第3章 嵐の前触れ

第一話

 ニチリン皇国に帰還したサンナは絶句した。

「どうなっちゃってるの……?」

 もはや元の面影もないくらい船団は変わり果てていた。

 木造だった部分は殆ど失われ、代わりに至る所が金属に覆われて、パイプやダクトが張り巡らされている。


 幸いにも恐れていたような防空網はなく、海賊マークを隠したゴアキャットは格納庫に収納できた。

 エルドリッジにはその後、待機を命じている。

 いざとなったら彼女に助けてもらうため無線機を持った。


 サンナは辺りを見回る。

「おう、見ねえ顔だな。顔というより仮面か」

 そう声をかけたのは知り合いの若い男性だった。

「あのレジスタンスはろくでもない所だよ。平等というのは表現はいいがいずれ破滅する。今の生活が一番だよ」

 男性はそう続けると、何かを取り出した。

「ほら、生活が快適になっただけじゃない、軍備だってくれたんだ」

 彼が紹介したのはアサルトライフルやロケットランチャー、そして遠くを指差す。

 その先にはそれぞれ、いぶき、みらい、ひらぬま、わだつみと名付けられている四隻の装甲艦があった。



 サンナは鋼鉄の足場を踏みながらマカツを探す。

 向かったのは工業艦。

 その中では、ニチリンの人々がただひたすらベルトコンベアで流れてくる部品を金槌で叩き続けていた。

 生気は感じられない。

 ただ部品にされた労働者の群れがそこにはあった。


 上部には現在の世界情勢を伝えるニュースや市場の情報が流れていた。

 しかし、そのモニターにはカメラが付いており、労働者の様子を経営陣が監視している。

 所謂テレスクリーンという奴だ。

 サンナはその仕組みを知らずとも、不思議と悪寒を感じていた。


 あらゆる物を、作って使っては捨てを繰り返し、工業艦からは大量の煤煙が吐き出されていた。

「……酷い……」

 田畑として機能していた船は改造され、物を焼却する場と化していた。

 失った食料の供給手段は、貿易船が合成食を定期的に運んでくるというものだ。

 船の通路では商店が賑わっていたが、並んでいる商品のどれもがどこかの工業製品であった。

 安く量産され、強大な力を持つ企業による淘汰。

 自然との調和を考えず、自分達の利益のみを優先する者が市場を支配する。



 サンナは船団中を走り回った。

「じいやがいない……」

 残る場所は中央の一室だ。

 彼女はハレの元へと向かう。


「ハレ様!」

 ハレは変わらずといった様子だった。

「どうしてこんな事に……」

 サンナは仮面を取り、ハレに言った。

 すると彼女は表情を変えずに淡々とした調子で告げる。

「誰か知らないが、我々にも近代化は重要さね。この船団が維持できるのも資本主義の力よ……」

「ハレ様……」

 サンナは涙を流す。

 彼女にはわかった。離れている間にハレが精神を破壊され、その隙を付け込まれたことを。

 サンナの事も覚えていない、もうかつての船団の温かい雰囲気を大事にしようともしない、ただカリスマ性を利用され、オセアニアの傀儡と成り果てていた。

「じいやは? じいやはどこなの!?」

 ハレは答えなかった……。


 サンナは自分の思い出が踏み躙られた事に怒りを覚えるも、それを抑えながら走る。

 そして、仮面を再び被り、包丁を持って、オセアニア大使艦へと突入した。


 大広間、兵士たちが走ってくる。

「なんだ、お前は!」

 サンナは即座に彼らの後ろに回り込み、一人の兵士の喉に包丁を突きつける。

「ここの人に会わせて。でないと彼を殺すわ」

 突きつけられた兵士は彼女の気迫に押されて怯える。

「た、たすけて……」

 その様子を見ている兵士達はサンナの要求を飲む。

「言う通りにしろ」


 サンナは兵士を脅しながら大使の部屋へと案内された。

 広い執務室のような空間。

「ねえ、マカツさんはどこにいるの?」

 中で公務を行っていた大使は目の前の光景に思わず驚く。

「し、知らない……」

 サンナは喉に刃先を押し込む。

「今の私は修羅をも越えた存在よ。この手に人殺しをさせる前に喋って!」

「い、言えるわけがないだろ!」

 徐々に焦りを見せる大使。

 サンナは兵士をその場に放り出して解放し、跳躍して大使に刃を向ける。

「早くして……」

 他の兵士も彼女の気迫に思わず怯んで一発も撃てない。

「……監獄船……監獄船だ、陛下に命じられたから彼を国家反逆罪で捕らえた。ここから南東にある」

 サンナはその言葉を聞くと、大使を解放した。

 その瞬間、大使は執務机の裏にある警報スイッチを蹴り押した。

 けたたましい警報が鳴る。

「馬鹿め……この船団中がお前の敵だ!」

 大使は大声で笑う。

 サンナは彼の顔面に対し、右ストレートを放つ。


「……急がないと!」

 兵士たち目掛けて包丁を投げつけて牽制すると、窓を叩き割って外壁を伝う。

 下は雲の海だ。

「いたぞ、あそこだ!」

 壁際の狭い足場を歩いていると、ニチリンの民兵達が銃を構えてサンナを狙う。

 逃げ場はない。


――覚悟を決める。


 サンナは掴まっていた手を離し、大使艦の側面から雲海へと飛び降りた。

 民兵たちの顔が驚愕に染まる中、彼女は落下していく。


 雲海の中に黒い影が見える。

 ゴアキャットだ。

「上手くいった!」

 エルドリッジは彼女を抱え、キャノピーを閉じた。

「マカツは南東よ、お願い!」

「了解!」


 そこに、砲弾が飛んでくる。

 みらいとわだつみの砲撃だ。

 雲海に水柱が立つ。

 エルドリッジは機首を起こし、急上昇で回避した。

 エルドリッジは頭部に搭載されたネクサス6型電子頭脳をフル稼働させて作戦を導き出す。

「あの艦のレーダー相手だと雲海に逃げても無意味だ、できる限り無力化する!」

 彼女はそう言うと、大きく旋回し、可変翼を後退させてわだつみの方へと向かう。

 近接防空機銃がゴアキャットを狙うも、機体を傾けて回避し、懐へと潜り込んだ。

 そして、艦の外壁ギリギリを飛ぶ。

 こうすればみらいはこちらを砲撃できないし、わだつみの砲撃は届かない。

 しかし……。

「このままだと離れられないよ……」

 サンナは焦る。

「……アナタに殺生を禁じられてる今、不用意に発砲できない」

「私のせいだっていうの……?」

「アナタのせいではない……」

 サンナは少し考えてからエルドリッジに命じた。

「……操縦を私に回して……」

「はい、ユーハブコントロール」


 ゴアキャットがわだつみの側面を離れた。

 視界は確保できたが、敵からの攻撃も再開された。

「……砲塔の数は……14か……こちらに命中する可能性があるのは5、その内対空機銃が2、主砲が3……いや、6?」

 敵の分析を行うサンナを見て、エルドリッジが口を開く。

「その程度の分析ならワタシにも出来る」

「なら分析任せた、私はそれを片っ端から潰していく!」

 サンナはエルドリッジから分析データを渡されると、すぐにわだつみの側面に戻った。

 まずは対空砲の突き出した砲身のみを機銃で破壊する。

「4時の方向にいぶき!」

 大使艦の影からいぶきが姿を表した。

 主砲が飛んできたが、サンナは急降下して回避した。

「……いぶきの砲術士はフレンドリーファイアも恐れない……か……」


「なら!」

 サンナはそのままいぶきの方へと突っ込む。

 そして、次々と砲身を破壊して無力化していく。


「敵艦の砲身無力化率、40%、行けます!」

 エルドリッジの報告を受け、サンナは攻撃の手を止め、機体を反転させた。


 ゴアキャットは高速でニチリンから離れていく。

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