第二話

「ここは……地上?」

 目の前には、残骸と成り果てたエンジェルⅡbis。

 砂浜、青空、森。砂浜には松明を掲げた女神の像が埋まっている。


「おねえちゃん、めざめた!」

 短い青髪の少女がサンナの顔を覗く。

 彼女は全裸で、背中には翼が生えていた。

 サンナを見つめる光り輝く赤い目は人を惑わすような不思議な魅力がある。

「アリス……?」

 サンナはぼんやりとした意識のまま、彼女の名前を思い出して呼ぶ。

「うん!」

 サンナは目を擦りながら起き上がり、あくびをする。

 そして弾かれたように立ち上がった。

「うそ、なんで、私、地上でも平気なの? それにあの時……」

 驚きのあまり、自分自身の手足を見る。

 特に目立った異常はない。

 呪いによる肉体の侵蝕も、砲撃による裂傷や火傷も一切なかった。

 確かに砲弾の直撃を受けたはずだ、と彼女は考える。

 そうでもなければ、ここに残骸があるはずがない。

「それは……」

 アリスはそう言うと、両手を祈るように組む。

 すると、周囲に光のフィールドが出現した。

 その空間内だけ不思議と空気が清浄なように感じる。

 このフィールドが呪いを除ける力場になっているのだと、サンナはすぐに理解した。

「ここはモヤモヤがすくないから、すこしだったらへいきだとおもうけど……」

 モヤモヤ、それは恐らく呪いの事だろう。


 浜辺を歩いていると、上から何かのエンジン音が聞こえる。

「隠れて!」

 サンナはアリスを抱えて森の方にある茂みへと飛び込んだ。

 小型の無人偵察機。

 白色のボディにクワッドローター、カメラが下部に備え付けられている。

 そのカメラが、戦闘機の残骸にピントを合わせる。



 レボルシオの司令部では、映像越しに孤島の風景を見ていた。

「戦闘機の残骸は発見しました」

 映されているのは戦闘機の残骸。

 アルベルトは砂浜に目を向けて命じた。

「足跡を追え」

 映像が砂浜に残る足跡を辿る。

 それはある所で途切れていた。

「森に続いているようです」

「ほう、では森の中をくまなく探せ……オセアニアの連中に見つかると非常にまずいからな」



 鬱蒼と生い茂る森林、まるで熱帯のような高温多湿の中を歩き続けていた。

「急に走っちゃったけど、大丈夫だった?」

 サンナはアリスを心配する。

「うん……足がちょっとチクチクするけど……」

「あー……裸足だもんね……」

 そう言ってアリスの足元を見る、そこには見たこともない生物がおり、すぐにあたりを見回す。

 呪いによって汚染されたと言われても信じられないほど、多種多様な生態系がそこにはあった。

 しかし、そのほとんどが植物や小さな昆虫、哺乳類で、船団で飼われているような大型の獣は見当たらない。

「呪いを知覚する器官を発達させているみたいだね……」

 サンナはアリスの放つフィールドに羽虫が集まり、それを気持ち悪がって払いながら言った。

 アリスはその話を理解できず、キョトンとしている。

 彼女らは知る由もないが、かつて呪いで地上が汚染された後、多くの動植物が消えた。

 しかし、生き延びた者もおり、それらは新たなる生態を築いて今日までその生命を紡いでいる。



 次第に雲行きが怪しくなり、雨が少しずつ降ってくる。



 レボルシオの司令部はその様子を映像越しに見ていた。

「雷が近づいてきたな、こりゃ捜索は一旦打ち切りだ。貴重な魔道具を失うわけにもいかん」

 雨の勢いが増し、森の中は激しい水しぶきで視界も非常に悪くなっていた。

「セキガイセンカメラの魔法があれば快適に進むんだがな……」

「オセアニアの上層部がそうした技術を独占しているからな。我々で発掘し復元できればいいのだが、如何ともし難い所だ」

 無人偵察機は、雨の勢いが更に増す前に帰還した。



 豪雨が森を襲う。

 風も強まり、稲妻が鳴り響く。

 サンナやアリスたちは急激に下がる気温の中、森の中を駆け抜け、洞窟を見つけた。


 アリスのバリアは水を弾いてくれるようで、彼女達は濡れずに済んだ。

 雨風の音は勢いを増す一方。

 サンナは寝間着を脱いで、下着姿になった。

 衣類を纏め、その上に弾丸から火薬を落とし、アサルトライフルの撃鉄で着火させる。

 洞窟の中にまで伸びた木の根をその炎で乾かし、更にくべていく。

 大雨で下がる気温の中、なんとか体温を保つことができた。

「それは?」

「アサルトライフルって言うの。本当は人を殺す道具なんだけど……」

「ころす?」

 サンナは答えに詰まる。

「うーんと……とにかく、危険なものなんだけど、こうして使えば、暖かいでしょ?」

「……うん」

 全裸の彼女には、体中に傷があった。

 サンナはそれを見て曇った表情を見せる。その事にアリスは心配した。

「おねえちゃん、大丈夫?」

「平気。それより、雨、止まないね」


「このみず、モヤモヤだよ……」

 アリスは雨によってできた水たまりを見て、悲しげに言った。

 彼女が言ったのは、この雨が呪いを含んだものであるという事実だ。

「だから、大きな動物は生きていけないんだ……」

 サンナは何故この島に大きな動物がいないかを理解した。

 生物は大きければ大きいほど呪いの影響も受けやすいと言われている。

 対して、植物は動物と比較して呪いの影響が薄いようだ。

 それ故に、この呪いに満たされた地でも繁栄している。


 雷の轟音が洞窟内に響く。

「きゃあああっ!」

 アリスはその音に驚いたようだ。

 サンナは怯えるアリスを抱きしめて背中を軽く叩く。

「大丈夫よ、怖くない。怖くない」

 次第にアリスは落ち着いてきたが、雷鳴が轟くとやはり怖いようだ。


 雷が収まってきた頃、アリスのお腹が鳴る。

「おなかすいた……」

 しかし、呪いがある以上は、この土地の食料に手をつけるわけにはいかない。

 また、サンナには毒草や毒虫の知識も無く、この場所自体が未知の領域のため、何が食べられるのかもわからなかった。

 そこで彼女はポケットから何かの実を取り出した。

「これ、食べて」

 乳白色のクルミのような実。

 アリスは両手の上に実を乗せたまま、キョトンと首を傾げる。

「アゼナッツの実っていうの」

 そう言ってサンナは口に入れて噛み砕いた。

「栄養があるのよ」

 その様子を見たアリスも口に入れた。

 パリパリと軽快な音をたてて咀嚼する。

「おいしい……」

 彼女は頬を緩ませた後、急いで次々と口に入れていく。

「まだあるから慌てないで」


 腹ごしらえを終えると、二人は眠りについた。

 雷は止んだが激しい雨の音は続いている。

 それでも、二人は疲れていたのか、よく眠っていた。

 火が消えても体温を保ち合うためか、くっついて寝ている。



 サンナは日が出ていない早朝に目を覚ました。

 狩人や軍人としての癖だ。

 アリスの様子を見てみると、体が少しひんやりしているようだ。

「寝袋くらい持って来ればよかったな……」

 心配して見つめていると、アリスの口元が微笑んだ。寝言で何かを呟いている。

 無邪気であどけない表情だ。


――どうして彼女はこうも多くの人に狙われるんだろう。


 オセアニアの艦にはあの形で捕らえられ、レボルシオの連中には狙われる。

「少し不思議な力を持っただけの女の子を追いかけ回して、大人って本当に勝手よね……」

 一人思案に暮れていると、アリスが目を覚ました。

「さむい……」

 そう言ってサンナにくっついてくる。

「ごめんね、私も冷たいかも」

「ううん、おねえちゃんはあったかい」

 アリスは頬ずりしながら言った。

「みんな、アリスをつかったり、おびえたりして、アリス、ひとりだったの」

 強い力を持った故の代償。

 否、生まれつき持ちたくもない力を持っていただけの女の子だった。

「おねえちゃん……ありがとう……きれいなこころだね」

 サンナはその言葉に思わず照れる。

「そんな、私だって、人間だから……心は綺麗じゃないよ」

 瞬間、サンナの唇を何かが塞いだ。


 アリスの唇だった。


 サンナは突然のことにびっくりして唇に手を当てる。

「わかるよ。アリス、こころがわかるから」

 洞窟に朝日が差し込む。

 まるで、絵物語の始まりの場面のようだった。

 空が黄金に染まる、アリスの姿は天使そのもののようだ、とサンナは感じた。

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