第四話
アリスは暗い部屋の中に閉じ込められていた。
無数の機械と東亜重工と書かれた文字、黄色い三枚羽の扇風機のようなマーク以外は何もない。
――ここはどこ?
そこにやってきた白衣を来た男達。
「胸部に賢者の石を埋め込めば完成だ……」
――けんじゃのいし?
淡い緑の蛍光色に輝くそれが、胸に埋め込まれる。
激痛。
――イタイ、イタイ。
――ヤメテ……。
目を覚ますと、そこは炎の海だった。
ビルが溶け、空は暗雲が立ち込める。
口から吐いた光線が地上を引き裂く。
背中の突起物が光り、呪いを撒き散らす。
それは地上に留まり、徐々に世界を蝕んでいった。
死にゆく人、未だに戦う人、逃げ惑う人。
その全てを踏み潰した。
地上を焼き尽くし、やがて大きな眠りについた。
地下で目覚める。
岩と土に囲まれた中。
何か音がする。
掘削音。
白い服を来た人達に連れて行かれる。
気付いたらカプセルの中にいた。
――どこ……?
周りには多くの人がいた。
しかし、そのどれもがドス黒く、悪意に満ちていた。
――いやだ……。
光に満ちた人もいた。
金髪をなびかせ、エメラルドのような澄んだ瞳でこちらを見つめる。
――ここから、だして……。
彼女の心を求めた。
彼女との出会いを思い出す。
彼女との口づけを思い出す。
しかし、そんな彼女は炎とともに落ちていった。
「――!!」
魔人は音にもならない叫び声を上げる。
それは歓喜でもあり、狂気でもあり、悲嘆でもある、魔人の歌だった。
――その音は彼方遠くにも聞こえた。
「ヴォイジャー、ディスカバリー、ネブカドネザル、クォーター、何をやっている!」
オセアニア戦闘艦隊の艦長は慌てていた。
残存艦隊が一斉に主砲を放つ。
「レボルシオの残存兵力も全て奴に向けろ!!」
「あんなの大きい的だ!」
戦闘艦だけでなく、攻撃機もミサイルを放つ。
全て狙いは正確、火力を集中した攻撃が魔人に命中する。
しかし、それら全てが弾かれた。
「終わりだ……」
その様を見ていた人々は、一様に絶望の表情を浮かべ。
伝承の通り、世界は破滅への道を歩んでいる。
「姫様……」
「アイツなら大丈夫だ、今は祈るしかできんが……」
マカツはジョンと共に船の上から彼女を見守っていた。
「まだまだぁぁぁぁぁっ!」
1つの装甲艦が全速で魔人に直進する。
艦内の人々は致死量の呪いを浴びて徐々に溶けていく。
それでも彼らは前進を止めなかった。
「みらいアタック!」
続いてひらぬま、いぶきも魔人の翼に体当たり、全艦の同時砲撃と自爆により、魔人の左翼が欠けた。
しかし、魔人の右翼は健在。
左翼も徐々に修復を始めている。
サンナはすかさず隙をついて落下していく船団の残骸を潜り抜け、最高速度で魔人の胸部へと向かう。
魔人は触覚を動かして周囲に銃弾を散らす。
――深呼吸。
並の機関銃よりも多いそれを、サンナは捉えた。
機体をローリングさせ、隙間を掻い潜る。
主翼の先端に被弾し、炎を上げた。
「っ……!」
「アリスの苦しみはこんなものじゃない!」
不安定になった機体特性をすぐに把握し、大きく旋回することで立て直した。
機首を上げて急上昇、魔人の機銃がそれを追う。
ノズルの向きを変えて斜め下へと旋回した。
「近づけない……」
サンナは焦りを露わにする。
右翼を折りたたむ。
呪いを含んだ風圧攻撃の予兆だ。
――もう、勝負を決めるしか無い!
サンナは覚悟を決め、勢いよく魔人に向かって直進した。
無数の銃弾が迫る。
彼女は死を覚悟した。
しかし、サンナは目を瞑らなかった。
まっすぐとアリスの方を向いている。
主翼が完全に砕かれた。
それでも進み続ける。
――アリス!!
やがて、魔人の正面に出た。
魔人は口にエネルギーを蓄え、触覚の先端をサンナに向け、バリアを展開して不可侵のフィールドを展開する。
それでも彼女は構わず直進し、立ち上がった。
そして、腕を大きく広げる。
――おねえちゃん?
魔人は攻撃の手を止めた。
サンナは呼びかける。
「アリス……」
胸部の結晶からアリスが飛び出した。
「おねえちゃん!!」
真紅の飛行機は魔人の胸部へと向かう。
サンナはコックピットを蹴り出し、宙を舞うアリスを受け止めた。
「ごめんね……」
「ううん、いいの、大丈夫」
二人は抱き合ったまま高度を落としていく。
水面スレスレで翼が光り、アリスが飛んだ。
サンナを抱え、まっすぐ滑空する。
水飛沫を上げながら、高く、高く、遠く、遠く、速く、速く。
そして、二人の身体は徐々に光へと解けていった。
地上の呪い全てが翼の魔人へと収束し、一つになる。
それは光となって、宇宙の彼方へと飛んでいった。
「これ以上は高度が持たん!」
海賊達がニチリン船団の舵を取りながら冷や汗をかく。
あちこちを被弾した影響で揚力を保てなくなり、徐々に落下していく。
このままでは高濃度の呪いを受けて皆が死ぬ。
呪い検知器のカチカチ音が徐々に早くなっていった。
――もう限界だ……。
海賊たちの顔が絶望に歪む。
しかし、呪い検知器の音はフッと消えた。
次の瞬間、海に着水する。
乗組員たちは死を覚悟して目を瞑っていたが、誰一人として死んでいない。
「おい、俺達生きてるぞ!」
「あの子達がやったんだ!!」
沈みかけている船から海に飛び込み、泳いで砂浜へと向かった。
「これからはこの大地を大事にしなきゃね……」
他の生き残った人々も地上に降りると、地上で共に暮らしていくことを決めた。
ジョンは船上でその様子を見て大笑いする。
「やっぱりアイツらはとんでもねえよ。こんな面白え奴ら……他に見たことねえ」
――100年後。
一人の子供が岩山を登る。
「んしょ……っと」
頂上から下を見下ろすと、朝日に照らされた絶景……花畑や森、川や綺麗な海が広がっていた。
そして、どこからか鳥の鳴き声や子供たちの笑い声がする。
サンナとアリスは1つの巨大な胎児の姿となり、宇宙空間からその様子を見守っていた。
空の姫と翼の魔人 冬見ツバサ @fuyumi283
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