第四話

 サンナはすぐに旋回し、空域の離脱を試みる。

 しかし、目の前に二機の飛行機が雲柱を立てて飛び出してきた。

 可変翼を備え、垂直尾翼には海賊旗の意匠があしらわれている。

 海賊の機体、ゴアキャット。

 彼らは並列して飛行すると、光の点滅で何かを伝えてくる。

「モールス信号……なになに、ソノツバサヲモツムスメヲワタセ……だって?」

 サンナは機首を大きく上げて宙返りし、雲海へと突っ込む。


「逃げたぞ、追え!」

 海賊達はサンナを追って雲海へと潜る。


 サンナは視界不良の雲の中、警報を聞き、燃料の残量を見る。

「燃料切れ……」

 エンジンの出力が明らかに落ちていた。

 後ろから接近してきた二機のゴアキャットが横に並ぶ。

「……」

 サンナは素直に諦めて両手を上げた。



 彼女達は海賊船の内部に案内される。

 海賊達は下着姿のサンナと全裸のアリスに思わず驚いた。

「すげぇ格好だ……」

 眼帯をしてキャプテンハットを被った大男がアリスを見て部下に命じた。

「目的はこっちだ、ついでにこの女も縛っておけ」

「アイアイサー!」



 木造の硬式飛行船。

 その船長室でサンナは縄で柱に縛られ、アリスは別室に隔離されていた。

「……どうしてアリスを狙うの!」

 彼女は手足をばたつかせて必死に訴える。

「ねえ、あの子は何も悪い事してないじゃない!」

 その様子に苛立ちを覚えた大男は怒鳴る。

「ガタガタぬかすんでねぇ!」

「……あなたたちは……どうしてそうもあの子を狙うの……」

 サンナは落ち着いてその言葉を繰り返した。

「あなたじゃねえ、俺にはジョン・レーダって名前があるんだ。よく覚えておきな、小娘」

「私も小娘じゃない、……サンナだ」

 お互いに睨み合いながら名乗り合う。

 その後、ジョンは椅子に座ってふんぞり返ってサンナに言った。

「じゃあサンナ、言っておくが海賊の目的は昔から決まってるだろ」

 一拍置いてから告げる。

「金銀財宝、それから女だ。それ以外のなぁにがあるってんでぃ?」

 彼は立ち上がり、歩きながら話した。

「あの子の目は特別だよ。まあ、どうしてもってんなら、お前さんの目でも構わんが、取引に応じるか?」

 サンナは強い意志でジョンを睨んだ。

「私の目でも身体でもどうしたって構わない。でも……あの子は、物じゃない」

 ジョンはそれを真っ向から否定する。

「いいや、目はくり抜けば物になるさ。人かそうでないかの違いは生きてるか死んでるか」

 その返答にサンナは表情を変えた。

 この海賊が残虐な趣向を持っているから、ではない。

「……そんなチャチな話じゃないって言ってるのよ」

 サンナの言葉とその目は彼の関心を引いた。

「ほう、いい目だ」

「私はあの子の力を知っている。……その気になれば世界を支配できることも」

 ジョンはサンナの言葉に耳を傾けていた。

「面白い」

 彼はサンナの縄を解く。

「海賊ってのは確かに金銀財宝や女が目当てだ。だがそれら以上に大事なもんがある」

 そして、彼は白い歯を見せて笑った。

「面白いっつー事だ」


 ジョンはサンナとアリスをこの船で匿うこととにした。

 条件としてサンナには家事の手伝いを言い渡される事に。

 しかし、今まで家事をしたこともなかったサンナは、何をやらせても壊滅的だった。



 明け方、船内に警報が鳴り響く。

「どうした!」

 早朝とは思えない慌ただしい状況にジョンは聞く。

「レーダーの領域内にシベリアのものと思われる航空機を二機捕捉」

「レボルシオの可能性もある……」

「奴らめ……あちこちに売るから……」


 海賊達が一斉に格納庫の方へと向かう。

 平坦な母艦があり、その上にはサンナ達を捕えるために使った航空機が並んでいた。

「私も出るわ」

 サンナが名乗り出る。

 周りはそれに困惑する声をあげるも、ジョンは許可した。

「お前さんが口だけじゃないってことを証明してもらおうか」

 サンナはもう色々な勢力に面が割れているため、仮面を着け、海賊服を着用しての出撃となった。


 マーシャラーがチョークを外し、カタパルトに機体を固定した。

 エルロン、フラップ、エレベーターの可動を全て確認、機体の後ろにジェットブラストディフレクターが上がる。

 マーシャラーは手旗信号で合図をする。

「……アフターバーナー点火!」

 ゴアキャットの赤い炎が青白く変わる。

 ノズルを絞り、推力を上げて次の合図を待つ。

 マーシャラーは上げていた手を大きく振り下ろした。

 カタパルトによって射出され、激しい火花を散らしながら、勢いよく発艦した。



 明け方の空の中、ゴアキャットが飛んでいく。

 向こう側には二機の細長い機影が見える。

「そこの所属不明機に告ぐ、そこの所属不明機に告ぐ。ただちに引き返してください、これ以上近づけば強硬手段に出ます」

 サンナは警告を出した。

 無論、強硬手段に訴えるつもりはない。

『あとこちらに500近づけば攻撃許可を出す』

 ジョンからの通信が来た。しかし、サンナは元より攻撃する気はない。

 敵機は一向に引く気がなかった。

 海賊船の方向へと近づいている。


 サンナは彼らの後をつけて威嚇飛行を行った。

 一機が旋回反転し、サンナの方に機首を向ける。

 ミサイル警報装置が鳴った。

「完全におちょくってる……」

 彼女は下を見て高度を確かめる。


――深呼吸。


 降下し、可変翼を閉じる。

 前方の敵機を追い抜き、一瞬で敵の視界から消える。

 向かい合うように直進。

 サンナは空中で上下を反転ローリングした。

 逆さのまま、大きく旋回して一機の真上を捉える。

 サンナは仮面の中に冷や汗をかきながらギリギリまで機体を寄せる。


 敵のパイロットと間近の距離まで迫った。


 サンナは敵機に対して中指を立てる。

 その後、カメラを構えた。

「笑ってー」



――フラッシュ。



 敵パイロットの写真を撮ったのだ。

「なかなかいい写りよ」

 すると、サンナに怖気づいたのか、敵機はそのまま去っていった。

「ひやひやした……」

 サンナは仮面を外して汗を拭う。



 帰還すると、ジョンはサンナを称賛する。

「見てたけど、お前さん思った以上にやるじゃねえか! どうだ、これからは海賊として……」

「居候はするけど海賊にはならないわ」

 即答である。

「そうか、ハハハハハハ、それにしても面白いな、相手の写真を撮るなんてよ」

 ジョンは豪快に笑って流した。


 そこに、アリスが走ってやってくる。

「おねえちゃん、だいじなひとがあぶない……!」

 潤ませた瞳、告げる言葉は最悪の知らせだった。

「大事な人……もしかして……じいや!?」

 無言で頷くアリス。

「どうしよう……」

 サンナは顔面蒼白になる。


「サンナ、その人はどこにいる?」

 ジョンが聞く。

「多分、ニチリン船団……」

「あそこか……問題ない、通信傍受しているからおおよその位置はわかる。ここから北北東に向かえ。今が朝だから太陽が登ってる方の左だな」

 ジョンはすぐに方位磁石をサンナに渡す。

「待ってろ、ついでに役に立つであろうアシストもだな」

 その後、扉を開けて人を連れてきた。

 否、人ではない、限りなく人に近いロボットだった。


「ワタシはInitial-Y、識別番号NP2338、エルドリッジ・コスモス」

 長い赤髪に白い肌、海賊服に身を包むスラッとした体型の女性。

 首筋には東亜重工という文字が刻まれていた。

「すごい……セラミックでできてるんだ……」

 サンナはその肌に見惚れ、腕を撫でる。

「こら、触るな、無礼者!」

 それを聞いたジョンは腕を組んで笑っている。

「ハハハハ、仲良くな」


「アリスを頼んだ!」

 サンナはそう叫ぶと、エルドリッジを連れて格納庫へと走った。

「任せとけ!」

 ジョンは鷹揚に応えて、部下に伝声管を使って命令をする。

「おい、野郎ども、サンナが出るぞ! ゴアキャットは複座型のB型で出せ」



 サンナは海賊船を飛び出し、ニチリンへと向かった。

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