「サンタが如く」その⑦

          7


 景虎がいつものように教会へ行くと、神父は昨夜の吹雪によって積もった正門の雪をせっせとスコップで掻いていた。

 

「おう、精が出ますな」

 

景虎が声をかけると神父は困った様に笑い返してくれた。

 

「まったくです。たった一晩でここまで雪が積もってしまうとは。駅前では雪でタイヤの捕まった車が立ち往生して大渋滞しておりましたよ」

 

「ああ、駅前の渋滞なら見てきたよ。数百メートルくらいしかない一本道であんなに渋滞するなら、人類はまだ雪に勝てないって事だな」

 

それはつまり吹雪と共にやってくるクネヒト・ループレヒトにも苦戦するだろうという事にもなる。

 景虎はそう思いながら正門に立てかけてあるもう一本のスコップを手に取り、雪を掻いた。

 

「手伝うよ」

 

「ありがとう。二日続けて申し訳ないです」

 

 二人で黙々と雪を掻いている時、神父はある事に気がついた。景虎の様子が昨日までとは違った。ある種の「憑き物」が取れたような、そんな穏やかな雰囲気に包まれていると感じたのだった。神父は少し迷ったが景虎に聞いてみる事にした。

 

「何かあった様ですね。まるで今日を楽しみにしているようだ。そして、頼み事があってここへ来たのではないですか?」

 

景虎はスコップで雪を掻く手を一度止め、きょとんとしている神父を見た。

 

「お見通しか。そうだよ、頼み事だ。昨日言ってた『クリスマスミサ』ってのに参加させてほしい。雪も止んだし、俺も祝ってみたいんだ。特別な日ってやつを」

 

「もちろん構いませんよ。あなたの真意がどこにあってもね。訪れる者を拒む事はありません」

 

「じゃあ人集めていいかな。どうせなら盛大にやろうぜ、歌とか歌ってさ」

 

          


          


          ◯

 十二月二十四日、八咫超常現象研究所では研究所メンバーと今回の依頼主トナカイの少年キッド、そして超常現象専門医ノザワを加え、面々はクリスマスを無事に乗り切るための作戦会議をしていた。全員、応接用ソファに座り意見を出し合っている。

 

 今から数時間後には空飛ぶそりに乗り、神奈川県中に「魔法の金貨」を配らないとこの街に幸福は訪れない。

 しかし、その役目を担うはずのサンタクロースは姿を消した。さらには無差別に『お仕置き』をして人間を不幸にしようとするクネヒト・ループレヒトが街に潜伏している。状況は良くない。かなり逆境に立たされていると思われた。

 だが、それを踏まえた上で八咫超常現象研究所は依頼内容を更新した。キッドに協力し、サンタクロースの代わりに空を飛び、プレゼントを配るのだ。

 

「私たちの目的は、今夜中に『魔法の金貨』を神奈川県中の良い子の家へ届ける事。これはどんな状況でも変わらないわ」

 

咲耶はノザワの用意した薬で少し病状が緩和していた。だが、それは『サンタ風邪』の原因たるクネヒトが隠れているからに他ならない。今夜またクネヒトが街に現れれば咲耶のサンタ風邪は再び悪化してしまう。

 

「私は多分、今夜は役立たずだから今のうちにやれる事をやっておきます。何でも言ってね」

 

咲耶の言葉に紫苑はうなづくと、神奈川県全域の地図をガラステーブルに広げた。そこに赤いペンで数カ所に◯が付けてある。

 

「たった一晩で神奈川県全ての地域にプレゼントを配る。これはまさに奇跡です。さらにはクネヒト・ループレヒトの妨害も予想されます」

 

 クネヒト・ループレヒトが狙っているのはサンタクロースとプレゼントだ。しかし昨晩、紫苑とトナカイのキッドは襲われたが、本物のサンタクロースは襲われなかった。これは予想するに、クネヒトは「魔法の金貨を配る意思があるかどうか」を判断しているのではないか。

 

 クネヒト・ループレヒトはクリスマスと魔法の金貨を憎んでいる。金貨の魔法でもたらされる『幸福』こそが、力に溺れ『災い』や『不幸』の化身となってしまった彼の存在そのものを否定するからだ。さらに、金貨が配り終われば『幸福の魔法』によってクネヒトは手出しが出来なくなってしまう。

 

「おそらく奴はクリスマスが大嫌いで無茶苦茶にしたいんだろうぜ。奴と戦った時、俺はクリスマスに対する憎しみとか恨みとか、そういう感情に触れたんだ」

 

景虎がクネヒトの頭を殴り飛ばした時、物凄い悪寒が景虎の全身に走った。そして次の瞬間には、クリスマスに対する『憎しみ』の感情が流れてきたのだった。

 

「これは俺の想像だが、奴はクリスマスを憎んでいる。だから奴が撒いてる『サンタ風邪』にかかるとイライラしたり、身体が弱ったりするんだろう。憎しみは人を殺す。俺も体験したから分かるんだ」

 

「説得力が違うわね、まあ私も今そのせいで死にかけてるからよく分かるわ。サンタを信じないとかかる風邪……。私は自分を夢のある大人だと思ってたのにショックだわ。──でもとにかく、私たちが魔法の金貨を配るなら奴はまず間違いなくそれを邪魔しにくるって事ね」

 

咲耶が咳き込みながら話すので紫苑は背中を撫でてやった。そして話の続きを引き取った。

 

「訂正します、まず間違いなくクネヒト・ループレヒトは妨害に来るでしょう。ですが猶予はあるのです」

 

「サンタとクネヒト。奴らの魔法は基本的に夜しか効果がないんだ。『聖夜の奇跡』だから当然さね。だからサンタは日の出ている内ははただのじいさんだし、クネヒトも実体になれずこちらに手は出せない。長年、サンタの体調管理をしている主治医の私が言うんだ、間違いない。現に今もクネヒトの奴は襲いにこないだろ?」

 

紫苑の言葉にはノザワが補足を入れた。

 サンタとクネヒトの魔法の極意は「聖夜の奇跡」。今はまだ昼頃なのでクネヒトは何もできない。だが同時に、こちらもその隙にプレゼントを配るなどの事はできない。「魔法の金貨」はサンタの魔法であり空飛ぶそりも同じだった。つまり昼間は効力を発揮できない。

 

「なので昼間に動けないのは私たちも同じなのです。しかしクネヒトと違い、我々は昼間もプレゼントを配る以外の活動はでき準備が出来ます。これは大きなアドバンテージです。では話を戻します。咲耶さんにはこの地図を使って私たちが空を飛ぶのに最も効率の良い最短ルートを算出してほしいのです」

 

紫苑は言いながら赤の油性ペンを咲耶に手渡した。すると今度はキッドが地図の赤い◯を指差しながら説明する。

 

「空飛ぶそりは、分かりやすく言うと空間をワープできるんだ。ただ飛ぶだけじゃとても間に合わないからね。だから神奈川県中の全ての地域を一晩で回れるんだよ。それでこの赤◯は俺たちが普段ワープしてる地点。ここから更にルートを最適化させてかつ、クネヒトの野郎を攪乱させられれば最高だよ」

 

「私は測量士じゃないのよ」

 

咲耶は苦笑いでそう言ったが、やる気は満ちていた。

 

「ワープ地点は慣れているから動かさない方が良いでしょう。なので咲耶さんにはワープ地点までのルートとプレゼント魔法の金貨を配る順番を決めて頂きます。本番では電話でそのナビゲートをノザワさんにお願いします」

 

紫苑が地図を見ながらはきはきと喋るのをじっと咲耶は見つめていた。その時ふと、紫苑が顔を上げると咲耶と目が合う。

 

「なんでしょう……?」

 

「私の事を所長さん、じゃなくて咲耶さんって呼んでくれるのね」

 

「そ、それは今はあまり関係のない事です、話を戻しますね!」

 

紫苑は照れた様に眼鏡を掛け直した。

 

 後はサンタクロースの存在が問題だった。邪魔をされる心配は恐らくない。彼は「中立」の立場を一貫している。だがサンタクロースとしての仕事を放棄した彼は、放っておけば存在意義が消失し、彼自身も消えてしまう筈だった。

 それに対して景虎は言った。

 

「サンタを信じよう。キッドと紫苑がクネヒトに襲われた時、最初に駆けつけたのはサンタだった。サンタは多分、まだ人間の事を完全に見放してはいないと思う。サンタさんはクリスマスにきっと来る。俺たちだけはそう信じていよう」

 

「そうだね、サンタ師匠がいつ帰ってきても良い様に、俺がしっかり仕事をするよ。サンタクロースは信じる者がいる限り永久に不滅なんだ!」

 

キッドは本当に強い。景虎は思った。人間を恨んでも仕方ない立場なのに、それでも尚、人間の為に尽くそうとしている。

 キッドのためにも絶対にこの作戦は失敗できない。八咫超常現象研究所メンバーはこの後も作戦を可能な限り詳細に詰めた。しかし、時間も限られている。後は時の運とクネヒトとの対決次第だ。

 咲耶は気怠い身体に鞭を打ち、堂々と胸を張って作戦の開始を宣言するのだった。

 

「良いわね、私たちは今夜サンタが如く空を駆け人々にプレゼントを配る。それぞれ仕込みはよろしく頼むわよ。それでは、行動開始!」

 

 咲耶の掛け声で各々は今夜に向けての準備に取り掛かるのだった。

            

          


          


          ◯

 景虎は教会にやってきていた。今夜のクリスマスミサの準備がある為だ。

 

「お兄、今度は何を企んでるの?」

 

景虎の妹、明里あかりは呆れた様に景虎へ詰め寄った。景虎は頭を掻きながら興味もなさそうに答える。

 

「子供たちの笑顔を守る活動だよ」

 

明里は凰船にある小さな孤児院で職員をしていた。孤児院を経営する中年の夫婦と明里の三人で切り盛りし、子供たちは三十人ほど在籍している。そこに景虎が今朝突然、電話したのだった。

 

「お前のとこさ、クリスマスミサとかやってみない?」

 

その一言で明里は興味が湧いていた。だが経営する夫婦が首を立てに振らなければ意味がない。しかし夫婦は予想に反して「素敵だね」とあっさり許可を出した。

 そうして明里の務める孤児院「おひさま園」はこの教会にやってきていた。

 後は元々参加する予定だった信者たちと、景虎が呼んだ商店街の方々。彼らは皆クリスマスを楽しみにしていて、

 

「本当はもっとサンタ好きを集められれば良かったんだけどな」

 

「だから何を企んでるの」

 

クネヒト・ループレヒトの弱点は『サンタクロースを信じる心』。景虎は少しでもクネヒトを弱体化させる為にクリスマスを盛り上げる作戦に出た。反対にサンタクロースはクリスマスが盛り上がれば力になるはず。彼の力の源も『サンタクロースを信じる心』だからだ。

 

 景虎はクリスマスミサの準備をする神父と明里たちにことわり、一度教会を出た。駅前でビラ配りをする為だ。そのチラシは咲耶がPCであっという間に作成してしまい、教会に行く前に景虎がコンビニで印刷してきたものだ。五百枚も印刷したので流石に一度に印刷するにはコンビニ店員に睨まれてしまい、三件もコンビニをする羽目になった。

 

『クリスマスは家族で過ごそう、サンタクロースが聖夜の奇跡を起こします』

 

ポップ調で明るいフォントとフリーイラストで彩られたそのカラフルなチラシは何だか怪しい宗教広告みたいだったがそれで構わない。

 

 この街の人々に「今日はクリスマスなんだ」と再認識させる事が出来れば良い。帰りにケーキやプレゼントを買って帰る者もいるだろう。独り身でもクリスマスチキンくらいは買うかも知れない。子供たちは今夜のサンタクロースのプレゼントをきっと楽しみにしている。そうやって皆がクリスマスを楽しめば、クネヒトは弱りサンタは強くなる。この程度じゃ微々たるモノかもしれないが何もしないよりはマシだ。

 

「見てろよサンタ、あんたがどれだけ必要とされてるか思い知らせてやる」

 

景虎はそんな事を思いながら駅の方へ向かった。

 




────その⑧へ続く

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