第三話

 巨大な翼を持ち、肉塊を練り固めたような不気味なボディ。背中には突起物があり、それは不気味な青色に光っている。

 下半身はなく、拗られたように途切れて、宙に浮いていた。

 伝承に伝わる翼の魔人。

 頭部にはギョロリとむき出しになった目玉、不揃いな牙、昆虫のような触覚が生えている。

 胸部の結晶状の器官にはアリスが収まっていた。

 グロテスクながらどこか前衛芸術のような不思議な感覚を感じるそれには、兵士たちは目を奪われていた。


「綺麗だ……」

 アルベルトはコックピットからその様子を見ていた。

 通信越しにそれを聞いていたドゥームズデイが返す。

「綺麗なものが人類の味方とは限らない……」



「あんなもの、大きいだけの的だ」

 ドゥームズデイは魔人を一瞥すると落下するサンナの方へと直進するジョンを見た。

「アルベルト、あの海賊を優先して撃破しろ。サンナを助けようとしている。少しばかり面倒だ」

「は!」

 アルベルトとドゥームズデイはジョンの方へと向かう。

「化け物が」

 アルベルトは一言だけ言った。



「焼き払いなさい!!」

 アルメキア国王は冷酷に命じた。

 魔人は口を大きく開く。

 下には緑色に輝く涎が滴り、背中の突起物からは蒸気を噴射した。

 そして、口内に光が収束する。



 サンナの元へと飛んでいたジョンは、その光を見た。

「おい、バカ、後ろ!」

 彼は叫んだ。

 魔人の口内に光が収束している。

 そしてその不吉な口が、こちらを向いている。。

 何かの予兆だった。

「ふっ……もうその手には乗らないぞ」

 ドゥームズデイは忠告を聞かず、ジョンに照準を合わせ、トリガーを引こうとした。



 激しい閃光と轟音が周囲を支配した。

 陽子加速砲。

 それは、魔人が持つ世界を滅ぼす武器だ。

 その光が、ドゥームズデイを襲った。

 直撃を受けた彼女は、機体、軍服、下着、皮膚、筋肉、骨格と消し飛ばされていき、跡形もなくなった。

 射線上の飛行船も、削り取られたかのように消えている。



「よくも……よくもドゥームズデイ様を!!」

 逆上したアルベルトは魔人に向き直り、正面から最高速度で突撃する。

 ミサイルの全弾発射、機関銃掃射。

 しかし、魔人の放つ強力な斥力が全てを無効化した。

「馬鹿な……」

 直後、魔人は触覚の先端から、ダークグリーンの機体目掛けて弾丸を放った。

 物凄い速度の連射によって、身体も機体も一瞬でバラバラになった。



「レジスタンスをイッソウ……ね。このまま世界のハケンを握るわよ!!」

 アルメキア国王は拳を握り、世界の掌握を確信する。

「へ、陛下……その顔は……」

 兵士は怯えながら彼に言った。

「なによ、うるさいわねぇ」


 そのアルメキア国王の顔は、溶けていた。

 目玉が垂れ落ちる。

 それは、致死量の呪いの作用だ。

 検知器は作動しない。

 この高濃度では作動する前に壊れるからだ。


「呪いの正体は……まさか……」

 彼は全てを言い終わる前に溶け切り、骨だけを遺して消滅した。



『司令部より魔人に対する爆撃命令が下った』

 オセアニアの大型爆撃機ドリーミーホエールが高高度から爆弾を投下。

 魔人目掛けて真っ直ぐ落ちていく。

 しかし、不可視の障壁がその全てを無効化した。

「バカな……」

 パイロットはその様子を見て絶望した。

 自分達の目覚めさせたものがここまで恐ろしいものであると、彼ら自身も把握していなかったのだ。

 魔人が世界を滅ぼしたというのがただのおとぎ話だと思っていた愚かな彼らは、魔人の翼が生じさせた風圧で機体の制御を崩す。

 ふらふらと落下していく爆撃機の中には白骨しか残っていなかった。



「ハハハハ……ハハハハハハハハハハハハ!」

 ザンコックはその光景に笑うことしかできなかった。

 魔人は再び翼を畳む。

 黒い靄を溜め、再び薙ぎ払った。

 呪いを含んだ突風がザンコックを包む。

 彼もまた、肉体が溶けて死亡した。



 サンナは辛うじて生きていた。

 しかし、機体を失い、気絶したまま、呪いに満たされた地表へと真っ逆さまに落ちていった。

「間に合えーーーーーっ!!」

 ジョンはサンナの下へと急ぐ。

 限界高度ギリギリでジョンは彼女を捕まえた。

「……あぶねえ!」



 サンナが目を覚ますと、巨大な魔人が宙に浮いていた。

「どうやら奴は制御を失ったようだ。主がいない今、暴走と言っても過言じゃないぞ!!」

 ジョンは冷静に魔人をの様子を見定め、サンナに状況を説明した。

 しばしの無言の後、サンナは告げた。

「……私が止めに行く」

 ジョンは険しい顔で返す。

「……死ぬかもしれないぞ」

 それでもサンナは強く目を見開いて言う。

「このまま見過ごせっていうの!? それに、あそこにはアリスがいるから」

 その答えにジョンは笑い、一言。

「そう言うと思ってた、ニチリン船団の事は任せろ。お前さんは奴を止めに行け!」


 ジョンはサンナを連れて、一旦ニチリン船団へと帰還した。

 そこへマカツが飛行船の上から呼びかける。

「姫様、新しい機体じゃ!」

 彼の横にはベージュ色の飛行機があった。

 それは、かつて愛用していた狩猟用飛行機カッターを改造した真紅の飛行機だ。

 名付けてオーバーマスター。

 ベクタードスラストを搭載、翼端にも補機が備えられており、高い機動力を無理やり成立させる改造が成されている。


 サンナは世界を救うため、アリスを止めるために最後の戦いへと赴く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る