第九話 信念を貫け――覚醒の前兆

 地面を強く蹴り飛び出す。

 次の瞬間、ホイミの姿は骸骨たちの中にあった。


 四方八方を骸骨に囲まれ、道なんてないように見えるが。

 ホイミは骸骨同士の僅かな隙間を駆け抜ける。


 いくら骸骨に肉がないとはいえ、流石に数が多い。

 その中を抜けるなど、針に糸を通すようなことである。

 それを成し遂げているのは、ホイミの小柄な体格、俊敏性、そして隙間のできるタイミングを的確に計る直感によるものだ。


 少しでも引っ掛かれば、即座に骸骨の攻撃に被弾してしまうことだろう。

 そして動けないところを更に囲まれ、身動きを取れなくされ、死亡する。


「ホイミちゃん、どこ行くの!? 危ないから、戻ってきて…っ!」


 彼女に対する心配と罪悪感から、必死に呼びかけるレイン。

 しかしその声は届かない。

 それほどに、ホイミは集中していた。



「私が、助ける」


 足元を抜けて。

 高く跳躍し。

 頭蓋骨に着地。

 骸骨の上を風のように駆け抜ける。


「なんで、あんなことができるの? ホイミちゃん、怖くないの……?」

「一瞬で動き出す瞬発力。高い跳躍力に、バランス感覚。ここまで見事な身体能力を持っていたのに、なぜ私たちは気付かなかったのでしょうか?」


「……多分、だけど。いつもは恐怖がホイミちゃんを縛ってるんだと思う。だけど今は、違う」


 レインは、固まっていた体が溶けて、上手く動くようになっていくのを感じていた。

 自分たちを助けるために一人で動き出したホイミに、勇気を貰ったのだ。


 ホイミちゃんは何か目的をもって動いている。

 そう感じたレイン。

 何かできることはないか、そう悩んだ末に。


「《アクアヒーリング》。《アクアプロテクション》っ!」


 二つの魔法スキルを使用した。


 彼女が得意とする水属性。

 対象を継続回復させる水球と、一定以下の攻撃を防ぐ障壁。


 レインの持つ魔法の中でも、とっておきであり、それ故に消費MPも多い。

 次の使用にはMPが足りない。

 次はない。



 ホイミには、ドス黒い闇が見えていた。

 闇は一点に収縮し、“黒”を周囲に放射する。

 黒は谷中に広がった後、地面に落ちて、弾ける。


「邪魔っ」


 持っていた杖で、道を塞ぐ骸骨を押しのける。


 一点の闇こそが骸骨を生み出す原因であり、コアであると、ホイミは確信していた。

 世界と同調し、普段は見えないものが見えている。

 直感を通して情報がなだれ込む。


 闇に近付くにつれ、まるでホイミを闇に近付かせたくないかのように、骸骨の数は増える。


 攻撃が掠ることもあったが。

 水の障壁がそれらを弾いた。



 視界が晴れる。

 目の前には真っ黒な瘴気を放つ結晶。


「……やめて」


 ゆっくり、右手で触れる。

 ゾッとするほどの冷たい感情が伝わってくる。


 ――よくも。よくもよくも。死んだ。殺された。殺されたッ! 忌まわしき王メ…ッ!


 年老いた男性から、少女まで。

 数え切れないほどの声が重なり、不快な音となる。


――恨め。恨メッ。ウラメ…ッ! 魔王ヨ、ワタシはオ前を許さナイ……ッ!


「……私は、助けるんだ。もう誰も死なせない」




 パキッ。


 長いようで短い時間の末、結晶は音を立てて割れる。

 強い瘴気を辺りに

 同時に、大量の骸骨たちは、一斉に消滅した。


「あっ……」


 短時間とはいえ、自分の限界を超えた能力を引き出し、長きにわたり恨みを垂れ流し続けていた《怨念結晶》を破壊したことで、ホイミの体力は限界を迎えていた。


 骸骨たちの消滅を確認した後、ホイミはその場に倒れ込んだ。





「――――お~い、ホイミちゃーん? 起きてー」


 声が、聞こえる。

 透明感のある優しい声。


「起きないと逮捕されますよ」

「どんな起こし方なのっ!? ……って、あっ、起きた」


 意識が引き上げられる。


 目の前には、警察帽を被った大柄の男性と、全身青い装備の同年代の女子。

 男性の方は表情豊かではないものの、心配してくれているのが伝わる。

 女子は反対に表情豊かで、声を聞いていると意識がハッキリとしてくる。


「……あれ? ここは?」

「えっとね、あたしたちが骸骨に囲まれたとき、ホイミちゃんがいきなり走って行ったじゃん? それから少しして、急に骸骨が消えたんだよ。それでホイミちゃんが向かった方に行ってみたら、君が倒れていた、って感じ。本当に心配したんだからね!?」

「とにかく無事で安心しました。ホイミさん、体調は大丈夫そうですか?」


 体調。

 扇風機さんに言われ、自分の体を襲う気だるさに気が付く。


 莫大な疲労感。

 立ち上がることさえ、面倒に感じるほどである。

 こんなに疲れるまで、私は何をしていたんだっけ?


 記憶を思い返してみるが、靄が掛かったみたいで、ハッキリとは思い出せない。

 助けなきゃっていう思いが強くなって、闇が見えて。

 後は無我夢中で走って。

 ……私が、闇を壊したのだろうか?


 夢なのか、現実なのか区別がつかない。

 不思議な感覚だ。


「……すみません、少し疲れました。あっでも、動くくらいでしたら大丈夫ですよっ」

「いえ、流石に休みましょう。レインさん、それで大丈夫ですね?」


 もちろん、と元気に返事する青い髪の少女。


「ありがとうございます……」


 私がそう言うと、青髪の少女は右手を私の頭の上にポンっと置き、優しい口調で、


「何言ってるの。ホイミちゃんのおかげで、あたしたちは助かったんだよ? むしろ、感謝したいのはあたしの方だって。ほら、いいから休んでっ!」


 と言った。



 すぐにでもレインさんの友人、ヒメ姫さんを探したかった得れども、仕方なく休んだ。

 しばらくして、私たちは動き出す。


「本当はこのエリアに入ってすぐ、使う予定だったんだけど……ほら、これ。《人探しの鈴》」


 レインさんはクリスタルのような、透き通った鈴を取り出す。

 フレンドを選択することで、同じエリア内にいる限り、そのフレンドプレイヤーのいる方向を示すという、この状況にピッタリのアイテムである。


 かなりの高級品らしいのだが、なんとか購入したとのこと。

 やっぱり、かなり心配だったのだろう。


「んーと、あっちだねっ!」


 鈴の示した方向へ、歩き出す。


「それにしても、凄かったですよ。先程のホイミさんは。人間にはできないような動きを、平然としてました」

「あのときは……なんか、夢中だったんです。まぁ、再現することはできませんがね……」


 褒められると、少し嬉しくなる。

 自分があの状況を壊したんだって実感が湧いてきて。

 嬉しいような、恥ずかしいような。


 しばらく歩くと、レインさんが声を上げる。


「あっ、大分反応が大きくなってる! きっともうすぐだよ!」

「本当ですか!? 良かったですね……!」

「うんっ、二人共、ここまでありがとうっ!」

「お礼なんて大丈夫ですって。私も楽しかったで――」



「――危ないッ!!」


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