第2話 魔骸騎士ヴァルフェル
「転魂装置、正常に起動中。ソウルエキストラクター感度良好」
「全兵士エーテリンク指数、基準値クリア。各属性感応レベル問題無し」
「準備完了まであと約三分です」
「了解した。各兵士のメンタルバランスに気を付けつつ、準備完了次第に実行してくれ」
格納庫に辿り着いた僕達は早速、機器に囲まれた座席へ腰を下ろした。
それで周囲を見渡せば所々紫に輝いていて、雰囲気はとても妖しい。
そんな座席の裏には、全長三メートルほどの鉄巨人が各五機づつ並んで立っている。
機器から伸びたケーブルに繋がれたまま、ただ静かに。
この鉄巨人は魔法生物ゴーレムを基礎にした新機軸兵装だ。
生体部を動力部のみとし、駆動系と装甲を魔動機へと切り替えた代物らしい。
ただ、これは普通のゴーレムと違ってこのままじゃ動かない。
だからこれからちょっとした儀式が必要になる。
僕達人間の魂を〝転写〟するという儀式がね。
それが皆の言っていた『転魂』。
この鉄巨人達に宿す魂を、人間から抽出する必要があるんだ。
魂をコピーされた鉄巨人は、コピー元の人物の人格を得る。
そして人型だからこそ違和感も感じず、戦闘技術さえも踏襲される。
おまけに今では一人につき最大五体まで同時転魂が可能だ。
しかもその戦闘能力は人間の比じゃない。
小型獣魔程度なら、たった一機で何匹も相手に出来るくらいなんだから。
相手は無限に増えるから、こちらだって増えなきゃいけない。
それも死んでも何の苦も無い無敵の兵士が。
そう望まれたからこそ、この兵器は生まれたんだ。
それが希望の鉄巨人――【魔骸騎士ヴァルフェル】。
転魂システムを初めて導入した新機軸独立機動兵装なのである。
そんな兵器の転魂者に、僕は選ばれた。
残念ながら全ての人間が転魂できる訳じゃない。
魂の濃度が濃く、かつ四大属性に適応してる必要があるみたいで。
僕が選ばれたのも、その適正が他の人より優れていたからなんだと思う。
というワケで僕、実は結構すごいのだ。えっへん!
「レコ二等騎兵、メンタル安定値を下回っています。少し落ち着いてください」
「は、はい、すみませんっ!」
「おいおい、お前本当に大丈夫かぁ?」
……だなんて心の中で無理に誇ってみたのだけど、やっぱり落ち着けない。
実際に転魂を行うのは初めてだから不安でしょうがなくて。
こんな僕の分身が本当に役立てるのかなぁってね。
それで遂には隊長にまで心配されてしまった。
目標の人に心配されるなんて、なんだか情けない。
「転魂については訓練所でも習ったよな?」
「は、はい! 確かヴァルフェルは転魂時のメンタル状態によって性能が著しく変わると教えられました」
「他には?」
「えっと……転魂時に強く思っていた事はヴァルフェルになった後でも心に残り続けると」
「その通りだ。だから今は戦いの事だけを考えろ。いっそ家族やダチの事も忘れちまえ」
「えっ?」
するとそんな僕を見かねたのか、隊長がアドバイスをくれた。
人差し指をグリグリと僕の額に押し付けつつ、ニヤリとした顔を近づけながら。
「ヴァルフェルの性能はな、記憶のリソースをどれだけ闘争心に寄せられるかに懸かっているのさ」
「な、なるほど」
「おまけに言や、どれだけ自身過剰に誇れるかでも変わる。〝俺は無敵のスーパーヒーロー、悪い奴等をブチのめす。自分はそれが出来るすごい奴だ〟って考えるだけでも強くなれるもんなんだよ」
「ええっ!? そ、そうなのですか!?」
しかも教えてくれたのは訓練所でも聞いた事の無い画期的な方法で。
妄想だけでも強くなれるなんて――そう驚かずにはいられなかったんだ。
さすがヴァルフェル、最新の技術ってすごいんだなぁ。
「訓練所じゃそんな事教えてもらえなかったのに……」
「ったりめぇだ。これは俺だけの秘策だからな」
「え、じゃあ根拠は……?」
「無いッ!! 体感だッ!!」
「えぇ~……」
――とか思っていたけど騙されていたみたいです。
ひどいよ隊長、大事な事だと思って信じちゃったのにー!
それで苦い顔を浮かべていたら、額に「ズビシッ!」と強い衝撃が走った。
突いていた指がデコピンへと変わった事によって。
「いッてっ! 何するんですかぁ!?」
「心を落ち着けるまじないだ。少しはリラックスしたろうが」
「そ、それはまぁ……」
「ま、深く悩むんじゃねぇよぉ。どうせお前自身が戦いに行く訳じゃないんだ。転魂が済めばお前自身の役目は終わり、後はヴァルフェルに宿ったお前の魂が頑張る番さ」
きっと隊長は僕の悩みなんてお見通しだったんだろう。
だからか、貰ったアドバイスには僕の欲しかった答えが詰まっていて。
おかげで落ち着いたのか、その単純な
自分の分身を信じればいいだけなのだと。
その分身達が上手くやれるかどうか悩んでも仕方ないんだって。
だって実際、僕自身が悩む必要なんて無いんだ。
転魂したからといって人体に悪影響が出る訳じゃ無いからね。
基本的には魂をコピー&ペーストするだけだから。
なので転魂を行った者は作業が終わり次第、任務完了となる。
戦いをヴァルフェルに任せて、人間は高みの見物ってワケ。
その人間の僕にとってはなんて事無い「簡単なお仕事」だったんだ。
「よし、わかったなら頭の中で奴等を蹂躙する妄想でもしとけ。没頭するくらい集中してればなおよし。後は技術班が全部やってくれるから、よろしくぅ!」
「は、はいっ!」
そう伝えると、隊長が僕の頭に被せられた機器のバイザーを降ろしてくれた。
これを降ろすと視界が遮断されて落ち着きやすくなるらしい。
こういう所まで気を利かせてくれるなんて、さすが隊長だ。
いつか僕も、こんな気遣いが出来る人になりたいな。
でもまずは自信と実力を付けなきゃ。
――なんて思っていたのだけど。
その矢先、僕はバイザーを自ら上げる事になる。
近づいてきた二人組の気配にふと気付いた事で。
「相変わらず、貴殿は面倒見が良いな」
「さっすがアールねぇ」
一人は初老の白髪の男。
もう一人は優顔な赤髪のお姉さん。
そんな二人を、僕は知っている。
いや、知らないはずがないんだ。
だってこの人達は、この国で最も憧れられる最高位騎士なのだから。
ツィグ=ジ=メリヨンと、レティネ=ジ=クリプトフ。
そしてアールデュー=ジ=ヴェリオ隊長。
この三人こそ皇帝陛下が認めた【
僕の憧れる英雄達だよ!
その三人が今、目の前で揃い踏みって! なにこれすっごく嬉しい!
「いよぉう、ツィグ。そっちのチームは終わったのかい?」
「貴殿の隊の前にな。現在は輸送機に搬送中だ」
「なら何故ここにいる?」
「それは決まっているでしょう~? 最後の戦いなのだから儀式くらいはしておきたいものぉ」
「おやおや、麗しのレティネ=ジ=クリプトフさんまでおでましとはねぇ」
「アールぅ? フルネームで呼ぶのは煽ってるつもりかしらぁ~?」
ただ、彼等を背にしたアールデュー隊長はちょっと居心地が悪そう。
二人の事が好きじゃないのか、片笑窪を吊り上げて目を据わらせていたから。
「我等『ジの位勲』を持つ者は兵達の規範となる。ゆえに――」
「はいはい、余計な話はいいからぁ~! 時間の無駄でしょう~?」
「じゃあなんで来たのよ君達……しかもよりにもよって俺のチームの時に」
けどそんな隊長も観念したみたいで、溜息交じりに振り向いていた。
それでだるそうに、腰の剣へと手を掛けていて。
「手に剣と魔を、胸に矜持と信念を!」
「祖国に殉じる騎士として、今こそここに誓わん!」
「……永遠の平穏と栄光を、この手に掴むその日まで」
その剣が突如として抜かれ、素早く天井へと掲げられる。
他の二人と同様に鋭い剣筋を見せつけ、更には三本の剣先を重ねて。
これがナイツオブライゼス誓いの儀式である。
確かに、アールデュー隊長は不本意だったかもしれない。
けど剣を奮うその姿は紛れも無く、憧れた騎士そのものだった。
そんな誇り高い存在感は、僕にとって何よりもの勇気の源となったんだ。
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