第2章 凪

第一話

『グレイプニルの操縦、掌握しました』

「了解、こちらに帰還せよ」

 司令室の中の緊張が解れた。

「まさか、艦ごと確保とはね」

「何、それが一番現実的な方法よ」



 サンナはカプセルの中に眠る少女を見つめていた。

 少女は動かないままだけれど、なぜだか目を離せない。そこへ、扉が開く音がした。

「誰!?」

 銃を構え、向き直る。

「おいおいおいおい、味方を殺す気か?」

 そこにはアルベルトとドゥームズデイがいた。

「あーあ、全く、貴重な機体を失いやがって」

 飄々とした調子でアルベルトは言った。

 対照的に冷静さを崩さないドゥームズデイ。

「まあよい。これで我々は戦わずに済むのだから、お釣りが来ても有り余るくらいね」

「そうだな。いよいよ悲願の成就も待ったなしってこった。しっかし、艦ごと接収するハメになろうとは思わなかったぞ」

「予想の範囲内だ。彼女を覚醒させるわけにはいかぬからな」

 2人が何の話をしているのか、サンナは見当もつかない。

 しかし、この少女がただならぬ存在であることは直感で理解していた。

 感情に突き動かされるように彼らに問いかける。

「これは何? ねえ、あなた達は何が目的だったの!?」

 それを聞いたドゥームズデイ、アルベルトは目を見合わせ、やれやれといった仕草をする。

「小娘は何も知らなくていいんだ」

 アルベルトはドスの利いた声で返した。


 グレイプニルは彼女たちを乗せたまま回収され、撤退戦は難なくこなされた。

 敵の指揮官はレボルシオの目的が発掘現場そのものだと考えていたようで、グレイプニル内部の警護や追撃部隊には兵員を回していなかったようだ。



 その夜、月明かりに照らされる宿舎のベッドの中で、サンナは考えていた。

 あの少女は一体なんだったのか、何故自分は彼女に見惚れていたのか。


『けて……』

 何かが直接聞こえてくる。

 模擬戦で失速していた時に聞いた声の感じに近い、脳内にザワつくような感覚があった。

『たすけて……』

 そのはさっきよりも鮮明に聞こえる。

「誰!?」

 サンナは立ち上がり、周囲を見渡す。

 しかし、声の主たる姿はどこにもない。

「ねえ、あなたは誰なの!?」

 空に向かって叫ぶ。

『アリス……』

 アリス。

 あの時に見た翼の生えた幼い少女。

『ここのひとたちは、アリスのちからでせかいをひとつにしようとしてるの……』

「世界を1つにってどういうこと!?」

 答えはない。

「ねえ、答えてよ!」

 少しの静寂の後の答えは涙声だった。

『……アリスをつれてとおくににがして……』

 直後、ケーブルに繋がれ、身体にメスを入れられるビジョンが脳内に直接届いた。



――!!



 サンナは熱線銃を手に寝間着のまま走り出した。

「おい、消灯時間だぞ!!」

 見張りの兵士が制止を試みるも、振り切って駆け抜けていく。

 不思議とアリスのいる場所がわかる気がした。

『起きろ、裏切り者だ!! 司令部から発砲許可も降りたぞ』

 船団中に鳴り響く警報。サンナは急いだ。

 夜間の静まった空気は一瞬で騒がしいものへと変化した。

 サンナはブラスターをスタンモードに切り替えた。



 鹵獲されたグレイプニルの艦内。

 アルベルトは研究員とともに、アリスのいる部屋で実験をしていた。

 アリスはカプセルの中から出され、解剖台の上に乗せられて無数のケーブルや計器に繋がれ、身体を弄られていた。

 研究員が電源を入れるも、すぐに切れ、モニターにはエラーメッセージが出る。

「駄目です、精神感応波、D波を経て途絶します」

「ベータトルフェル、交信回路遮断、XD37から反応ありません」

「これで62回目だ……」

「傷をつけるくらいじゃ駄目なんだろうよ。諦めるな、シーケンス27からやり直せ」

 艦外の騒ぎが聞こえてくる。

「サンナという女がこちらに向かっているようです」

 走ってきた兵士がアルベルトに報告する。

 アルベルトは顎髭を弄りながら飄々と笑う。

「ネズミ狩りだな」

 その後、すぐに目つきを変えて命じる。

「この部屋に入れさせるな」

 グレイプニルの至る所に兵士が配置された。



 サンナは甲板から侵入を試みる。

 後ろからも前からも兵士が迫る。

「……進むしかないっ!」

 サンナはしゃがんで銃撃を回避し、滑り込みで兵士の間をくぐり抜ける。

「おい、止まれ!!」

 階段を駆け下り、アリスのいる部屋へと向かう。



 サンナはアリスのいる部屋へ突入した。

 兵士達は銃を構えて、軽快に跳ぶサンナを狙う。

「馬鹿、やめろ、機材に当たったらどうする!」

 兵士の一人が取り押さえようとするも、サンナは走って懐に潜り込んだ。

「このっ」

 慌てた兵士は銃床で殴ろうとしてきたが、その前に彼女の拳が兵士の鳩尾にめり込んだ。

 それを見た兵士はサンナを取り囲んで攻撃するつもりのようだ。

 サンナは側転でアサルトライフルの掃射を回避し、その後に回転しながら宙を舞ってブラスターを放つ。

 アルベルトは思わず口笛を吹いた。

 サンナはアリスが横たわっている解剖台へと近づく。

 しかしその瞬間、別の扉から駆けつけてきた大量の兵士がサンナを取り囲んだ。


「おっと、動くなよ。武器を捨てて両手を上げるんだ、大人しくしろ」

 少し遅れてドゥームズデイもやってくる。

「袋の鼠だな……」

 彼女の背後には無数の兵士がいる。

 サンナはこの人数差に思わず立ち止まる。

「……ああ、大人しくするわ……するから……」

 サンナは両手を上げてゆっくりと後退りする。

 ブラスターは地面に転がり落ちた。

 背後には運び込まれた装置、それに乱雑に積まれたレポートやペンがある。

「いい子だ、そのままだ」

 サンナは兵士たちに気づかれないよう、片足で何かを探す。

「あっ見て、なんだあれ!!」

 サンナは咄嗟に指を差す。

 ドゥームズデイたちは釣られて、何もない方向に目を向けた。

 その隙を突いて、ドゥームズデイ目掛けてスパナを投げた。

 それはドゥームズデイの顔面に直撃し、アルベルトはその様子に驚き固まっている。

 皆が動揺している間に解剖台の上にいたアリスを、強引に回収して担ぎ逃げ出した。


 スパナの直撃を受けた顔を抑えるドゥームズデイと、それを介抱するアルベルト。

「あっぶねぇ……。ドゥームズデイ様、お怪我は」

「問題ない、かすり傷だ。娘は?」

「現在γ船団を逃走中との事です」

 ドゥームズデイは凛々しく立ち上がり、次々と部下に命令する。

「α船団、Ω船団から増援を出せ、奴らを逃がすな」



 船から船へと飛び移っていたサンナは四方を兵士に囲まれるも、アリスを抱えたまま真上に跳躍した。

 そして、上方にあるクレーンに掴まり、ターザンロープのように使って、火花を散らしながら滑り降りていった。

 兵士達は滑り降りる彼女を狙おうとするも、中々定まらない。


 その様子を見たアルベルトは思わず呟く。

「しっかし、あんな化け物、どうやったら生まれるんだか」

 その呟きに部下が反応した。

「彼女に対する教育を許可したのは閣下じゃありませんか……」

「しらねぇしらねぇ、俺は軍人を認めても、あんな化け物を作り出す許可はしねえよ」



 隣接している飛行母艦アルテミスへの連絡通路には、二人の兵士がいた。

 彼らは射撃体勢に入ろうとするも、サンナはそれよりも先に飛び蹴りを食らわせ、振り向きざまにもう1人に回し蹴りを放った。

 アリスを右肩に乗せながら、倒れた1人が持っていたアサルトライフルを回収する。

 そうしている内に後ろから追手の足音が聞こえてくる。

「まずいっ!」

 急いでアルテミスの艦内に入った。


 サンナは格納庫内にあったエンジェルⅡbisにアリスを膝に乗せて乗り込み、急いで緊急発進準備を行う。

「通信装置を破壊しないと探知されちゃう可能性があるか……」

 拳を叩き込み、通信装置を破壊した。

 それから操縦桿のトリガーを引いて射撃、格納庫のハッチを破壊。

 その様子を見た兵士が伝声管で司令部に連絡する。

「逃走者はアルテミスから逃走を企てている模様です!!」

『火砲を浴びせてやれ、翼人はその程度では死なん。落とした後で回収すりゃいい』

「は、直ちに」

 サンナは兵士たちが乗り込んでくる前に、カタパルトを起動させすぐに飛び出した。



 急発進したエンジェルⅡbisは凄まじい速度で流れる雲海の中に消えた。

 そこに数発の砲弾が飛ぶ。

 雲の中で巨大な雲柱を立たせる程の大きな爆発が生じた。

「撃墜しました!」

 砲座員が握りこぶしを掲げた。

『やったか!』

 横にいた観測員とアルベルトが雲の海を凝視する。

「くそ……雲で見えねえ」

 しかし、アルベルトは鈍く輝く雲柱を見て直撃を確信した。

「案ずるな、命中はしている。捜索は明日以降だな。無人偵察機を出す準備をしておけ」

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