悪役令嬢として断罪されたらソシャゲの戦闘部隊が乱入してきました

斗南

悪役令嬢として断罪されたらソシャゲの戦闘部隊が乱入してきました

「私、デュドリグ=リュシモンはオト・メ・ゲール王国第一王子として告発する! この女は金輪際私の婚約者でも何でもない! この女は魔女だ!」


なんか酷いネーミングセンスだけど、とりあえず私が異世界転生し、前世で遊んでいたゆるーい同人乙女ゲー世界なんだなってことは一発で分かった。説明的な台詞をありがとう王子様。


金髪ウェーブのスッキリとしたショートヘアに切れ長の青い瞳の高貴な顔立ちはいかにも白馬の王子様。王族は学園内でも特別に帯刀を許されていて、腰に剣を差している。


それはもう、立派な剣だ。王太子しか帯刀を許されない聖剣。


その半分後ろに隠れるようにして、大体の人は可愛いなと思うけど美人過ぎない、万人受けする容姿の女の子が寄り添ってる。


これがヒロインね。確か名前はアリス=キャロット。ウサギが大好きでマスコットやぬいぐるみを集めているって設定だったはず。


場所は……講堂? 礼拝堂? 王子&ヒロインと私が向かい合っていて、二人の後ろには同じ制服を着た生徒たちがずらりと並んで蔑みや恐れ、怒りの視線を投げつけてきている。


「お前はここにいるアリスが平民というだけで徹底的な差別をし、周囲にもそれを強要して執拗な嫌がらせ行為を続けた。それだけでも許しがたいのに、邪悪な儀式の生贄にしようとしたそうではないか!」


ああこれ、断罪イベントなのね。ヒロインをいじめた罪で、大勢の前で悪役令嬢の悪事が暴かれるシーン。


…ってことは。



私は、悪役令嬢だというのかッ!?



ちなみに原作では、悪魔召喚の儀式をやったのは別のオカルトマニアの生徒・ジェランナです。どこにいるかと探してみれば、ヒーローヒロインに割と近いところにいた。


確か召喚イベントって儀式の最中にうっかりアリスが迷い込んじゃって、モブが精神錯乱を起こしたのをアリスが持つ聖なる癒しの魔力で落ち着かせた……って話じゃなかったっけ。


私、関係ない。なんで私がやったことになってんの? しかも生贄って何?



「魔女だ!」

「この国では三百年も前に撲滅した病原菌が復活した!」

「邪悪は火あぶりだ!!」

「火刑に処せ!」


口々に上がる叫びに、さすがに血の気が引いていくのが分かった。


「悪魔の召喚を行ったのはそこにいるジェランナです! アリスだって見ていますわ。精神錯乱を起こした女生徒を癒しの魔力で正気に戻したのはアリスですもの。そうでしたわよね、アリス」


何で知ってる!? って顔も当然ね。私がプレイヤーだなんて、登場キャラクターであるあなたには思いもつかないことでしょう。


「知りません! デュド様ぁ、アリスは何も見てません!」


「この悪女め、ジェランナに罪をなすりつける気だな! しかしそうはいかないぞ。お前はジェランナの情報収集能力に目をつけ、権力を笠に着て悪魔崇拝のための調べ物をさせていたのだろう? そのことを知ったアリスの説得に応じて、彼女はすべてを私に告発したのだ」


これは本当の意味での魔女裁判だ。魔女と疑いをかけられたが最後、助からない人類史の汚点。……そんなもんまでリアルにゲームで再現するなっつーの!


待って、確か悪魔召喚に失敗してボヤを起こしたジェランナをアリスが危険も顧みず助けて、友達になるシーンがあったっけ。


悪魔召喚は試しただけで大罪だ。


……なるほど、お友達の罪を私におっかぶせようって魂胆ね。たいした友情ですこと。


「違いますわ!」

「証拠があるのか?」

「……!」


ジェランナが悪魔崇拝をしていた証拠なんてとっくに隠滅済だろう。


「言い逃れはできないぞ」


王子は勝ち誇ったように言い、ボディガードたちが私を取り囲んだ。今まで王子の部下は婚約者として私にも礼儀正しく接してきたのにもはやその気配は欠片もなくて、明らかに罪人への対応。


そのうちの一人が無遠慮に、そして乱暴に腕を取ろうとした瞬間だった。



「斬り捨て御免っ!」


「ぎゃあっ!?」

「ぐっ!」


キラリと鋭い光が一閃したかと思うと、屈強な男たちがくぐもった悲鳴を上げてバタバタと倒れた。一瞬の出来事。


続いてひらひらと舞い散る……この世界にはない、ピンク色の花弁。なぜか和太鼓と笛のBGMまで流れ始めた。


「……安心して、峰打ちだよ。声をかけただけで止まる状況とは思えなかったもんでね」


今まで確かに誰もいなかった空間から黒髪の青年が現れ、ボディガードを一瞬で床に這いつくばらせていたのだ。


この国にも黒髪はいるが、それとは違う漆黒の髪を後ろでひとつに結び、全体的にゆったりとしたシルエットのズボンとジャケットを――つまり羽織袴のイケメン侍が唐突に登場した。


腰にはもちろん日本刀。


私、この人を知ってる。


「宇喜多さん……?」


「そう。壱番隊隊長、宇喜多俊介だよ。僕たちのことを忘れたわけじゃなかったんだね、局長さん」


あああああああ! どれだけログインしてないんだろ、私!


乙女ゲーに夢中になって放置してた、新選組をモチーフにした和風ファンタジーソシャゲのキャラだ!


幕末、今度こそ幕府転覆を果たすべく魔界転生した由井小雪と、人知れず組織された退魔新選組が戦うという代物である。


羽織はあのだんだら模様です! 黒と赤だけど!


「あんたにいなくなられては困る。無責任すぎないか?」

「なーんて、樋高くんが一番心配して探し回ってたんだよ。隊長権限振りかざして、二番隊の隊員まで総動員してさあ」

「……余計なことを言うな、宇喜多」


続いて赤茶けた髪の青年がどこからともなく現れる。小柄だが目つきが鋭く、周囲を一瞥し首謀者と目される王子を睨みつけると隣のアリスが「ひっ!」と悲鳴を上げて腰を抜かした。ニンジャがいる世界ならしめやかに失禁していたかもしれない。


「局長、このようなところにおられましたか。十番隊隊長、門脇泉介、馳せ参じました」


「主はん、拙者たちを放っておいて、こなところで何をしていんす。役付きではありんせんが、裏里も御前に」


続いて半裸と言えるほど着物の胸元をはだけた大男が抜身の槍を持って出てきて、とどめに花魁も真っ青のド派手な着流しの肩に羽織を引っ掛けたとにかく目立ちィなイケメンが優雅に名乗りを上げる。


どちらも身の丈七尺の大男だ。七尺は二メートルちょいだけど、ちょっと盛ってて190㎝中盤というところ。ちなみに裏里はこっぽり込みで。


そしてさらに、硬直して口をパクパクさせている王子の前に躍り出る黒い影!


「……」


ハイライトがない目が陰気な精錬痩躯の少年は王子の前に無言で数秒立つといつの間にか抜いていた短刀を微かな音を立てて鞘に戻し、次の瞬間には私の脇に控えていた。


もうどこからどう見ても暗殺要員である。


「っ……!」


その気なら頸動脈を掻き切るか心臓を一突きか、王子の命は確実になかった。


さすがに乙女ゲーの攻略対象、アリスのように腰を抜かしこそしなかったが息を飲んで真っ青になる。驚いたろうなあ。


私だって驚いた。五人ユニット全員来た。



乙女ゲームの攻略キャラたちに勝るとも劣らない美貌のキャラクターたちが、ずらりと私を庇う立ち位置に揃い踏み。一歩前に出たのは宇喜多さんだ。


「突然乱入した非礼は詫びよう。この女性は僕たちが保護させてもらう。我々は異国で治安維持のために組織された特殊戦闘部隊で、彼女は局長――指揮官だ」


凄い、嘘は言ってない。


「と、特殊戦闘部隊……!?」


王子はあっけに取られてるけれど、がっつり武装した彼らを見てそれが本当だということはすぐに理解したみたい。


「……ッ、突然現れた者どもの言うことなど信じられるものか! この女は我が国で罪を犯した。犯罪者がみすみす他国へと逃亡すること、これを第一王子として看過するわけにはいか……」


「おい、こいつから殺していいのか」


至極自然に面倒くさそうに、暗殺者が顎をしゃくる。小さなボソボソ声だったけれど妙に通って、鞘に手を添えて呟くだけで王子の演説はピタリと止まった。


私の目の前じゃなければ、この人は口を開きもせず一刀のもとに王子の首を飛ばしていた。それは断言できる。そしてそれは、殺意を向けられた王子自身が一番に感じたはず。


「駄目です」


周囲がしんと静まり返る中、私の声がなんと凛と響くこと。


誰も口を開かない。動きもしない。本当は逃げたいんだろうけれど、動いたが最後斬られるかもしれない。平和ボケした学生たちにも、本当に毎日命のやり取りをしている連中の匂いみたいなものは伝わるんだ。


「それでは王太子殿下に申し上げる! 貴殿は我らが局長の言い分に聞く耳を持たず、司法を待たずに大勢の前で罪人と辱めた。我々は誇りを傷つけられることを最も恥とする民族。その侮辱、到底許せるものではない!」


講堂を揺るがすような大音声で朗々と声を張り上げた門脇が一転、私に向き直って膝を折った。


「局長、腰のものを見れば王太子も武人である様子。あなたの名誉を傷つけたこの者との一騎討ちを、どうぞ門脇にお命じください。必ずや討ち果たしてご覧に入れましょう」


「槍とは卑怯だぞ!」


王子の声は威厳もへったくれもなく裏返ってて、ほとんど悲鳴だ。そりゃあ門脇の方が頭一つ分背丈は高いし、体格だってボディガードたちより一回りゴツい。それでなくても剣で槍に勝つには三倍の技量がいるって聞くもんねえ。


「では殿下は加勢を頼めばよろしい。何人束になってかかってこられようと、一騎当千の門脇泉介……」


「まあまあ、お待ちよォ」


この場にいる全員だって相手にしようって勢いの門脇を窘めるというには艶やかな口調で遮って一歩前に出た男花魁は、白い手袋を左手で弄んでいた。舶来のレースでオーダーしたお気に入りだ。


「此処に掲げるは拙者の得物、和泉守兼定、名刀・止水の打刀でござりんす。逸品ものとお見受けする王子様のお腰のものと寸法に大差はありんせん。これなら否やは言うまいねェ?」


腰に差した日本刀と王子のロングソードと目測で見比べ、しなを作って見得を切り手袋を持った手を振りかぶる。


「こちの国じゃ一騎討ちは決闘とおっしゃるのでありんしたぇ。手袋を投げつけるのがお作法で、申し込まれたら断りんせん。よござんすね?」


「待て裏里。槍を卑怯と言うなら得物の条件を揃えるのが流儀なのだろう。ならばさらに口を挟まれないよう体格も揃える方が無難だ。俺か宇喜多が行く」


「もう、折角見得を切ったのに、樋高はんはいつも野暮でありんすぇ」


こういうとき、本当にこいつらとにかく戦いたい生き物なんだなあって実感するわ……


「けっ、決闘が認められるのは、双方ともに貴族の場合のみだ! どこの誰とも分からぬ者の申し込みは認められないし、受けなくても恥にはならない」



一瞬で、空気が変わった。




侮蔑や哀れみ、絶望を帯びたサムライたちの――魂だけは誰よりも武士でありながら侍に手の届かない男たちの視線が、一斉に王子に突き刺さる。


「な……なんだ、その目は……!」


貴族、つまりは武士階級に生まれ、そればかりか王家の名剣を持っていながら怖気づいて振るおうとしない男に対する様々な感情は、そうでない人間が注がれるには耐え切れないものだろう。……異質すぎて。



抜くまでもなく、勝敗は決している。


沈黙が十分に続き、彼我の戦力差が乙女ゲー陣営の胸に耐え難い恐怖として浸透したあたりで宇喜多さんが口を開いた。


「王子様、こうしませんか? 我々はあなたに百の人命をお返し申し上げる。代わりに局長をこちらに返していただきたい」


「百の人命だと……?」


「そう。ここに集う人々の数はあなた含めてざっと百。これからなくなる予定のその命を、お返し申し上げると言ってるんです」


笑顔の脅迫だった。


「回りくどいでありんすなあ、宇喜多はん。局長を返さねえなら皆殺しだと、はっきり言ってやっておくんなんし」


「それだと王子様の顔が潰れるでしょ。偉い人に恥をかかせると面倒なんだよ」


王子に聞こえるように言う台詞ではない。


「ひぃっ……嫌だぁ、死にたくない! 助けてください殿下!」

「そ、そうです! 私たち、戦ったことなんかありません!」


さっきまで口々に私を殺せって言ってた連中。だけど今はその身勝手さが好都合だ。これで王子は、民を守護するために苦渋の決断をしたという大義名分が立つ。


もう一押ししてやるか。


「殿下。わたくしも、自分の部下に虐殺の不名誉を負わせたくはありません。ましてここにいるのは最愛の殿下と、今まで同じ学園で学んだ皆さん。どうか名誉あるご決断をお願いします」


へりくだったつもりだけど、これも脅迫……だよね、ゴメン、王子。本当に最推しだったんだけどなあ。


「わたくしは断じて魔女ではありません。ですが婚約破棄は受け入れます、どうぞ追放してくださいな。これでよろしくて?」


「くっ……民の命には代えられん。二度とこの国の地を踏むこと許さぬ!」


「ありがとうございます」



個人的な感情で教会とも縁続きの侯爵家との婚約を破棄した愚かな王子と、宮廷社会も学校のように可愛くて性格が良ければ皆分かってくれるはず、受け入れられるはずと信じて疑わないもの知らずの女の子の行く末を見てみたい野次馬根性はあるけれど。



ここに私の居場所はないみたい。


振り向けば隊士たちが跪いていた。



「長いこと留守にしてごめんなさい。屯所には帰れるんですか?」

「大丈夫だよ。皆待ってる」


「そういうことですわ。もうお会いすることもないでしょう。御機嫌よう」


ドレスではないから大分丈は足りないけれど、スカートの両端を持って生涯で一番優雅なお辞儀をすると目の前が眩い光に包まれた。




すべてが変わっていく。


豪奢な縦ロールは黒髪のポニーテールに。


贅を尽くしたドレスは質素な着物とだんだらの羽織に。


恋とイベントに彩られた華やかな学園生活から、陰謀渦巻き血しぶきが飛び散る激動の幕末に。



「取り戻した……もう離さない」



誰のものだか分からない腕にしっかりと抱き締められ、私の意識は白い闇にとけていった。


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