第七話 ンガイの幽谷
「初めまして。貴方がレインさんですね。私の名前は扇風機、タンクをしています。よろしくお願い致します」
警察帽を被っているが装備はタンク用の鉄鎧と、違和感のあるファッション。
大柄で頼れるこの男性が、昨日私を助けてくれた扇風機さんだ。
「扇風機さん、いきなり呼んだのに来てくれて、ありがとうございます…!」
「あぁ、ホイミさん。困っている人を助けるのは当然のことなので。と言っても、私もそこまでレベルは高くありませんが」
「いや、それでも心強いですよ!」
いくら、用事がなかったとはいえ。
私だったら怖くてメッセージを拒否してしまったかもしれない。
やっぱり、この人は凄い。
「扇風機さん……ですね。確認しますけれど、あたしの依頼に参加していただけるのですよね? 恐らく、多くの危険が潜んでいると思います。それでも、大丈夫ですか?」
レインさんはまだ不安そうだ。
それに対して扇風機さんは優しく微笑む。
「問題ありません、それも承知の上です」
「ありがとう、ございます……っ!」
それから少し、それぞれのビルドや戦闘スタイルについて話し合ったのち。
「よし、それじゃあ出発しましょう!」
レインさんの一声で私たちは動き始めた。
◆
街の北門を出て真っ直ぐ進み、草原から大森林に入る。
この鬱蒼とした大森林を抜けた先に、《ンガイの幽谷》は存在している。
幸いこの辺りはネクロスさんと何度か来たことがあり、出現するモンスターへの対処法は一通り覚えている。
《
鋼のような鱗に身を包まれた大木であるこのモンスターは、物理攻撃で鱗を砕いた後に、中身の木部分に炎魔法をぶつければ一撃だ。
《
プレイヤーの死角から、毒付きの強力な攻撃を放つモンスター。
しかし私は《エネミーセンサー》という、周辺の敵の居場所を探るスキルを持っているため、それほど脅威とはならない。
「扇風機さん、右っ!」
「了解です」
前衛の扇風機さんに迫る《
だが、まだHPは残っていた。
「追撃、行きますっ! 《ファイア・バレット》っ」
遠くに飛ばされ、一度姿を隠そうとしていた漆黒の蜂に、炎が銃弾のように飛んでいき、貫く。
弱点属性でもある炎を受けて《
少量の経験値とドロップアイテムを獲得した。
「――ふぅ、今ので最後ですかね?」
「えっと、エネミーサーチには……はい、映ってません」
大森林での戦闘は、先程のを含めて四回ほど。
前衛の扇風機さんが敵を引き付け。
私が回復しながら、敵察知などを行い。
隙ができたら、レインさんが魔法でトドメを刺す。
まだ大雑把ではあるものの、大分連携が取れるようになってきた。
「……って言うか、結構前から思ってたんですけど、敬語やめませんか!? いや、年上の扇風機さんには使った方がいいでしょうけれど、ホイミさんは同い年ですよね?」
「敬語をやめる……わ、私は賛成です」
「確かに、少し堅苦しいかもしれませんね。私にも遠慮せず使うのをやめてもらって構いませんよ。私も賛成です」
敬語をやめる、か。
この世界で知り合った人には、ずっと敬語を使っている。
堅苦しいのは確かだが……。
「じゃ、決まりです! 今この瞬間から、敬語はなし! ということで、ドンドン進もう!」
「わ、わかりました!」
「そうですね」
敬語じゃないレインさんは、少し新鮮だ。
でも嫌な感じではないし、むしろその方が自然で、聞いていて心地良い。
「……ちょ、あの、敬語はなしっ!」
「わ、わかりました」
「そうですね」
湿った風が頬を撫でた。
空気が変わっていくのを感じる。
幽谷が近づいているからだろうか。
「――だから! 敬語はなしって言ってるじゃないですか!」
「いやあの、すみません……。変えようとは思っているのですが、どうしても無意識に敬語が……」
「癖ですので」
「あぁもう、わかったって! もうそれでいいよっ! ……あたしは敬語やめるからねっ!」
レインさんは頬をぷくーっと膨らませて、そう言う。
それに対して私と扇風機さんは頷き返した。
第一印象は物静かで真面目な優等生って感じだったけど、案外面白い人なのかもしれない。
それから戦闘は一度もなく。
私たちはついに、レインさんの友人が向かったという《ンガイの幽谷》へと辿り着いた。
「凄い霧……あっ、ここからエリアが変わってますよ!」
このゲームでは、街の外は全てフィールドと呼ばれている。
エリアというのは、このフィールドを細かく区切ったものである。
エリアにはそれぞれに名前があり、《ンガイの幽谷》もその一つというわけだ。
ちなみに、ダンジョンなども一つのエリアとして定められているらしい。
別のエリアに移動すると、移動先のエリア名が視界に表示されるため、気付かないうちに高難易度エリアに移動していたなんてことはないはずである。
「本当ですね。では、私が先頭を進みましょう。お二人は背後に気を付けて」
「はいっ、お願いします…!」
一歩、そのエリアに踏み入れると、一気に視界が霧に覆われる。
薄紫色の気味が悪い霧。
霧は肌に粘りつくようで。
決して寒くはないのに、不思議と寒気がする。
辺りは不気味なほどに静かで、私たちの立てた音でさえ吸い込まれてしまうようだった。
「うぅ、物凄く怖いです……帰りたい……」
「ちょちょちょっ、ホイミちゃん帰ろうとしないで!?」
「だってぇ……」
何しろ、本当に怖いのだ。
お化け屋敷なんかよりもずっと怖い
一体、いつ幽霊がでることか。
「――って、モンスター来てますっ! 位置は……あれ、反応が消えた?」
ふと目を向けた《エネミーセンサー》に、モンスターを示す赤い点が表示されていた。
しかし突如として点は消える。
こんなこと初めてだ。
一体何が――
「ホイミちゃん後ろっ!」
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