「狸の嫁入り」その②

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 その青年は応接用ソファに座るなり、開口一番に言った。

 

「ある結婚式を破壊してほしいのです」

       

 この依頼人の青年の向かい側ソファには咲耶と景虎が座って話を聞き、紫苑が台所でお茶の用意をしている。いつもの光景だ。

 青年はというと、茶色の髪を目元まで伸ばし、毛量も相まって「モッサリ」している。中肉中背、顔や声の雰囲気で景虎と同じ二十代半ばほどではないかと思われた。何だか全体的に野暮ったい印象だ。そう思いつつも顔には出さず、咲耶は聞いてみた。

 

「それは随分と物騒な依頼ですね。〝破壊〟、と言いますと?」


咲耶は泣き腫らした顔を化粧で隠していた。だが、違和感が少しあるのか、青年はじっと咲耶の顔を見ながら答える。

 

「失礼、破壊というのは大袈裟でした。〝阻止〟というのが適切ですね。詳しく話します」

 

青年は名乗りもせずに、自分の依頼の話を始めた。

 ────。




  この凰船の街には古くから「凰船観音寺おうふなかんのんじ」という寺がある。その寺には「凰船観音」という巨大な観音像があって、寺のある山から、顔と肩までその胸像を覗かせ凰船の街を見守っていた。

 その観音像自体は何年もかけ、紆余曲折を経て昭和後期に完成された。しかし、寺のある山と、寺そのものは古くからあり、観音像も小さい物があったとされる。青年の家は、その観音寺に代々住む一族だという。神主か山の地主なのかな、と景虎は想像した。

 そして、その青年の家族と昔馴染みの「源氏山」という一家が、凰船駅の隣、北金倉駅と金倉駅の間にある源氏山公園の辺りに住んでいるのだという。その山はハイキングコースになっており、源頼朝像があったり、お金を洗い清める神社があったりと有名な観光スポットだった。

 

「その家族は源氏山って苗字なんですか? 古風で名門っぽいっすね」

 

景虎は興味本位で聞いてみた。源氏山公園に住む、「源氏山げんじやまさん」だなんて偶然だろうか。やはり源氏山家も地主なのではないか。だとしたら、幕府を築いた所謂、「源氏」の家系かも知れない。何せ源氏山の側には、あの源頼朝が夢のお告げを元に建てたとされる銭洗弁天ぜにあらいべんてんと呼ばれる神社がある。景虎も小学生の頃に遠足で行った事があった。知っているだけに俄然興味が湧いてくる。

 その質問に青年は真面目な顔で「然り」と答えた。

 

「当然、名門も名門です。源氏山家は頼朝公より〝源氏〟を名乗る事を認められた由緒ある家系なのです。頼朝公と共に幾つもの戦をくぐり抜けた武家でもあります」

 

その話を聞き、景虎は少しの興奮を覚えた。依頼内容を聞くのにわくわくしたのは久しぶりだ。因みに横で話を聞く咲耶と紫苑は心ここに在らずといった風でぼうっとしたり、自分の爪をいじったりしていた。

 青年は話を続けた。

 

「その源氏山の御息女、源氏山翠げんじやまみどりが婚約する事になったのです。お相手は四国を束ねる名士、「金長きんちょう」の二十二代目。彼は四国のみならず全国に影響力を持ち、賢く、ハンサムで、ユーモアもある立派な奴だと聞いております」

 

青年は「チッ」と舌打ちした。そして言葉を続ける。

 

「話は戻りますが、僕は源氏山の翠ちゃん……いや、翠女史と幼馴染なのは既にお分かりですね。ここからが本題です。この金長と源氏山の結婚は政略結婚なのです。ある会合の際に二十二代目は翠女史に目を付けたそうです。彼の一目惚れ、翠女史は何とも思っていない。なのに、愚かにも翠女史の父上は金長の権力欲しさに持ち掛けられた縁談を勝手に進めて取り付けてしまわれたのです!」

 

「その源氏山の翠女史とやらは美女なのか?」

 

景虎が唐突に聞くと、青年は少し面食らった後に小さな声で「ええ、まあ」と答えた。

 

「……惚れてんだろ、に」

 

景虎が問い詰めると青年は慌てふためき、「何を訳の分からぬことを!」と芝居がかった言い回しで反論した。分かりやすい。

 要するに、親の決めた結婚相手から好きな幼馴染を取り戻してほしいと言うことか。景虎にはもう読めた。だが、それは当人たちの問題だ。

 

「それは、家族の問題で俺たちがどうこうする話じゃ──……」


「引き受けましょう。その二十二代目とやらの天狗の鼻先をへし折り、必ずや翠女史を解放して見せます。絶対に、望まれない結婚などあってはいけません」

 

「おお……!」

 

 青年は目を輝かせた。

 せっかく景虎が断ろうとしたのに咲耶が引き受けてしまった。しかし、所長は咲耶なので「引き受ける」と言ったなら景虎には取り下げる事はできない。どうも私怨が入っている様に感じたのは気のせいだろうか。望まないかどうかはまだ分からんだろうに。

 

「なに引き受けてんだよ。結婚式当日に『ちょっと待った!』ってやるつもりかよ。なあ、紫苑」

 

景虎がやれやれと紫苑に同意を求めると、台所から戻って横に立っていた紫苑はまたぷいっと顔を反対に向けてしまった。

 

「ふーんだ」


まだ機嫌が悪いらしい。話かけても「ふーんだ」としか言わない。子供みたいに不貞腐れた紫苑はもう放っておく事にした。

 

          



          

          ◯

 青年は依頼が受理され、安心したのか、出されていたお茶に手をつけた。そして満足気にお茶を飲み干すと、もう一度感謝を告げた。

 

「助かります。やはり八咫超常現象研究所に依頼して良かった。皆さんは狸界たぬきかいでも評判ですからね」

 

研究所の三人は一瞬、思考が止まった。今、タヌキカイと言ったのか?

 

「今、狸と仰いましたか? 咲耶さん、まずは依頼人の身元の確認が先です。貴方は何者ですか?」

 

紫苑はすかさず質問した。一気に疑念が渦巻く。この青年の素性の確認がまだであった。引き受けてしまったが、もし善良な者に仇なす存在ならば話は別だ。依頼を受けるわけにはいかない。

 しかし、その疑念は杞憂に終わる。青年はにやりと口の端を吊り上げると、ソファの上に靴のまま立ち上がる。他の全員は突然の事でぽかんとそれを眺めるしかなかった。そして、青年はまた芝居じみた、下手な歌舞伎の様に名乗り出した。

 

「申し遅れました。我が名は偉大なご先祖様より受け継ぎ、虎の子の様に雄々しく勇敢であれとは一族の心得。幼き日に将来を誓い合った源氏山翠を権力の謀略から救うため、凰船観音寺より参上致しました」


青年はそこまで言うとソファの上で跳躍して宙返り、その身体は白い煙に包まれた。そして緑色の葉と共にソファにちょこんと落ちたのは、茶色の毛玉の塊。これは、どう見ても「狸」であった。

 

「た、たたた……」

 

咲耶は口をぱくぱくさせた。目の前で青年が狸に変身してしまったのだ。だがそれで終わらない。さらに、その狸は口を効いた。

 

「姓は観音寺かんのんじ、名は虎右衛門どらえもん。以後、お見知りおきを。見ての通り私、〝狸〟でございます」

 

 その虎右衛門どらえもんと名乗った狸は前足をちょん、とソファに乗せて頭を下げた。

 『八咫超常現象研究所』に人間三人の叫び声が響き、それに驚いた狸一匹も叫んだ。

 

          


          


          ◯

 これより始まるのは、令和の狸合戦、仁義なき狸同士の化かし合い。或いは純然たるラブ・ストーリー。そこに不思議な仕事を請け負う人間共も加わり混沌を極める。その結末は観音様のみぞ知るところ。

 数百年前、お祭りと勘違いし関東から四国まで遥々と出向き、〝阿波狸合戦〟に参戦した阿呆狸がいた。そして、現在。身の程を弁えず、〝金長〟を受け継ぐ偉大な狸から、惚れた女を奪わんとする阿呆狸がここにも一匹。

 

 彼の名は偶然か必然か、数百年前のご先祖様、その阿呆狸からもらった名だという。

 

 彼の名は、『観音寺虎右衛門かんのんじどらえもん』と言ったそうな。




────その③に続く

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