第二話 格上との死闘

 ――“雷声”ザ・ユルルングル・キング Lv27


「んだよ、このレベルの高さ……。こんなの序盤に出ていい敵じゃねえだろ」


 通常、一人で倒せるモンスターは「自分のレベル-2」である。

 このゲームにおいて、1レベルの差は大きい。

 それだけでステータスが大きく変化するだけでなく、スキルもより強いものを取得できる。


 確か、現状最大レベルのプレイヤーですらLv14。

 今の俺にとって倒せる相手ではない、ということは明白であった。


「……てかコイツ、ネームドモンスターか」


 ネームドモンスター――二つ名を持つモンスターであり、非常に強力。

 公式サイトにそう記載されていたことを辛うじて覚えている。

 しかしこの一週間、一度も目撃されることはなかった。


 ……さて、逃げるか。

 命が掛かっている中で未知数の相手に挑むほど俺は馬鹿ではない。

 他人と自分を天秤にかければ、自分を選ぶ。

 俺はそういう人間なのだ。


 ターゲットが自分に移る前にこの場から離れよう、そう考えネームドモンスターに背中を向ける――


「そっ、そこの人、逃げてください……! 私は大丈夫……あっ」


 視界の端で、逃げていたプレイヤーが転んだ。

 ネームドは攻撃を仕掛ける。



 ――瞬間、俺はネームドの攻撃を剣で弾いていた。


「なにやってんだよ、俺」


 操られたかのように、体が無意識に動いていた。

 意味が分からない。

 生きるか死ぬかの戦いを仮に勝ったとしても、報酬は一人のプレイヤーの命。

 合理性の欠片もない選択だ。


「……なんで?」

「知るかよ」


 俺の背後で放心状態だったプレイヤーの呟きに、素っ気なく答えた。



 目の前の強敵から、逃げられるか?

 答えは否である。


 ゲームの仕様上いくらステータスが上昇しても移動速度は変化しないため、結局追いつかれる。

 街までまだかなりの距離があり、助けを呼べるような《フレンド》も俺には居ない。

 俺のビルドは剣術、攻撃魔法、索敵系を取った一人完結型。

 それ故に状態異常スキルは所持しておらず、今から取得できる範囲の状態異常スキルでは格上であるネームドに効果はない。


 つまり俺が生き延びるためには、コイツを倒すしかないのだ。


「下がってろ。俺がぶっ殺すやる


 地面を強く蹴り、一気に飛び出す。

 狙うはネームドの目。

 風の中を抜け、ネームドの尻尾で払う攻撃を軽く飛び回避、そのまま《スカイジャンプ》で大きく跳ね――


「潰れろ」


 剣を片目に突き刺そうとした瞬間、ネームドは声を荒らげる。

 その声に応えるように激しい稲妻が俺を貫いた。

 耳を裂く轟音と、痛覚を鈍くしているのに感じる焼けるような痛み。

 頭が真っ白になる。


「……ッ、クソ」


 何が起こった。

 未だに混乱する頭を落ち着けさせ、脳内を整理していく。


 思い出したのはネームドの二つ名。

 確か「雷声」だったか。

 今の攻撃を見る限り、唸り声を上げることで雷を操るスキルを持っていると考えるべきか。

 二つ名となるだけあり、強力なスキルだ。


 だが、なぜ今まで使わなかった?

 もっと早く使用していれば逃げているプレイヤーも殺せたはずだ。

 MP消費が激しいため危機が迫った時のみ使う。

 効果範囲が極端に狭い。

 どちらもありえる。


 自分のHPバーを見る。

 満タンだった俺のHPは、先程の雷で六割ほど削れてしまった。


「次はねえな」


 先程の考察を信じ、俺は一旦距離を取る。

 あいにく弓などは使えないため、牽制は魔法だ。

 俺が所持しているのは火魔法と水魔法、雷には水が効きそうというイメージから俺は水魔法を使用する。


「《アクアショット》」


 水が集まり矢のように放たれる。

 ネームドに命中こそしたものの、大したダメージにはなっていなかった。


 魔法じゃダメだ。

 俺は魔法特化ではないため威力の高い魔法を扱えないし、連発したらすぐにMPが枯渇する。

 俺に残されたのは近距離戦、だがそれも的確に弱点を突かなければ大ダメージは与えられない。

 「雷声」の弱点もわからない。


 手札がない。

 ――いや、一つあるな。


 俺は逃げていたプレイヤーの方に視線を向ける。

 恐怖で動けなかったのか、まだ俺を見える場所にいる。

 本当は見られたくなかったのだが、四の五の言っていられる状況でもない。


「――俺に利用されろ。死者か生者かなんて関係ない、お前らは俺の勝利のために生まれて来たんだッ! 《魔王ハデス》ッ!」


 《魔王ハデス》。

 それが俺のユニークスキル。

 周辺で死亡したモンスターをステータス30%の状態で復活させ、俺の支配下にする。行動全てを俺が操作することが可能となる。


 ここは昼間はプレイヤーのいる狩場であるため、そこに眠るモンスターも多い。

 スキル発動後、すぐに数多くの光が出現し、その中からモンスターが現れる。


「行け」


 その一言で、復活したモンスターたちはゾンビのようにネームドへ向かって行く。

 だが所詮はステータスの下がった雑魚モンスター、大したダメージは入らず、次々と消えていく。


「そうだ、それでいい。時間を稼げ」


 時間は限られている。

 頭を全力で働かせろ!


 普段よりも遅く感じる時間の中、ネームドの攻撃を一つ一つ丁寧に観察していく。

 すると、攻撃後の隙や攻撃パターンなど。

 避けながらではわからなかったことが段々と見えてくる。


 だがそれだけでは足りない。

 それだけではあの「雷声」を突破できない。


「目を狙え」


 鳥型のモンスターが一直線に目へと飛び込む。

 その瞬間。


 空気を揺らすような唸り声。

 激しい閃光が辺りを撃つ。

 光は凄まじい速度で迫り、俺を飲み込む。

 攻撃範囲広すぎだろと愚痴の様に思いながら、目をゆっくりと閉じた。


 ――だが、いつまで経っても死は訪れない。

 目を開くと、先程と何ら変わらない戦場が広がっている。

 俺の命令に従い攻撃を続けるモンスターたちと、それを払いのけるネームド。


 どういうことだ?

 俺は素早く状況を確認する。

 そして。


「なるほど、わかったぞ。雷声の弱点」


 俺のHPは雷を受けたというのに、1%も削れていない。

 それは他のモンスターも同様だった。

 全員、同じ程度のダメージを受けている。

 つまり、雷声は「対象を指定することができない」のだ。

 周囲の生物全員が、攻撃の対象となる。

 そして恐らく、周囲の生物の数が増えることにより攻撃対象が増え、結果一人に対するダメージは大きく減少する。


「――勝てる」

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