第二章 幽谷、覚醒の前兆
第五話 扇風機との遭遇
麗華を失い、ネクロスさんに助けられた日。
あの日から数日が経った。
あれ以来、ネクロスさんは何かと私を気にかけてくれている。
恩返しをしなければいけないのは私の方なのに。
少し不満ではあるが、実際非常にありがたいので何も言えないでいる。
「ホイミ、レベルはどのくらいになったか?」
「えっと……6です。ここ数日でホント一気に上がりました…! ありがとうございます!」
「そうか」
今日はネクロスさんに手伝ってもらい、レベル上げをしていた。
またそれと同時に、戦闘のコツや良い狩場など、ほぼ初心者の私にも丁寧に説明してくれたのだ。
「じゃ、今日はもう帰るぞ。暗くなると視界が悪くなり、敵に気付けなくなる。それに、ネームドなどの強力なモンスターが活動するのも大概は夜だ」
「はい!」
果てしなく続く丘陵を、二人で歩いて行く。
オープンワールドゲームというものを一度だけプレイしたことがあったのだが、今見える光景はまさにそのゲームの中に入り込んでしまったような、そんな美しい光景だった。
空気が美味しい。
どこまでも静かで、緑にいい香りがする。
私はこの大地を歩くたびに、「本当にここはゲームの中なのか?」と疑問に思っていた。
もしかしたら、異世界に来てしまったのではないか。
あるいは、全て夢だとか――
「――おいホイミ、着いたぞ。いつまでもボーっとしてんじゃねえぞ」
「えっあっ、すみませんっ!」
ネクロスさんの掠れたようなハスキー声で、我に返る。
広大な草原の中にポツンと存在する《始まりの街 アッカム》。
街の外周は城壁に囲まれている。
モンスター対策ということなのだろう。
しかしこのゲーム、街は安全地帯として設定されているため、モンスターはどう頑張っても侵入が不可能なのである。
つまり、立派な城壁はただの飾りに近いのだ!
……まあ、城壁が必要になるような場面となると、街で暮らすたくさんのプレイヤーに危機が及ぶから、今の状態が続くのが一番だ。
私たち二人は門をくぐり街内に入る。
そこで解散ということになり、ネクロスさんは行ってしまう。
寂しくもあるが、ずっと縛り付けておくのも悪い。
ネクロスさん以外の仲間が欲しい。
そうは思うが、如何せん私はコミュ障なのだ。
「さてと、どうしよっかな。思ったより早く着いたから、寝る時間までまだ結構あるんだよね」
短く念じ、ウィンドウを出現させる。
ウィンドウ右上に表示されている時計には、「20:53」と表示されていた。
何というか、微妙な時間。
ゆっくりと武器や防具を見るには短すぎる。
「……そうだ!」
私は前から気になっていたレストランがあることを思い出した。
まだ隣に麗華ちゃんがいた頃、偶然見つけたお店。
……いや、きっと今も、現実世界で生きているはず。
この世界でデスするか、ゲームがクリアされたら、解放された私を現実世界で迎えてくれる。
きっとそのはずだ。
私は中央通りから少し逸れ、張り巡らされた小路を進む。
建物で光が遮られるためうす暗く、人気が少ない。
正直、かなり怖い。
二人で通った時はさほど恐怖を感じなかったのに。
しばらく歩くと目的のレストランに到着した。
◆
「ふぅ、美味しかったなあ」
いつもより豪華な夕食を済ませて店から出ると、外はいつの間にか暗くなっていた。静まり返っており、先程よりも不気味に感じる。
早く宿屋へ帰ろう。
焦りからか、足はいつもよりも素早く動く。
――ドタンッ!!
何かにぶつかるような衝撃音。
音と同時に、ふらついた男性プレイヤーが私の前に出てくる。
顔が赤く、お酒の匂いがして臭い。
「あ~クソッ! なにがフィールドボスの居場所を教える、だァ! 上手くギルマスに近付きやがって……。俺の努力が滅茶苦茶だぜェ! あんの情報屋ッ!」
愚痴を呟き、露骨に苛立ちを露わにしている。
感じが悪い。
余程酔っぱらっているのか、まだ私に気付いていないようだし、今のうちに離れよう。
「おい、誰だテメェ……~」
「ひっ……」
ドスのきいた声。
体が震えている。
唐突に両足に錘がつき、離れない。
ダメだ、逃げなきゃ……。
「お…? おォ……? んだこの可愛さっ、ヒヒャ! おい女、ちょっと来いよ! こりゃいいもん見つけた、今日は運がいいぜ。日頃の鬱憤を晴らしてやる」
真っ赤な金魚のような顔が、目の前に迫る。
強い力で腕が握られる。
怖い。
誰か――
「――おいッ、そこのプレイヤー、その子を放しなさいッ!」
現れたのは、警察の帽子を被った、大柄な男性プレイヤー。
意志の強い、ハッキリとした目をしている。
「んだお前ぇ? 俺に指図するんじゃねェぞ!! レベルを見て見ろ、俺は14だ。わかったら大人しく、どっか行け!!」
プレイヤー上部に表示されているタグを確認すると、確かに私を掴んでいるガラの悪いプレイヤーは、Lv15。
現状これほどのレベルに到達しているプレイヤーは少なく、トッププレイヤーと呼ばれる存在だとネクロスさんが言っていた。
あのネクロスさんでさえ、まだLv13なのだ。
それに対して、警察帽子のプレイヤーはどうか。
視線を向けるがレベルは8程度。
街内でもプレイヤー同士で戦闘することは可能であるため、戦いとなれば歯が立たないはず。
それなのに、そのプレイヤーは動かなかった。
「関係ありません。嫌がるプレイヤーを無理やり連れ去ろうとした、貴方は立派な犯罪者です。もう一度言います、早くその手を放しなさいッ」
元から赤かった男性プレイヤーの顔は、頭に血が上り、更に赤くなる。
「いい加減にしろ!! お前程度、俺の敵じゃねえ……ッ! 俺はあの、幻想旅団の幹部だぞ!」
「……実は、先程から映像を撮っています。ほら、貴方の醜態がしっかりと記録されていますよ。これを幻想旅団に送られたくなければ、手を放し、ここから離れなさい」
「なっ……クソッ!」
男性プレイヤーは私を掴んでいた手を乱暴に放し、悪態をつきながら帰って行った。
姿が消えると一気に恐怖が消え、安心感でいっぱいになる。
「あっあの、ありがとうございます」
「いえ、当然のことをしたまでですよ。というか、先程のような手段でしか貴方を助けらず、正直自分が情けないです」
情けないだなんて、私は思っていないのに。
怖くて動けなかった私を助けるため、格上のプレイヤーにも臆せずに挑んだこの人は、凄い。
「そうだ、撮った映像、幻想旅団に送りますか?」
「えっ、あ……いや、大丈夫です。酔っているようでしたし、流石に可愛そうなので」
「ありゃ、そうですか。いや正直私は、あんな悪いプレイヤーを放置しておきたくなかったのですが、被害者である貴方が言うのですから、仕方がないですね」
やり過ぎでは!?
という私の心の声は一旦抑える。
確かにいくら酔っていたにしても、あのプレイヤーは悪かった。
でも、あの人も相当努力した来たのだと思う。
何度も死線をくぐり抜けて。
でなければ、あんなレベルにはなれないだろう。
「……あの、すみません、幻想旅団というのは?」
「ああっと、現状この大陸で最大級のギルドですよ。参加者数も二番目に多く、何より一人一人が強い。最初にフィールドボスを討伐するのは、幻想旅団だと言われています」
なるほど。
だからあのプレイヤーは、あそこまで強かったのか。
「私の名前は扇風機です。もし困ったことがあれば、ぜひ呼んでください」
「えあ……ホ、ホイミです。ありがとうございました……!」
そのプレイヤーとフレンドになった私は、宿屋まで送ってもらい、それからぐっすりと眠ったのだった。
それにしても、「扇風機」なんて変な名前だ。
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