第四話
三ヶ月に渡る訓練過程を終え、サンナは軍人となった。
後は綿密に立てた逃亡計画を実行に移すだけとなった。
――次の戦闘帰還後の補給時を狙うしかないか。
近々オセアニアの派遣部隊と大きな戦争がある。
彼らの通信を傍受できればニチリンの場所もわかるだろう。
真昼の艦内に警報が流れた。
それは作戦実行の合図だ。
栄養を束ねた固形食を齧りながらサンナは格納庫へと向かった。
ダイダロス、アルテミス、プロメテウスと呼ばれる飛行母艦からは無数の戦闘機が発艦した。
戦列艦であるオリオンやアンドロメダを中心にコルベット、ガレオン、フリゲートが陣形を展開する。
狙いは小さな島だった。
南海の孤島。
巨大な掘削機や作業装置が露天掘りしており、大きな穴を開けていた。
周囲には無数の警戒機、戦闘機、飛行船が飛んでいる。
そのいずれにも、オセアニア所属である事を示す黄色い鳥のマークがついていた。
時折霧吹きのように水が噴射され、引き上げた魔道具の解呪作業を行っている。
サンナはまた別の機体に乗っていた。
エンジェルⅡbisと呼ばれる大型の機体。
カナードつきのデルタ翼で、全面に洋上迷彩が施されている。
垂直尾翼がなく、非常に平坦な形状で流線型のスリムな機体形状をしていた。
双発で推力偏向ノズルが備わっており、Y-ウイングと比較して非常にピーキーな調整が施された機体だ。
この機体は量産できないためか、選ばれたパイロットのみに与えられており、サンナはこの三ヶ月でその一人に選ばれたという。
『ここは比較的濃度が低いようだな。作戦可能時間は15分と見た』
警報機は緩やかな間隔でカチカチと鳴っている。
「火器管制システム、良し」
目の前のヘッドアップディスプレイにはミサイルの表示がされている。
翼下にはパイロンが多数備えられており、追加増槽の他、ミサイルを12発も装填でき航続距離や長期戦にも耐えうるものだった。
『シュワルベリーダーより各機へ。先発隊が攻撃を開始した、我々もこれより敵戦闘機の制圧、及び、対鑑攻撃を行う!』
「了解!」
周囲には小隊機が他に3機。
『それからサンナ少尉、貴様は私の後ろで見ておれ』
隊長のその一言に彼女は思わず反発した。
「なっ、私だってやれる……!」
『人を殺したこともないひよっこが……なら、我々の後ろを頼むぞ!』
「……了解!」
『全機、散開!』
その隊長の号令の後、小隊は綺麗に散開して各々ミサイル攻撃を行う。
船団中枢、そこには錚々たる面々が集っていた。
中央の円卓には地図を広げ、そこに軍隊符号を書き込み、次の作戦行動を決めていた。
「やはり奴らはアレが狙いか」
ドゥームズデイは知っているかのような口ぶりをする。
「ドゥームズデイ様、連中の目的をご存知で?」
アルベルトは彼女に聞く。
「ああ、無線傍受でこの地域を狙っているという時点でおおよそ察しは着いていた。だがよもやあの島にアレがあるとはな……」
彼女は写真を地図の上に広げる。
そこには、翼の骨格や巨大な頭蓋が写っていた。
参謀たちは驚嘆の声を漏らす。
「魔人伝説、ですか……。実在したんですなぁ」
アルベルトはどこまでも飄々と他人事のように言った。
「自分は興味ない、といった態度だな、アルベルト」
そんな彼に対し、彼女は語気を強めた。
「おー、こわっ。我々の目的は翼人ですからな。それ以外は些事に過ぎんよ」
「……戦線の状況は」
ドゥームズデイは話を戦況確認へと戻す。
「現在シュワルベ小隊がブレーメンⅡ世と交戦、アルゴス小隊がクォーター、デストロイヤーと交戦開始した模様」
「続く第三次攻撃部隊が発艦、こちらをヴェスタに差し向ける予定です」
「こちらの被害状況は第一次攻撃部隊とアルビオン小隊が壊滅、エピメテウス、オケアノス轟沈」
彼女はおおよその状況を理解すると、すぐに巻き返しの作戦を考案した。
「では第三次攻撃部隊は右翼側から攻め立てろ」
「ですが、それでは左翼側の守りが……」
心配する将校に対し、彼女はニヤリと笑みを浮かべた。
「輸送艇グレイプニルに侵入できれば構わん。それに、そちらからは私が出よう……」
少しの静寂。
「ドゥームズデイ様!」
周囲のそれは歓喜の声だった。
「指揮官が自ら動かねば兵士はついてこない。見せてやろう、経験の差という奴を」
そうして彼女は中枢を後にした。
後ろからアルベルトがついてくる。
「お供します」
混戦状態の中、敵を撃破しながら直進する戦闘機が二機。
「ああっ、あれは!!」
臙脂色の機体とダークグリーンの機体。
それらは、この船団だけでなく、オセアニアでも有名だった。
エンジェルⅡbis指揮官仕様。
レーダーを強化した他、キャノピーの視認性向上、エンジン周りを大幅に改良して垂直離着陸を可能にしたものだ。
「ドゥームズデイ様だ、アルベルトもいるぞ!!」
オセアニアの兵士も、それに恐怖するもの、武者震いするものと反応は様々だった。
「討ち取って名を上げろ!!」
一斉にその二機を狙う。
大型の機体故に大勢に狙われればただの的なのだが、彼らはその攻撃の隙間をくぐり抜ける。
ドゥームズデイの赤い機体が対空砲火を放つ装甲艦へと向かった。
砲撃を回避しながら突っ込みつつ、対空砲とプロペラを的確に潰していく。
装甲艦に狙いを定めると対艦ミサイルを切り離し、機首を上げて離脱した。
ミサイルはそのまま直進し、艦体の脆い部分へと命中。装甲艦は至る所から炎を上げて落ちていく。
「すごい……」
サンナは単騎で装甲艦を撃破した彼女を見て驚嘆していた。
『シュワルベ4、直上より敵機。油断するな!』
その声を聞き、即座に右に旋回する。
もう少し遅れていたら撃墜されていた。
その旋回をしたまま高度を落とし、攻撃してきた敵機を追う。
コックピットに照準が合う。
「……駄目っ!」
サンナは微妙に狙いをずらし、敵機の平面形の主翼を狙う。
トリガーを引くと、機関銃が火を吹いて敵機の主翼を破壊した。
その後、敵機から何かが飛び出す。
ベイルアウト。
パイロットは炎上する機体から勢いよく飛び出し、空中で落下傘を開いた。
サンナはその様子にそっと安堵のため息をついた。
撃破後はすぐに状況確認。
左側を見ると、自分の味方が敵機に狙われている。
サンナは狙いを定めた。
「……ミサイルは……。オーバーキルよね……」
彼女は接近し機銃掃射で主翼を破壊して無力化することを狙っていた。
しかし、一向に狙いが定まらない。
逃げる相手を追っているからか、追いつくので必死だ。
「……もう……このままだと殺してしまう」
サンナは無益な殺生を避ける為に自分自身と戦っていた。
『シュワルベ4、八時方向から敵機!!』
その声を聞くも、目の前の敵機を取り逃がす心配から反応が遅れた。
サンナ機のデルタ翼に無数の弾痕が生じ、空中で折れた。
それを見た彼女はすぐに脱出レバーを起動し、耐G姿勢を取った。
彼女はロケットモーターによって、射出座席と共に空中に勢いよく投げ出される。
計器の類はその炎によって焼き切れ、機体自体もバラバラに分解されていく。
空中で落下傘が開き、彼女は戦場の中をゆっくりと降下していく。
「油断……!」
下には大型艦があった。
上面にはグレイプニルと書かれている。
武装はない。
サンナはそこに降り立ち、即座に通信を行った。
「こちらシュワルベ4、敵に撃破されベイルアウト。現在グレイプニルの甲板にて待機中。応答願う」
隊長が出るはずの無線には別の声があった。
それはレボルシオ船団の司令部。
彼らは彼女の発言内容と位置情報から重要任務の遂行に最も近いと判断し、強引に割り込んだのだ。
『こちらHQ、そのまま内部に突撃されたし。後にそちらに増援を投入する』
「了解」
彼女は通信を終えると、目の前に見えるハッチに、爆弾テープを敷設して着火。強引に内部へと侵入する。
戦闘用熱線銃、M2019を構える。
銃身長は7.6cm程、中折式で銃弾の代わりにカートリッジを装填する必要がある。
その代わり、カートリッジのエネルギー残量が尽きない限りは弾切れを起こさないのだ。
ブラスターのモードを切り替える。
この熱線銃は相手を死に至らしめるデストロイヤーモードと相手を軽い気絶だけで済ませるスタンモードが存在する。
彼女は不必要な殺生を行いたくないという主義故にスタンモードでの運用を心がけていた。
有機質なグリップを握り、トリガーに指をかける。
ハッチの向こうには、薄暗くぼんやりと緑色の灯りで照らされた通路があった。
物陰に潜みながら潜入するも、敵の姿はないようだ。
しかし、彼女は警戒を怠らない。
先程は油断で撃墜されたのだ。慢心こそが最大の敵だと自分に言い聞かせる。
彼女は下の階に続く階段を見つけると、警備兵を背後から狙い撃ちした。
無力化しつつ、艦内を進む。
やがて、奥へ続く扉を開けると、奇妙な部屋があった。
無数のカプセルがあり、ケーブルや謎の装置が大量に置かれている、何かの実験施設のような空間。
「これは一体……」
緑色の溶液の中に、翼の生えた短い青髪の幼い少女がいた。
下のプレートにはAliceと書かれている。
どこか聞き覚えのある単語に彼女は不思議と吸い寄せられた。
「ア……リス……」
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