第三話 戦いの報酬

 そこからの戦いは正に死闘だった。


 観察により理解した攻撃を必死に回避し、隙が生まれたら反撃。

 加えて、雷声をまともに受けないために、戦いながら場所を移動し《魔王ハデス》による雑魚モンスターを切らさないようにする。


 これらの攻撃はどれも、避けるのに失敗すれば簡単に死ねる。

 だからこそ集中力を切らすわけにはいかなかった。


「グァァァァアア!!」


 唸り声と共に迸る稲妻。

 だがもう恐れはない。

 「雷声」後ネームドに一瞬、硬直が生まれる。


「“キング”は俺だ――!」


 一閃。

 ネームドのHPバーは完全に消えた。

 張りつめていた集中が、一気に緩む。


 ――ネームドモンスター《“雷声”ザ・ユルルングル・キング》の討伐を確認。プレイヤーネーム《ネクロス》には報酬として《迅雷杖ユルルングル》を譲与します。


 アナウンスが俺を褒め称えているようだった。

 それほどまでの達成感。

 そして予想外の報酬。

 誰も俺を見ていないというのが、また残念でしかたがない。


「いや、一人いたな」


 俺は近くでまだ呆けている、逃げていたプレイヤーへと近寄る。


 ネームドにばかり注目していたせいで分からなかったが、女性プレイヤー、それも高校生くらいのようだ。

 白めの量産品の装備。どちらかと言えば性能は悪い方だが、彼女の容姿には驚くほど合っている。

 少女の顔も可愛らしく、ガラス細工のような儚さがあり、まるで天使のよう。


 この俺が思わず見惚れてしまったのだから、その可愛らしさは余程である。

 キャラクターカスタムで作れるレベルのものではない。

 大袈裟かもしれないが俺はそう思った。


「……なぁ、なぜさっき、俺に逃げろと言った? あの状況で心配するべきなのはお前自身だろう」


 思えば、その言葉が俺を動かしたのかもしれない。

 少女は顔を少し傾け、考えるような仕草をした後、こう言った。


「もう誰にも死んでほしくなかった。あなたが死ぬのが怖かったから、です。……まぁ、いらない心配だったみたいですが」

「そんなことはない。あれは格上だった」

「そうなんですか…? じゃあ、格上に挑んでまで私を……本当に、申し訳ないです」


 なぜ謝る?

 達成感で満たされていた俺の心が、少しだけイラッとした。


「せっかく助けてやったのに、謝るんじゃねえよ」

「あっ、すみません……っ!」

「だから、謝るなって言ってるだろうが!」

「ホントに、すみません……」


 呆れて溜息がこぼれる。


「……別に気にするな。俺が好きで助けたんだ。ああそうだ、今見たことは誰にも言うなよ? ネームドモンスターのことも、俺のことも」

「も、もちろんです……!」


 目の前の少女は、俺に言われてなお情報を言いふらすような性格には見えない。

 自分に自信が無く、他人の言葉に素直。

 そんな人間だと思う。


「じゃ俺は街に帰る。お前もついて来い」

「えっ、いいんですか……?」

「ああ。せっかく助けたのに、ここで死なれちゃ意味がねえからな」

「すみません……」


 本当、何度言っても治らないな。

 ここまでくると、わざとやっているのではとまで思えてきた。


「いいか? 謝るな、感謝しろ。その方が言われた側としても気持ちがいい」

「は、はい! ありがとうございます!」


 少女はその言葉と共に、勢い良くお辞儀をする。

 そして顔を上げた時。

 顔には可愛らしい笑顔が浮かんでいた。


「そうだ。少女、お前の名前はなんだ?」

「えっと……ホイミ、です」


 ホイミか、何ともヒーラーっぽい名前である。

 逆にこの名前でヒーラー以外というのも面白いかもしれない。


「そうか。俺はネクロス。忘れないでくれよ、恩はしっかり返してもらうからな」


 俺とホイミは夜の暗闇の中、街へと歩き出した。





「――キミが人助けなんて珍しいね。どういう風の吹き回しだい?」


 《始まりの街 アッカム》に辿り着いた俺はホイミと別れ、ある人物と会っていた。

 基本ソロの俺にとって、唯一の話し相手。

 それが目の前にいる《ミネ・メメントモリ》である。


 明るい黄緑の髪に、幼さを残した顔つき。

 身長は俺より一回りか二回りも小さい。

 一見幼女とも取れる容姿をしているが、外見と中身は全く一致していないのだ。

 人を見下した目、所々に表れる他人を小馬鹿にした仕草。


「……おい、その情報どこから手に入れた!? ついさっきのことだぞ?」

「ボクは天才情報屋だからね。分からないことなんて無いんだ。ああ、一万リルでも払ってくれたら教えてあげるけど?」

「そんなことに大金を払うほど俺も馬鹿じゃねえっての!」


 ミネの職業は情報屋だ。

 自分でフィールドに出ることはせず、プレイヤーから情報を集めて、その情報をまた別のプレイヤーに売りつける。

 彼女は天才と自称するだけあり、巧みな話術と情報網で幅広い情報を集めている。

 間違いなくプレイヤー内で最も情報を持っているのはミネであろう。


 だからこそ、上位プレイヤーにとっては非常にありがたい存在となっている。

 ――とはいえ性格は悪いため、決して好かれているとは言えないが。


「情報を売りにきた。《ネームドモンスター》についてだ。天才情報屋であるお前なら、当然聞いたことはあるよな?」

「もちろんだよ。さあ早く教えて!」


 俺は先程の出来事を、事細かに説明する。

 加えて報酬で手に入れた武器のことも。


 俺が話し終えると、満足気な表情でミネが口を開く。


「――なるほど。ついに現れたんだね、ネームドモンスター。それにしても、そんな格上の相手を一人で倒しちゃうなんてスゴイじゃないか! 聞いた感じ、上位プレイヤーが集まっても倒すのは厳しかったと思うし。いやぁ、キミに目を付けたボクの勘は正しかったようだね」


 確かに賞賛されたいと思いはしたが。

 何が嬉しくて、コイツに褒められなければいけないのか。


「胡散臭いな。なんか企んでるんじゃねえだろうな」

「ふふ……。どうだろうね?」


 ミネは意味深に笑う。

 思わずゾッとするような、得体の知れないものを感じた。

 改めて、信用はできても信頼はできない人間だと思う。


「特別に、キミにだけ教えてあげるよ――」


 ライトグリーンの髪を持った可愛らしい少女。

 彼女は俺の耳元で、悍ましい企みの一部を語った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る