らしてくれる時間帯だ。

 おかげで地上に蠢く奴等が手に取る様にわかる。


 あれが人類の敵、獣魔……!


 身体が黒くて大きいし、走るのが速い!

 その上、本能剥き出しで走る姿がおぞましいんだ!

 心の奥底から嫌悪感を引き出してくるくらいに……!


 でも、ここまで来たなら怖がっていられない。

 何としてでも奴等を倒して、僕本体の家族が幸せに暮らせる未来を創るんだ!




 そんな想いを迸らせ、僕達は一斉に銃を構えていた。

 未だ降下し続ける中、木々の間を駆け抜ける黒の野獣達へと向けて。

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